表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勇者と悪魔の戦記

作者: ISTORIA
掲載日:2022/05/02



 それは、静かにやってくる。

 誰にも悟られないよう、音もなく忍び寄る。

 それがすぐ近くまで迫った瞬間――


「うあああああああ!!」


 人は、この世のものとは思えない悲鳴を上げる。

 誰にも奴を倒せない。倒したくても、その先の未来が恐ろしくて手を出せないのだ。


 男は無力のあまり膝を折る。

 女は恐怖のあまり泣き叫ぶ。


 とうとう数を増やし、人の住処を我が物顔で侵略する。

 誰にも奴を倒せない。策を、手段さえも講じられない。


 思い出が詰まった住処。だが、命には代えられない。

 捨てるしかない。人々は、それ以外の道が思いつかなかった。

 辟易した人々は諦めかけた。


 しかし――神は人々を見捨てなかった。


「待て」


 危機に瀕していたその場に、一人の男が現れた。

 その男は、この世のものとは思えない出で立ちをしていた。

 緑色の服に、半球状の黄色い帽子。手には白い手袋、顔にはマスクと密着性の高い眼鏡をつけていた。


「あ……あなたは……?」


 奇妙な姿に、男が困惑の声をかける。

 しかし、男は答えない。

 代わりに、一歩を踏み出した。

 確かな足取りで進む男に、誰もが声をかけることすらできなかった。

 男の覇気に、気圧されたせいで。


「もう大丈夫だ」


 怯えて泣きじゃくる女の子の頭を、すれ違いざまに撫でる。

 ピタリと泣き止んだ女の子は、その後ろ姿の頼もしさに見入る。


「すぐに終わらせる」


 男は、ある物を腰につけている図嚢(ずのう)――小型鞄――から取り出した。

 それは、筒状の鉄の(かたまり)

 見たことのない武器に困惑する人々。

 だが、『悪魔』が現れた途端、恐怖で顔を引き()らせる。

 しかし、その恐怖も一瞬で終わった。

 シューッ、鉄の塊が聞きなれない音を立てたのだ。

 鉄の塊の先端から放射される白い煙。

 浴びた『悪魔』は苦しげに蠢き、(つい)には力尽きた。


「……た、倒した……のか?」


 一人が恐る恐る声をかけると、男は首を横に振り、片手にも同じ鉄の塊を持つ。


「まだだ」


 その言葉を合図に、『悪魔』が一斉に現れて襲いかかった。

 迫りくる黒光りの群れに、男は恐れることなく武器を突き出す。

 シューッ、二つの武器から放たれる煙を浴びた途端に、『悪魔』はバタバタと倒れていく。


「……他愛ない」


 男は鉄の塊を図嚢にしまう。

 決着がついたのだ。

『悪魔』は、地面にたくさん落ちていた。

 まさに死屍累々の光景に、誰も声すら出せないくらい呆気にとられた。


「仕上げだ」


 そう言って、男は赤い塊を取り出した。

 透明の(ふた)を取り外し、カチッと音を立てて地面に置く


「行くぞ」


 男の声で我に返った人々は、慌てて男の後を追う。

 住処から離れた次の瞬間、住処から白い煙で溢れ返った。

 空いた場所から『悪魔』が飛び去る。それでも煙の影響か、ぽとりと地面に墜落した。

 驚異的な威力に震撼(しんかん)する人々は、次々と駆逐(くちく)される『悪魔』と戦う男を見上げる。

 堂々とした(たたず)まいに、誰もが男の正体を悟った。


「勇者……さま……」


 ――こうして人々は救われた。

 住処を捨てなくていいと涙が滂沱(ぼうだ)として流れる人々に、後始末まで終えた男が何かを差し出す。

 それは、男の武器だった。


「これは……?」

「ジェットスプレーだ。これがあれば立ち向かえるだろう。そして奴らが密集する場所には、このバルサンを置けばいい」


 その言葉に気付く。

 自分たちも『悪魔』と戦える。その力を授けてくれたのだと。


「これで他の者も助けてやれ」

「……はいっ!」


 感涙すると、ぽん、と男に肩を叩かれる。


「あのっ……!」


 勇気を出した声をかけられる。

 視線を下げれば、泣いていた女の子は頬を赤らめ、両手で一輪の花を差し出していた。


「ありがとう……!」


 感謝の言葉に、男は眼鏡の奥で微笑ましそうに目を細め、花を受け取る。

 そして男は女の子の頭を撫でた後、(きびす)を返し、颯爽と去っていった。


 こうして人々の住処――家は守られた。

 救われた一家、あの男を『勇者』と称え、彼から授かった武器を家宝として今でも大事に飾っていた。


 彼は今でも『黒い悪魔』と戦っているだろう。

 多くの人々を――いや、この世界を救済するために。

 彼の戦いを見届けられないのは悔しいが、自分達も力の限り戦おう。


 救ってくれた勇者の背中を思い出しながら。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ