表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/138

62:上演はまもなく開始する

「ノルベルト、これが頼まれていたものだよ」

ペトルはノルに厳重に包まれたものを渡した。


「助かる。用意はしていたが、今この場は離れ辛くて」

それを受け取ると、大切そうにしまい込む。


「本当に一人で大丈夫なのかい?」

ペトルは心配そうに尋ねた。


「完全に一人ではない。いざとなれば教皇さまも見守ってくださる」

「それは確かに心強いけど」


「結界を頼む。もしヌイが堕神に変化すれば、どうなるか予測できない」


ヴァーツラフにも頼んではいるが、彼自身言っている通り人らしい気遣いが足りない時がある。念には念を入れておいて間違いないだろう。


「では、これを教皇さまに渡してくる」



過去映しの特性上、人以外の者が引っ張られることはない。そうなってしまえば、動物や虫さえも巻き添えになるからだろう。


まずはヴァーツラフが彼女に水晶を見せ、引きずり込む。そうしてすぐに、ノルが以前のトゥーのように滑り込む。彼女が豹変し苦しむことがあれば、即水晶を割る。その手筈である。


ノルがなんらかの理由で動けなくなったとしても、ヴァーツラフが実際の水晶を破壊する約束もしてくれた。


礼拝堂の中が光る。開始の合図だ。ノルは礼拝堂の扉を少しだけ開けると、素早く入室する。この場所を使うのはまずいのではないかと思ったが、ヴァーツラフがそう決めた。神々に見せるためらしい。


中央に横たわっている彼女へ歩みを進めていく。目を閉じて寝ているように見えるが、その姿はどこか辛そうである。早く彼女を助けたい。そう思いながら、一歩一歩踏みしめていく。


触れられる距離まで近づくことは叶わず、ノルの意識は途切れた。





――ずっと、甘い砂糖菓子にまみれているようだった。何の不安もなく、温かい。だが、隙間なく詰め込まれたそこはあまりにも不自由だった。


「また会ったね、わたし」

髪を下の方で二つに結んだ女性が話しかけてくる。


「今のあなたは……ぬいではないね。さすがわたし!言われるまでもなく、自分で名前を思い出した。さあ、言ってごらん」


「いぬい……りょく」


正解だと、嬉しそうに拍手する。その姿は紛れもなく自分自身である。前は偽物だと思っていた。だがよく見てみると、まるで鏡のようだ。


「わたし、あなたに会ったことが」


綠は頭を抑える。大量の記憶の奔流を感じたその中で、確かに会ったのだと確信した。その先に見える何かを掴もうとしたとき、偽物は綠の頭に手を置いた。


「まだダメだよ。物事には手順てものがあるからね」


その言葉をかけられると、大量の記憶は引いて行った。残ったのは、かつてここで嫌な記憶を見せられたという事実のみである。


「さあ!クイズだよ!乾綠。どうしてこんな妙な名前を付けられたのか、思い出せる?」


偽物は両手を大きく広げるとくるりと回った。


――待望の第一子は男児ではなかった。


元から用意されていた名は(リョク)。全てを手にするように。覇者であれと、そんな勝手な欲望を元に決められたものだった。


だが、女児にはふさわしいものではない。そう周りに反対された結果、綠と名付けられた。みどりの黒髪だと幼少時に言われたが、後付けも甚だしい。


ただでさえ苗字が読みづらいというのに、名すらも旧字体。初対面ですんなりと呼べるものはほとんどいなかった。自国の者ではないと勘違いされることもあった。


「そうか……わたしはずっと、自分の名が嫌いだった。苗字も下の名前もすべて」


「よくできました、わたし。この調子でどんどん思い出していこうか。観客も来たようだしね」


偽物は目線を横へうつす。そこには一人の青年が居た。どこか必死そうな様子で、綠のことを見ている。その真っすぐな視線に引き寄せられそうになった。


「おっと、演者はこっちに行っていけないよ。それより、覚悟はいい?乾綠のくらーい過去の上演は、間もなく始まる」


偽物がそう言った瞬間、形容しがたい恐れに支配される。腰が抜け、膝を地につく。すると彼が何かを叫んでいる。なんと言っているかは分からないが、不思議と恐怖が和らいできた。


「あれ?前とは違うみたいだね」


偽物が不思議そうにしている。綠は誰の助けもなしに立ち上がる。その揺れで、いつの間にか腕輪をつけているのに気が付いた。傾けてみると、反射で色が変わる。


どこでこの色を見たのだろうと、考える。向こうにいる青年のような気がするが、容姿やかたちなどの情報がなにも入ってこない。目で見た瞬間、どこかに零れ落ちてしまう。


「わたしはきっと覚悟を決めていた」


以前は嫌だと叫ぶことしかできなかった。頭を抱えてうずくまっていただけだった。その結果、知らない誰かが助けてくれた。でも、それではダメだったのだろうと、綠は思った。


「怖いけど、もう逃げない。今なら立ち向かえる。そんな気がするんだ」


綠は腕輪を腕ごとぎゅっと握り締めた。記憶はないが、勇気をもらえるような、そんな気がしたからだ。


「いいね、いいね。らしくなってきたよ」


明るい声とは裏腹に口元だけ笑っていた。その表情は嫌というほど見覚えがある。そんな確信があった。



「最初に言っておこう、乾綠の物語は死ではじまり、死で終わると」


そう言うと、偽物は綠の手を掴んだ。あたたかななにかを握りつぶすかのように。

宣言通り、次回から暗くなります。過去編は4話ほど。ついにR15の残酷描写が仕事します(恋愛面はもう少し先です)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ