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黒歴史小説 トリプルエッジ  作者: 味噌村 幸太郎
第五章 婦子羅姫
17/39

5-3


 俺は目を覚ますと、婦子羅姫のいた真っ赤な部屋ではなく、病院のような真っ白な部屋にいた。

 お歯黒をつけた召使いらしき妖怪が「新しい服に着替えてくれ」と言った。

「新しい服? どこにそんなもんがあるんだ?」

 俺は辺りを見渡した。

 すると、部屋の隅に黒い服……ではなく、鎧があるのに気がついた。

 それは何か、黒い血で塗ったような……そんな禍々しい鎧に見えた。



「魔王様、もうご気分はよろしいので?」

 ミノが笑顔で出迎えた。

「ああ、すまない……。迷惑かけちまったな」

 俺は素直に謝った。

「いえいえ、お気になさらず……ん? 魔王様、その鎧は……」

 ミノは身に着けた黒い鎧を指差している。


「似合わないか?」

「いえ、そんなことはありませぬ。この老いぼれ、久方ぶりに見とれましたぞ」

「やめろよ……」

 柄にもなく、顔を赤くした。


「ところで、婦子羅姫は?」

「はい、姫なら新牙(しんが)の間に居られます。私も姫に呼ばれておりますので、ご一緒に参りましょう」

「ああ」

 いつの間にか、ミノや婦子羅姫に対して、憎しみや怒り、それに警戒心も捨てていた。

 心を許している。


 俺達は新牙の間の中に入った。

 そこは大きな石製の台が置かれていた。台にはどこかの地図が載せられている。


「二人とも、来たか」

「おい、なんなんだ? この鎧は……」と俺は訊いた。

 鎧をコンコンと叩いてみせる。

 婦子羅姫は俺の姿を見て、ニッコリと嬉しそうに笑った。


「似合うでないか! やはり、思ったとおり、そなたには黒が似合っておる」

 婦子羅姫は「うんうん」と一人頷いている。

「魔王よ、今日からそなたは〝黒王(こくおう)〟と名乗るがよい」

「こくおう?」

「姫、それはいいですぞ。この鎧といい、お顔立ちといい、黒がお似合いです!」

「爺もそう思うか」

 今度は婦子羅姫一人だけではなく、ミノもまじって、二人で頷いている。



「なあ、ところでこの部屋はなんなんだ?」

 俺が部屋を不思議そうに眺めていると、ミノが説明してくれた。

「ここは人間界でいう作戦室ですな」

「作戦室?」

「そうじゃ。そなたには、頼みごとがあって、この海呪城に呼んだのじゃ」

「言えよ……人間を殺すこと以外なら、なんでもやるぜ」

 婦子羅姫は、しばらく黙ったあとに、俺の顔を窺いながら言った。


「そなたに、城を……魔族の城を奪ってもらいたいのじゃ」

 婦子羅姫は黙って、俺の目を見つめる。ミノも答えを待っている。

 俺はあっけらかんと答えた。

「城? それぐらいなら、別にいいぜ。引き受けてやるよ」

 婦子羅姫に笑顔が浮ぶ。

「まことか!?」

 俺は肩をすくめた。

「ああ、どうせ、魔族の城なんて人間には関係ない……つーか、いらねぇもんだろ」

 そう言うと、ミノが俺の手を強く握りしめた。

「黒王様、ありがとうございます! この老いぼれ、微力ながらお供させていただきます」

 ミノはとても勇んでいた。


「妾からも礼を言う。本当にありがたいぞ。黒王」

 俺は堅苦しい口調で礼を言う二人をとめさせた。

「あ~、もういいよ。それよか、その城ってのは?」

 婦子羅姫の顔に、真剣な表情がうつる。


「その城は先日、妾が異国に送った内偵が見つけたものじゃ……奪って欲しいとは言ったが……今、城主はいないはずじゃ」

 ミノが台に広げてある地図の、ある一点に長棒で指した。

「黒王様、こちらでございます」

 俺はミノが指した地点を見たが、どうも、場所が分からない。

「……悪いが、俺は地図がダメな方でな。どこの国だ、これ?」

「はい、仏蘭西でございます……」

「フランス?」

「そうじゃ。仏蘭西にそれはある」

 婦子羅姫は切れ長の目を、更に細くして言った。

「マザーの遺産……〝悪魔の蓄音機〟がそこにある」

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