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あの日に還りたい

作者: 恵梨奈孝彦

「あの日に還りたい」


 祭りばやしの声。どこかで聞いたような太鼓の音、かん高くも懐かしい笛の声。屋台ににぎわう雑踏。子どもの笑い声、親を探す泣き声。

 下界の喧騒が聞こえる。百八つの石段を登り切って振り返ると、神社の境内に所せましと並んでいる屋台が、ぼんぼりのような灯りに照らされているのが見える。ベビーカステラ、フランクフルト、焼きそば…、ここからでも読める赤の縁取りをした大きな文字のげばげばしさと、屋台の間を歩く人の多さが、過疎地の夏祭りを明るく彩っている。

 おれは、境内で生ビールをしこたま飲んだ後、山の上を歩いていた。酔って山道を歩くなど危険きわまりないが、もうそんなことはどうでも良い。もはや自分がどんなであろうと、怒ってくれる人などいないのだ。

 一年前の今日。幼稚園児の息子と二人で来た夏祭り。

 あの日は酒など飲んでいなかった。ちょっと目を離した隙に息子がいなくなった。

 必死に探したが、なかなか見つからない。

 ついに警察に届けた。警察は、誘拐などではなくあくまでも迷子として扱ったため、それほど緊迫感を持っていたわけではないようだ。一人の迷子のために祭りを中止することなどできるわけもなく、本格的な捜索は朝になってからということになった。

 息子が、この山のふもとの遺体として見つかったのは、翌朝8時ごろのことだった。見つけたのは警官ではなく、祭りの後片付けを始めようとした宮司であった。

 おれとはぐれた後、この石段を登り、帰り道がわからなくなり、橋から落ちてしまったらしい。この橋は手すりも柵も無く、以前から危険だと言われていた。

 あの日、なぜ息子から目を離したのか。屋台のおもちゃを買う、買わないで口論になったからだ。

 ピストルのおもちゃ。息子にはまだへ危険なような気がした。それを伝えると「いいよ! おじいちゃんに買ってもらうから!」と言われた。おれは「勝手にしろ!」と言って背中を向けた。それが、息子とのお別れの言葉になった。あの時のことを何度後悔しただろうか。あの日に帰してもらえたら、自分の持っているものを何でも差し出すと、何度誓っただろうか。

 あの日のことを正直に伝えたわけではないが、妻はおれを大変に責めた。ついには、別れたいと訴えて来た。息子がいない家庭に未練などなかった。妻の条件をすべて呑んで、離婚に応じた。

 体をふらふらさせながら、灯りの無い山道を歩く。もう、どうでもいい。あの橋から落ちて、息子と同じ死に方をするのなら、それもいいと思った。いつの間にか、道ではないところを歩いているような気がしてきた。それでもいい。

 闇の中を、ぼうっと何かの姿が浮かんだ。

 人のようだった。

 よく見てみた。

 あれは…。

 息子の名前を呼んだ!

 間違いない。何度も何度も夢に見た。あの顔、あの体つき、あの姿を間違えるはずがなかった。

 息子は、背中を向けて走り出した。おれはまっすぐに息子の姿を追いかけた。

 待ってくれ! おもちゃがほしいのなら、なんでも買ってやる! 待ってくれ! おれも連れて行ってくれ! おまえのいるところならどこにでも行く! あの世でも、地獄でも、どこにでも行く! だから、連れてってくれ!

 ぼうっと息子の姿が消えた。

 大きな音とともに、打ち上げ花火が背後に上がった。

 連れて行ってくれないのか。

 おまえは、あの日のことをまだ怒っているのか。

 おまえがいない世界にまだ生きろというのか。

 振り返ると、花火が、おれが「まっすぐ」渡ってきた「柵の無い橋」を照らし出していた。


おしまい


自分はこの小説を、「時計」と同じような、子どもが父親を守ってくれたというハッピーエンドの話として構想しました。しかし、そうはならなかった。どうしたらハッピーエンドになるのか、誰か教えてください。

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