第一話 一人称視点
私は、高二の夏休みを二回経験している。
みなさんには、これがどういうことか分かるだろうか。
……違う。留年したわけじゃない。
もっと、凄いことが起きている。
少々格好を付けて言うと――『ある期間』。
私はそれに囚われている。
この本来ありえない現象を、私はこう解釈した。
自分は、何らかの創作物の中にいる――と。
……違う。私は精神疾患じゃない。壮大な陰謀論者でもない。
つまり。
私が言いたいことをまとめると。
私の鮮明な記憶が時間的に矛盾している原因は、創作物によくあるサザエさん時空にあると私は睨んでいるのだ。
今は手元にないが、記憶の証拠物品も物理的なものがいくつかある。
なんの根拠も無くこんな滅茶苦茶な仮説を立てたのではない。
――今日の夕方、私はこの記憶の矛盾に気が付き、真っ先にカレンダーを確認した。
日付を確認するまでの間、私は学生でありながら、今日が何月何日か、さらには曜日すらもが、全く見当も付かない状態だった。
分かるのは、カレンダーに制服を脱ぎながら走っていたので、少なくとも平日ではあるということだけ。
私は今日この日まで、自分が日付を全く意識していないことに、気が付くことすらなかった。
高校生である私には当然、時間割という概念もあるのに。
……さて、クイズを出そう。
みなさんは、私が慌てて目を通したカレンダーに何と書いてあったと思う?
ヒントは……太宰治が 『人間失格』を脱稿した日だった、とだけ言っておこう。
分かっただろうか?
では、正解を発表しよう。
正解は……五月の十二日、木曜日。
……明日はジェイソンの日だね、なんて言っている場合ではない。
……あのジェイソンの前日が『人間失格』の誕生日なのだと思うと何か来るものがあるが、今はそんなことどうでもいい。
五月、そう五月だ。皐月とMayだ。
私の二度の夏休みの記憶は、一体なんだったのだろうか。
私が過去最高気温の猛暑に二度流した汗は、一体なんだったのだろうか。全部無駄になって、蒸発して、水循環システムの末に上水道を流れているのだろうか。
……ここがもし、本当に創作物の世界だったとした場合、私には早急に取り組まないといけないことがある。
それは、この創作物の、ジャンルを特定することだ。
……最初に言っておくと、私はおそらく主人公ではない。
理由はいくつかある。
私は、誰がどこの側面から見ても特出したものはない普通の人間。強いて変わったところを言うなら一般的に趣味と呼べるものを持っていないくらい。
かと言ってそんな現状に別に不満はなく、生活を変えたいとは微塵も思っていない。
逆に、生活を変えないことが至高、絶対に普通でなければいけないと思っているよくいるキャラというわけでもなく、私は生活が変わったら変わったで、まぁしょうがないかなの一言で済ませるだろう。
特に悩みもなければ思い人もおらず、おじいちゃんが過去に伏線になりそうなセリフを発した覚えもない。
じゃあ色のない虚無な生活を送っているのかと言われれば、スマホから山も谷もそれなりに提供されてるのでそんなこともない。
……これほど成長させがいの無い主人公が、どこの創作物にいるだろうか。
こんなんを特別な人間にするには転生しかないのだろうが、そうなったところで私は大したことはしないしできない。
正直、完璧な容姿とかチート能力とか持って転生したとしても、私は一生あばら小屋みたいなしょうもない住処で、元居た世界の科学とかと比べながら魔法で遊んでると思う。一人で。魔王とかお構いなしで。一生。
……というか、これは愚痴なのだが、転生とかせずともここが既に創作物の世界なんだったら、私をもっとこう……ウケるキャラデザにしてくれたっていいじゃないか。具体的にはBとかHとかさ。もっとあっても罰は当たらないと思う。
あっ、でも別にそんなそれほど欲しいわけじゃないっていうか、本気で望んでるわけじゃないから。当分トラックは派遣しないでもらえると助かるんだけど。女神様聞いてる?
……話が脱線した。戻そう。
――さて、この創作物において、私の立ち位置とは一体何なのか。
主人公の隣の席の人みたいなモブだろうか? いや、おそらくそれ以下。
いいとこ画面外からセリフだけを飛ばす、視聴者に認識すらされない存在。
私の言葉や思考が作品に載るのなんて、全編通していいとこ15文字、下手すれば5文字である。
それも「次、数学か~」とかだろう。多分。
――では、こういうキャラ(?)は、創作物の中でどういう扱いをされるのか。
もしホラーなら、怪物の凶暴さ、あるいは世界の理不尽さの表現のためにいきなり頭から齧り殺される(喰われる前にアホみたいな顔で「へ?」って言うパターンもある)。
もしデスゲームなら、ルールの説明が不十分な最初のゲームで勘の悪い人間があたふたしながら大量に死ぬやつのそっち側。
もしミステリーなら、殺された場所が後々推理のパーツになる第n被害者(nは3以上の自然数)。
もしSFなら、UFOとかからすごく健康に悪そうなビームを打たれて30秒かけて死ぬ。
アクションなら、冒頭で核の炎に包まれている。
……このように、ジャンルによって世界に降りかかるイベントは大きく異なる上に、私のようなパッとしない存在は、無対策だとゴチゴチに苦しんで死ぬことになる。
多様性の時代とはいえ、私は苦しむのがあんまり好きじゃないし、気になってる動画投稿者がいるので今のところ死にたくない。
となると、降りかかるイベントの対策をあらかじめ考えておかないといけないわけだが、ある程度この世界のジャンルを絞らないと選択肢が多岐に渡り過ぎてしまう。
それどころか、講じてきた対策がお互いに干渉して最悪の事態を招く可能性がある。
例えばデスゲームの対策をする場合、予め同級生の性格、家族構成、人生観、命に代えても守りたい大切なものなんかを片っ端から調べ上げないといけない(学校長や市長についても調べておくとgood)。
他にも銃の構造や、ガタイの良い男を相手にできる護身術、嘘つきや利己主義者が行いやすいボディランゲージ、更には、行われやすいゲームの種類と攻略法を暗記するなど、するべき対策は例を挙げるとキリがない。
そうすると私生活も、パズルを解く普遍的な思考法や、生き残りやすいキャラの挙動などを知るために論文や漫画を読み漁るものになるだろう。
……しかし。
そういうことをしてしまうと、もしも世界が異世界転生モノだった場合、一発アウトだ。
パズルの攻略法を頭の中で復習しながら、どこか上の空で横断歩道を歩いたが最後。
すっかり私の特性になっているであろうデスゲーム攻略は、狂気的なエゴイスト達の跋扈する、剣と魔法と裏切りの世界へ私を誘うだろう。
転生前に培ったパズル力を存分に発揮しなければ生き残れない、女神の粋の計らいで拵えられた大変なタイプの異世界である。
ちなみに、私はかなりの上がり症なので多分秒で死ぬ。そんな世界でやってられない。
……まぁ、そうやって異世界に転生しないためには、デスゲームの攻略法を狂ったように考える~みたいな偏った趣味(特技)を持ったり、何も成せない自分と世界に失望したり、目にクマを作りながら乙女ゲームの不遇なキャラに共感したりしてはいけないのだ。
……効果のほどは不明だが、どうしても転生しなければいけない場合、滅茶苦茶強いけど料理にしか興味がない冒険者が異世界料理を作る漫画でも読みながら、私ならこう料理すると常に考えておくと、修羅場が無く比較的楽で興味深い世界に行けるのではないか。
作品を見る人の需要を、成長や困難を乗り越える姿ではなく旨そうな料理にしてしまえば、作品の構造上、努力や苦痛を経験する必要がないだろう(おそらく)。
……と、少々話が脱線してしまったが、このように世界のジャンルをある程度絞らなければ、対策なんてできたもんじゃないのだ。
もし世界が恋愛モノとかの、大量の人死にが出ないタイプのジャンルでも対策は必要だ。なぜなら私は全然恋愛をしたくない。今まで通り、一人でまったり解説の動画でも見ていたいんだぜ。
――ちなみに、みなさんもお気付きだとは思うが、私が他の人と(確認していないがおそらく)違うところが一つある。
それは、ここが創作物の世界かもしれないという仮説を持っていることだ。
これは私がこの世界の主要キャラである証拠になると思うかもしれない。
でも、それは早計ではなかろうか。
みなさんも、こんなセリフを一度は聞いたことがあるだろう。
「あと3pしかないから急げ!」
「cm明けてすぐこれかよ……」
そう、いわゆるメタ発言である。
世界観によっては全くない創作物もあるが、多い方の作品だとキャラのほぼ全員がメタ発言をした作品だってあるはずだ。
つまり私の言いたいことは、メタ発言が特別なものでもなんでもないジャンルの創作物が存在するということだ。
今、私は世界をメタ的に見れているが(私が精神疾患ではないと仮定した場合)、もしかしたらこの世界では、私以外みんな小学生くらいでこの仮説に気付いていて、発想力の低い私が一人取り残されていたという可能性もある。
私が聞いたことないだけで、この世界の人間がメタ発言をしないとも言い切れない。
つまり、私がこの世界を創作物だという仮説を持っているという事実だけでは、私が主人公、ひいては主要キャラと断言できないわけだ。
……ふぅ。
長々と考えすぎた。なんだか身体が急に熱くなってきた、これ以上湯船に浸かってるとのぼせてしまいそうだ。
そういえば、のぼせるってどういう状態だろうか?
医学的に定義された言葉なのだろうか。それとも、単に暑すぎて気分悪い程度の解像度しかない民衆の言葉止まりなのだろうか。
でも、のぼせるっていう語感が昔から日本にある言葉っぽいしな。
うーん、どうだろう、みなさんは…………
………………。
みなさん……?
待て、待て待て。
みなさんって……誰だ……?
私は、ただ湯船に浸かりながら自分の中だけで空想していただけだ。
それが、無意識に「みなさん」……。
――まさか、私の妄想が、コンテンツにされていたのか……?
――まさか、私が主人公なのか……?
「観測者」……見てるのか……!? 今!! 私を!! 何らかの媒体で!!
ザバァ!!
「おい!! 人の入浴を見るな!!!! カス!!!!!」
あとがき
英語で、子供に対して母親がYour mom is here!(「ママはここだよ!」)と言う場合、動詞は第三人称単数になる。(Wikipediaより引用)
「Your mom」は自分のことを指しているのに、三人称の表現を使うんだ。へぇ~。