81:身辺整理
今回はノル視点です。
ぬいと会えない日々は想像以上に辛いものであった。ノルは何度くじけそうになった。だが、これに耐えなければ神に認めてもらえない。元神である存在を手に入れるのは、そう簡単なものではないのである。
日にちが過ぎ、自分の存在を片隅に置かれてしまっては困ると、ノルはぬいの枕元に手紙を置いておいた。これで少しでも自分のことを考えてくれればと。
内容は直接的に想いを告げるものではない。それを言うのは直接、かつきちんとした場でなくてはならないからだ。ゆえに遠回しな表現をばかりを使い、ぬいが理解できていないことには気づいていない。
旅立ちの準備だけでもすべきことは多い。きちんとした門がある国境は複数ある。そのうちのどれを選ぶか。
できたら安全で景観の良いところが望ましい。ぬいは珍しい場所や景色が好きだ。連れて行けばきっと喜んでくれるだろう。そこで契約を解除すれば、晴れて自由の身である。
――最高の立地に状況。ノルはここでぬいに想いを告げようと決意した。
ひと気が無く、二人きり。次こそは誰にも邪魔はされまい。もし、肯定の言葉を言ってくれたら。
そのことを考えると、締りのない顔になっていく。集中力が途切れるのを感じ、ノルは聖句を唱え己を落ち着けた。
気持ちを切り替えるために、親族への手紙を書く。寿命のことと、見合い話の断りの返事である。
当主という厄介ごとから逃れた罪悪感からか、夜会と称し嫌がる令嬢と何度も引き合わされてきた。それを金輪際やめてもらうためである。
一度直接会って言う必要もあるだろう。ノルは提示された夜会の一つに出席すろと返事を書いた。
本当だったらここに彼女を連れていけたらと思う。ノルは以前のぬいの姿を思い出す。むき出しの肩に大きく空いた背中。
顔が熱くなるの感じ、手で覆った。今の自分であれば冷静でいられないだろう。そもそもそんな姿を他者に見せたくもない。
ノルはぬいの中身に惹かれていった自覚がある。だが、今となっては容姿もノルを引き付けてやまない。
あの華奢な肩やふわふわとした黒髪。どこか神秘的で、興味があるものに関しては輝く目。ただぬいのすべてが愛おしく感じる。ノルはまたもや気が散っているのを自覚し、再度聖句を唱える。
「……ふう」
家に関する細かいことは、すべて使用人や執事が請け負ってくれるだろう。だが、どうしても任せられないことはある。
次に浄化の代役である。これは頻繁にあることではないし、三家の誰かに任せればいい。ペトルであれば快諾してくれるだろう。からかわれることは間違いないが。
◇
「やあ、ノルベルト。その様子だとすべて成功したようだね」
「ああ、無事に打ち勝つことができた」
ノルが嬉しそうに言うと、ペトルは自分のことのように喜んでくれる。
「あの勇者さまに勝てるなんて。相当頑張ったんだろうね本当に……よかったよ」
「すべてヌイのおかげだ」
彼女がいなければ、そもそも魔法という存在に注視しなかっただろう。それに短命をどうにかするという発想すら、出てこなかったはずだ。
ノルはぬいのことを想うと再び胸の内が温かくなるのを感じた。
「異邦者ヌイは無事に取り戻したようだけど。そろそろ水晶装具を用意しなくてもいいのかい?」
そう言うと、ペトルは懐から小さなナイフを取り出した。柄の部分には色とりどりの水晶が飾られている。
ノルはそれを見ると、自分の杖を握りなおした。これは父親から受け継いだものである、ペトルもそうだろう。
三家の当主は基本的に先代のものを受け継ぐ。本来であればノルは母から受け継ぐはずだが、あの指示棒は女性向けの装飾が施されている。
さすがにそれを持つのはためらわれ、父のものを持つことにしたのである。
伴侶となれば貴族平民関係なく、新たなものを渡すのが習わしだ。邪魔になりにくいという理由で、指輪が選ばれることが多いが、それ以外のものであることも多い。
「いや、まだだ」
「ノルベルトにしては行動が遅いね。もう婚約装飾具は渡していた気がするけど」
あの腕輪のことを指しているのだろう。
「……そもそもまだ何も言えていない」
「えっ……視野狭窄前はあんなに仲良さそうだったのに。いったい、どうしたっていうんだい」
ノルは契約の魔法のことについて話した。神からの命を受け、それまではなにも言ってはいけないことを。
「神々よ……」
ペトルは嘆くように言った。
「一週間後、僕はここを立つ。その間、浄化の役目を代わりに担って欲しい。今日はそれを言いに来た」
「なるほど、そういうことか。わかった、そのくらいなら引き受けるよ。堕神の降臨は当分ないしね」
胸を叩いて、ペトルは承諾した。
「水晶装具もどんな形状のものにするか決めてくれれば、手配しておくよ。腕のいい職人を知っているからさ。サイズももちろん知っているよね?」
ペトルにはぬいの手を掴んでいる所を見られている。
「もちろんだ」
ぬいとの距離を縮めるための行動であったが、その意図もあった。無論彼女は気づいていないだろう。
「本当によかったよ。今度は正式な夫人として、再び二人に会えることを楽しみにしているよ」




