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98:男子会②

「理解できた?そういうのは重いんだって。俺たちの世界ではそうだから」


どう見てもトゥーは酔いが回っている。そろそろ限界が近いだろう。だからと言って、ノルは御業をかけてやるつもりはない。自分でどうにかすればいい話である。


「本当に告白して、気持ちを確認したんだよね?あんまりそういう感じに見えなかったし、嫌がられてなかった?」


煽るようには言っていない。あの場面だけでは、確かにそう見えてしまうだろう。ノルは鼻で笑った。


「心配されるまでもない。君がした以上に手は出した」

普段であれば、ここまで明け透けな言い方はしない。ノルは多少の酔いを自覚した。


「えっ」


トゥーはグラスを落とした。幸い飲み終えたあとで、床を汚すことにはならなかった。丈夫なものなのか、割れるどころか、ヒビも入らない。


「嘘だろ……早くないか。いや、でも健常で若い男女が二人きりになれば。くっそ、意地でも俺が送っていくんだった」


余程悔しかったのか、トゥーは机を何度か叩く。酔いのせいで、普段より大ぶりな動作である。幸いなことに、御業は行使していないため、机が壊れるようなのとにはならなかった。


「精々悔しがれ。どうされたか、ちゃんと本人から聞き出した。間違っていないはずだ」

「本人……?と言うことはまだキスしてないってことか」


直接的な物言いに、ノルは顔が赤くなる。あの時のことを思い出したからだ。


「どういうことだ。それは聞いていない。いったいなにをした」

あの場面でぬいが嘘をついたとは考えられない。そうとなれば、事実は一つである。


「水を口移ししただけだよ」

意識がもうろうとしているときに、行ったのだろう。ぬいの記憶に残っているわけがない。


「なんだと?っく……僕がはじめではないって、ことか」

ノルは最悪な事実を理解した。


「悪いけど、綠さんは俺のものだ。それはこの先どうなろうと変わらない」


「っは、想いを告げてもいないくせに、なにを言う。だが、ぬいは確実に僕のものだ。どうあがいても、それは覆らない……他になにをした。洗いざらい吐け」


ドスの効いた低い声をあげると、トゥーはびくりと体を震わせた。


全て聞き終わると、ノルはホッとした心地になる。どれも自分以上のことはしていないからだ。だが苛立つことにかわりはないし、想定よりも手を出していたようだ。これだけしておいて、好意をすぐに認めないなどふざけている。


すべて自分に塗り替えてしまおうと、ノルは暗い決意を抱いた。




「そういえば、君はあまり神経が過敏になっていないみたいだな。本当にすべて元に戻ったのか?」


「戻ってるって。そもそもノルベルトの前で照れたりしないし。俺、性格的に怒ることがあんまりないから、分からないのも無理ないね」


「そりゃあ、そうだな。見たくもない」

ばっさり言い切ると、トゥーはなにが面白いのか笑い声をあげる。


「あ、でも記憶を取り戻す前は、どれだけ飲んだって酔わなかった。けど、今はこの状況だ。あははっ」

酔いによって、感情のたがが外れてきているのか、妙に陽気である。


「……ん、待てよ。過敏って。ぬいさんにいったいなにをしたんだ?」

ノルの言葉を再考しはじめたのか、トゥーの高揚は急激に収まっていく。


「前は少し触ろうが、大して気にしていなかった。だが今は妙に反応がいい」


「あ~、綠さんそういうところあったなあ。でもあれは、元々無理に抑えつけていたというか。ここに来て、色んなしがらみから解放されたからじゃないかな」


トゥーの言葉には説得力があった。自分自身のことも含まれているからだろう。それに加え、ぬいの過去と照らし合わせても、納得のいくものであった。


「つーかさ、ノルベルトの言い方。色々と含みがありすぎな気が……」

悪そうにノルは笑うと、トゥーと会話を交わしていく。



「うっ、きっつ……なんか、俺の想像以上に進んでたっぽいね。は~、最悪な気分だよ。好きだった人を汚されていたなんて」


トゥーは力なく、机に頬を付けた。腕に力は入っておらず、だらりと垂れ下がっている。


「誤解を招く言い方はよせ。神との誓いは守っている。多少手を出しただけで、清らかなままだ」


「あ、うん。完全に察した……っう、吐きそう、もう俺の負けだ……世界がグルグル回って。なにがなんだか」


目を閉じると、そのまま寝息を立て始めた。ようやく、勝利が確定したようである。ノルにはもちろん勝つ自信はあったが、トゥーは意外と粘り強かった。


ふわふわとした心地に身を任せ、椅子にもたれる。やはり脳裏にぬいの姿が浮かんできた。外は夜であり、もう寝ている時間かもしれない。それでも無性に会いたくなってきた。


ノルは通常の入口から出て行こうとするが、もちろん御業が行使されており、外に出ることはできない。


「おい、起きろ。起きて、さっさとここを通せ」


軽く机を蹴り飛ばして、トゥーに声をかけるが起きる気配はない。ノルは舌打ちすると、近くの窓を開ける。下を見てみるが、普通に飛び降りればケガをする高さである。


聖句を唱えると身を乗り出し、難なく飛び降りた。


そもそも朝、夜に迎えると約束をしたのだ。例え一方的で、了承されていなくとも約束は約束だ。そんな支離滅裂な理論を組み立て、ノルは宿舎へと足を向けていた。




部屋の外からは明かりがもれている。中から何やら掛け声のような声が聞こえ、在宅であることは明らかである。


ノルは戸を叩くが、なかなか反応しない。しばらくすると「誰」と訝し気な声が聞こえてきた。


「ヌイ」

返事ではなく、名を呼びかけるとすぐに戸が開かれる。


「えっ、ほんとにノルくんだ。こんな時間にどうしたの?」


常識外れの時間に来たというのに、嫌がるそぶりはしない。それどころか、心配そうに見上げてくる。


「かわいいな」


覆いかぶさるように抱き着くと、ぬいの香りに包まれる。そのことに安堵を覚えた。きつい蒸留酒よりも、こちらの方が断然良い。


「もしかして、ノルくんお酒飲んでた?トゥーくんとかな。珍しいね」


あやすように背中を叩かれた。酒臭さを指摘せず、事実を言うぬいの優しさを感じ、さらなる好意が積み重なる。


「ふふん、わたしちゃんと覚えたんだよ。神々よ、愛おしき我が伴侶に、立ち上がる力をお授けください」


ぬいが聖句を唱える。御業のつねであるが、劇的に体調が変わることはない。だが、目は覚めた。そっと体を離すと、辺りを見渡す。


「あっ、ごめん。周りに人が居た?体調不良じゃないから、大丈夫だと思ったんだけど」


申し訳なさそうにぬいは言う。そんないじらしいさまに、ノルは部屋の扉を後ろ手で閉めたい衝動にかられる。


だが、そんなことをしてしまえば誓いを破ってしまうだろう。すんでのところで耐えたとしても、教皇さまの御座す場所で、いかがわしい行為ををするわけにはいかない。


「そういうことではない。僕の説明不足が悪かった。その聖句、一般的に効果はないと言ったが意味はある」


ノルはぬいを抱きしめると、耳元に口を寄せた。


「これは恋人同士が二人きりの時に使うものだ。人目があるところで言うものではない」


二人だけで、痛みを和らげる事態。それは大体限られている。一瞬彼女は呆然としていたが、意味を理解したのだろう。みるみるうちに顔が赤くなっていく。


ノルはその様子を愛おしく思いながら、笑う。そっと額に口付けをおとすと頭を撫で、帰路についた。

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