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74:事後報告

「目覚めたか。皆がそなたのことを心配していた」


いつも通り、礼拝堂で祈り続けているのだろうとぬいは思っていた。しかし、姿を現した途端自ら話しかけに来た。その行動に首をかしげながらも、ことのあらましを聞いた。


弟が自分の体を使って現れたこと。トゥーの死の記憶をやわらげたこと。祝福が四人に授けられたこと。堕神の降臨が数年ほどなくなること。そして、ヴァーツラフのことを。


「そう……なんだ、よかったぁ……ほんとうに」


ぬいは力なくその場に座り込む。いくらうまく思い出させないようにしたといっても、いつどうなるかはわからない。ぬいの弟はすべての不安を取り除いたのだ。


「わたしの弟はすごいなあ」


小さく独り言をもらすと、ヴァーツラフも頷いた。その仕草は前とは少し違うように見える。


「ヴァーツラフは人間になったんだっけ?」

「否。変化は見られない。神もそう言っていた」


「まあ、なんだろうとヴァーツラフはヴァーツラフであって、それ以外の何者でもないもんね」


ぬいの言葉に数度瞬きをする。前はこのような仕草をすることはなかった。自覚はなくとも、少しずつ変わってきているのかもしれない。


「まず、人間は食事をする生き物。それだけは覚えておくんだよ」

出会ったばかりのことを軽く非難すると、ヴァーツラフは善処すると答えた。




次の日、ぬいはアンナとシモンの所へ向かうことにした。彼らは確実にいる居場所が分かっているからだ。


なにより、しばらく店の手伝いができずに困っているかもしれない。神官服からいつもの服に着替え、部屋を後にする。


「お、ヌイ。久しぶり!」

ちょうど朝ごはんの時間だったのか、家へ入った瞬間にいいにおいが漂う。


「いいタイミングだね。食べていくといいよ」


アンナも顔をほころばせて、喜ぶ。その暖かな光景に、ぬいは嬉しい気持ちでいっぱいになる。自分の不在を寂しく思い、再会を喜んでくれる人がこの国には何にもいるのだ。心の中で幸福だと弟に告げ、食事をはじめた。


「……あれ、いつもよりすごくおいしく感じるのに、食べれない……」


久しぶりにアンナの食事を口にしたからか、味覚が鋭く感じていた。だというにも関わらず、ぬいの手は止まってしまった。


「同じ量。変なの」

シモンも同意する。


「具合悪いとかじゃないよねえ?」

アンナが心配そうに問いかける。もしぬいがここで具合が悪くなったとしても、御業を使うことができないからだろう。


「特に体が重いとかはないんだけど」

ぬいには何も心当たりがなかった。ただ、今までの量があり得なさ過ぎたのだ。アンナの家では抑えていたとはいえ、今回は劇的な変化である。


「最近仕事も楽になったし、このままくつろいでいていいよ」


その言葉に甘え、ぬいはシモンと世間話をしたり前のように文字の勉強をはじめた。驚いたことに、彼の読解能力はかなり上がっている。


「ねえ、これノルくんからもらった言葉なんだけど。意味わかる?」

もしかしたらと思い、手紙の言葉をかいてみる。


「知らないけど」

「けど?」

含みのある言い方だった。言語の問題というより、伝えるべきか迷っているようだ。


「兄ちゃん、ヌイ。恋人?」

突然投げかけられた言葉に、吹き出しそうになった。それを無理やり押さえつけ、何度かむせる。


「……っ、違うよ!」

真っ赤になって否定すると、シモンは目を丸くする。照れた顔が珍しかったからだろう。


「じゃあ、言わない」

「もしかして、そういうたぐいの言葉だったりするの?」

「知らない。予想だけ」


これ以上突っ込めばいたたまれない空気になってしまう。ぬいは別の話題を出すことにした。


「わたしが居ない間、水晶ってどうしてた?」

「兄ちゃん、家の人。あと、最近なかまきた」


どうやらきちんと手配してくれていたらしい。ぬいは小さくどうしてるのかなと呟き、それに気づいた途端口を手で押さえた。



「そ、その今度お礼を言わないとね!」

慌ててごまかしたが、シモンはどこか遠い目をしている。若い彼らの成長はとても早い。自分の年齢を明確に理解したぬいはそう思った。


「お店の手伝いって、いつからはじめればいい?」

「……んー」


シモンはさらに言いにくそうにしている。嫌な予感がしていると、アンナがやってきた。


「実はね、母国の貴族様が来て、手伝いをよこしてくれるようになってね。その……」


遠回しなクビ宣言であることに気づき、ぬいは愕然とした。この先また前のように四苦八苦するのだろうか。そんな不安にさいなまれる。



「こんにちは!頼んでいたものを……って、え?」


髪を高い位置で括った少女。アイシェが目を真ん丸にしている。名を言おうとしているが、出てこないのだろう。名乗っていないのだから、当然である。そう思い、ぬいが口を開こうとしたとき。


「えっと、リョク……さん?」

まさかの元の名の方を呼んできた。視野狭窄時に見られていたのだろう。


「いいえ、わたしはもうぬいだよ」


そう告げると、心底安堵した声でよかったと言ってくれた。直接関わったのは一度だけというのに、やはり彼女の性根は優しいとぬいは思った。

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