第八話「君と俺の対話」
不意に世界が停止した。
うごめく夜の星星も。ひれ伏す花々も。
俺と君という存在以外、世界の全てが停止した。
(どうなってんだ。みんな止まってる。意味わかんねぇ。)
そんな静寂な闇の世界で直接脳に響く声があった。
「神になりたくないか。お前は素質がある。」
声は冷たく、そして希望を含んでいた。
(この声、目の前の奴の声なのか。)
「器を広げろ。お前だけの器を。他者を拒絶して作り出された器を。」
(何言ってんだ、器ってなんだよ。嫌だよ、そんな意味不明なもの。)
「お前の心の本心は望んでいる。お前と俺の心こそが、あの世界の神に値する。」
(こいつ、自分のこと俺って言ったな。それって俺と同じじゃねぇか。こいつ、誰だ。もしかして。)
(あの世界って、夢ではない俺が生きてる現実世界のことか。その神になれってどういうことだよ。)
「察しがいいな。さすがだ。やはりお前は資質がある。神の資質がな。」
『君』の言葉には、強い意志と一抹の不安が詰め込まれていた。
『君』の提案が俺の心を何度も打ち砕いて、その度に俺は心に問い続けた。
(なんだこれ。意味、わかんねぇよ。)
「では、こうしようか。」
覚えのない、しかしあまりにも鮮明な記憶が流れ込んでくる。
倒れる自分。勝負に敗れ全てを失う自分。あまりに弱くあまりに脆弱で、自分の中にしか存在しない『敗北』の記憶。
(知らねぇよ。なんだこれ。『哲学ワールド杯』で負けた俺の未来か。こいつは。)
「お前はそう思うのか。」
(こいつ笑ってやがる。じゃあ違うのか。別の何かに負けている未来か、これは。もしかして、お前に負けた未来なのか。)
「お前は本当に神の資質がある。よくぞここまで大きな器を作ってくれた。」
「さあ、器を広げろ。俺とお前が神になって、あの世界を救うためにお前は器を広げて、俺らは神になるのだ。」
(なんなんだよ。理解できねぇ。いや、理解したくねぇ。絶対嫌だ。意味わかんねぇやつの頼みなんて聞けるかよ。)
「…わかった。」
(何言ってんだ俺。どうなってんだ。)
声はかすれ、震えていた。今にも閉じようとする口は確かに自分の口であった。
「そうか、ではお前の健闘を祈る。」
(いや、違う。そうじゃない。なんで「わかった」なんて言ったんだ、この口は。)
漆黒のもやから突き出していた大きな三本指の暗黒の腕は引っ込み、代わりに反対から別の腕が突き出された。
空を流れる光の河は再び動き出し、大地に咲き乱れる花々は崩れて朽ち果てた。
うめき声を上げるまでもなく、花々は瓦解した。夜空をかけていた星々の河は崩れていった。湾曲して、輝きは失われ、ひび割れて落ちていく。
(空が、落ちてる。)
けれど音はしなかった。静かに、静寂の中で沈んでいく。落ちた星々はそのまま割れて散らばっていった。
目を凝らして睨んだ。あの『君』という存在を。そいつが何をしているのかを。
(こいつは、一体何者なんだ。)
暗黒のもやの内部、おそらく『君』の本体であろう、中身から輝きが生まれた。黄色く発光していた目の周りも煌めき出す。体の全てが神々しく煌めいていた。
暗くて大きな腕は、今や眩い白い光を放出していた。
それはまさに、創造神の御姿のようだった。
(なんか、安心する。)
目の前の眩く輝くその白くなったモヤの中から、腕が前方に突き出された。
「では、お前はあの世界で生きろ。来たる日までお前は、俺が守る。」
「ありがとう。」
(なんでありがとうって、言ったんだ。どうして。)
「ギャヨガッッッガヤガッッッヤアアアア。」
その笑い声が俺の脳を破壊した。最後にあの黄色く発光した視線が、俺の心臓を射抜いた気がした。