08:満たされない
それからぬいは毎日街へと出歩いていた。神官服を身にまとい、住み込みで働けないか交渉しようとしたが、そもそも神官は副業をあまりしないらしい。
神の身元で修業する存在がそんなことをする必要はない、ただ励めと門前払いばかりである。それにようやく気付いたのが数日後。
ある日、仮住まいである神殿の宿舎へ戻る道すがら、神官らしき人々たちが居た。
人気がないように見えたのはたまたま祈りの時間に移動を開始し、出くわすことがなかったからである。
ぬいは何人かに話しかけようとしたが、なぜか謝られ避けられた。嫌な感じはせず、どこか恐れているようにも見える。
またある時は、コソコソと何かをささやく声が聞こえ、それを見つけると逃げられることがあった。
「だしんってなに?」
ぬいが首をひねっていると、向こうから興奮した様子のミレナがやってきた。どうやら想い人について語りたいらしい。
特に用事も断る理由もない。延々と話を聞かされ続けるが、ぬいは特に不快に思うことはなかった。
その日の夕食は三日に一度のスープであった。味は薄く具も少ない。
この先の栄養状態が心配になる見た目であるが、不思議なことに口にすると力が湧く。しかし、精神的には全く満たされない代物である。
不満そうにしていると、ミレナが内緒ですよとチーズをくれた。その日は彼女の気がすむまで話に付き合った。
――それ以外にも問題は多い。
ぬいは衣服を元々着ていたものに変えた。少し浮いているが、神官服よりはマシだろうと思い挑んだ。
その結果、惨敗である。衣服と容姿の時点で、他国の者であることが丸わかりであり、積極的に雇おうとするものはいない。
さらに交渉までこぎつけだとしても、大半が人手の足りていない接客業ばかりである。
ぬいはぼんやりとした過去の記憶から、絶対に無理であることを悟り辞退した。
「お腹すいた……」
片手を腹に当てながら、体を引きずるように歩いていた。宿舎に帰れば食事はあるが、ぬいはとっくの昔に飽きていた。
「もうやだ、あれはいやだ。食べたいけど、食べたくないよ」
呪われたようにブツブツつぶやきながら、ついに力尽きてその場に座り込んでしまった。邪魔にならないように、壁にもたれかかる。
少しだけと休んでいたら、夕焼けは見えなくなり、空が金色と紫の二色に染まる。時期に辺りは暗闇に包まれるだろう。
前のように教皇やミレナが迎えに来ることはない。腰が重くなるのを感じるが、動かなくては。そう思い、ゆっくりと立ち上がろうとした時。
「おまえ、なにしてる?」
顔を上げると、キャスケットを深くかぶった少年が居た。明るい髪色にアンバーの目を持った少年は、ぬいのことを不思議そうに見ている。
「ここ店のまえ。母さんの、さむいと思う」
怪しんでいるというよりは、心配しているようである。
「ごめんなさい、ちょっと疲れただけ。すぐに退くから」
ぬいが立ち上がると、少年はその服装に目を見張る。
「外のやつ?腹減った?」
少年の言葉がたどたどしいことから、ぬいと同じくこの国の出身ではないことが分かる。
「うん、とても」
隠すことなく正直に答えた。いつお腹が鳴ってもおかしくない状況だからである。
「いばしょ、ない?」
「ないって訳じゃないんだけど……うーん、居づらくはあるよね。居候の身みたいなもんだし」
ぬいの返答を聞くと、少年はしばらく考える。判断に困っているというよりは、言葉をどう繋ぐか考えている様子だ。
「こまった外のやつ、助ける。いつもそうだ。店の中こい」
少年は店の扉を開けると、手招きする。
「えっ、でもわたしびっくりするほどお金ないよ?それに一応宿舎に戻ればあるし……おいしくないけど」
「しってる。あそこのメシまずい。母さん怒る、早く」
少年はぬいをせかす。
「でも……わたし少年くんと同郷じゃないと思うよ。どう見ても怪しいし、そんな奴自分の家にいれていいの?だめでしょ、危ない目にあったらどうするの」
諭すよう、ゆっくりと言う。
「少年ちがう。シモン」
「あ、どうも。ぬいです」
少年改めシモンは一時停止すると、眉間にしわを寄せて考える。
「外のやつだからこそ、センベツされてる……へいき。それにおまえわるいやつじゃない、ちがう?」
長文を言い切ったあとか、シモンは一息吐く。
「そういえばなんか選別とか聞いた覚えが……なるほど。うん、自称するとうさんくさいけど。わたしは一般人で悪い人じゃないよ」
「入れ」
シモンはぬいが答え終わるとすぐにそう言い切った。