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56:彼らの真実

ノルはミレナに監視を任せたあと、トゥーの屋敷へしばしの不在を伝えに行っていた。詳しく説明しなければならないだろうと、身構えていたがあっさり頷かれてしまった。


元々彼は御業を使ってあちこち飛び回っている。部屋に居たと思えば、どこかへ消えることはそう珍しくないらしい。


そのあと、ノルはアンナとシモンの家へと向かいしばらくぬいが来れないことを伝えた。そのうえで力の供給は自分がやることを約束した。二人とも心配していたが、あの状態のぬいを見せれるわけがない。


すぐに終わったからとは言っても、ノルは綠と鍋島の元へまっすぐ行く気力がなかった。直視したくないのもあるが、一つ気がかりなことがあったからだ。


「お聞きしたいことがあります」


ノルが声をかけると、ヴァーツラフはすぐに振り返った。


「教皇さまは我々に異邦者たちの監視を提言されました。当初は不死性における危機の回避だけかと思っていました。ですが、一つ思い当たることがあります。もしかしたら、今の異邦者たちは御業が使えないのでしょうか?」


以前のトゥーは息を吸うように御業を使っていた。だというのに、鍋島に変化してから一度も見ていない。


「然り、そして否である」


その答えはあまりにも簡潔であった。ノルはどうにかくみ取ろうと考えたが、わかるはずもない。


「申し訳ありません。そのお言葉だけでは、真意を計り知れません。どうか、詳しく教えていただけますでしょうか」


ノルは彼女を元に戻すため、プライドを捨てて素直に聞いた。ヴァーツラフは頷くと、しばらく思案している。その姿は少しだけ人間的であった。


「彼らの状態は、はじめてこの地に舞い降りた者である」


指摘され、思い出す。あの時はあまりの衝撃で記憶が朦朧であるが、確かに二人はそうであった。早く冒険しに行こうと、舞い上がっていた。


「ただ使い方が分からないだけ。そういうことでしょうか?」


「然り、そして否……彼らは出身国の特徴から、多神の存在を否定しない。だが、今はまどろみの中。この国の神々に関して理解が足りておらぬ、自身が神であったという自覚が希薄である」


ヴァーツラフはまたもや簡潔に言おうとしたが、途中であらためたようだ。ノルはようやく納得がいった。


「つまり教えれば使えるが、前ほど強くはない。そういうことですね」


「然り」


今の状態の彼らに御業を教えるなど、そう簡単にいかないだろう。ノルは嫌な感が当たっていたことに舌打ちしそうになる。


だがこの場で、そんなことをするわけにはいかない。礼を述べ退出すると今後の対応をどうすべきか、考えを巡らせ始めた。





「ノルベルトが会合以外でここへ来るとは、珍しい。何かあったのかな?」


ノルはセドニク家へ来ていた、指摘された通り、両親の事故後一切来ることがなかったからである。


「ああ、頼みがあってきた」


ペトルは最初は茶化すような態度を取っていたが、真剣なまなざしのノルを見てたたずまいを変えた。


「中距離結界を教えてほしい。僕は人を守るのが得意ではない。だから……」


堕神降臨の際、三家の役割は明確に分かれている。スヴァトプルク家は導き手として対応し、必要であれば直接戦闘する。セドニク家は中距離の人や物に被害が加わらないように結界を張る。アルバ家は遠距離である。


しかし、各家に伝わる御業はおいそれと口外するようなものではない。ノルはそのことをわかっているからこそ、どんな時でも頼まなかった。


だが今回は別だ。今は鍋島がトゥーであると気付かれていない。しかし、いずれは気づく人が出てくる可能性がある。


大人気であった彼が唯一の人を見つけ、偏愛する。そんな光景を見てしまったら、綠に危害が加わる可能性は高い。ぬいであった時も、彼女自身嫉妬からの殺傷を危惧していた。


もしそれが起きてしまえば、取り返しのつかないことが起こってしまうだろう。ノルはそう予感していた。それでなくとも、死に至る傷から復活した姿を見られたら、大騒ぎになるはずだ。


「いいよ」

「は?」


そもそもすぐに断られるだろうと、ノルは考えていた。だからこそ、その即答に唖然とした。


「私はね、元々たった三家が危険なことをするのはどうかと思っていたんだ。そんなことは神官騎士に任せて、もっと大勢でどうにかしたほうがいい。昔からの様式美など掃いて捨ててしまえ」


ペトルは執務机の上で手を組むと、軽く答えた。だがその言葉の節々には、隠し切れない恨みと後悔がこもっているようだった。


「昔の私がもっと大きくて、力があれば彼女も……いや、ごめん。話がそれたね」


申し訳なさそうに言うが、あまり踏み込まれたくない領域なのだろう。それを振り払うように、ペトルは苦笑する。


「それに、ノルベルトの両親の件。私はずっと罪悪感を抱いていた」


「違う!あれは僕の……いや、誰のせいでもない」


ノルがかぶりを振ると、ペトルは少しだけ目を閉じる、また開いた。


「ノルベルトは少し変わったようだね。異邦者ヌイのおかげかな?」


からかうように言ってくるが、ノルは即答できなかった。


「それは……そうだが」


ばつが悪く、歯切れの悪い返事にペトルはおやと首をかしげる。


「もしかして、うまくいってないのかな?どれどれ、お兄さんに詳しく教えてもらおうか」


ペトルが机から身を乗り出すようにすると、ノルは引き気味になる。


「誰が兄か!」


「昔のかわいいノルベルトは、私のことを兄と呼んでついてきてくれたというのに、時の流れは悲しいものだね」


ペトルが芝居じみた言い方をする。両親の事故からあえて距離を置いたのもあるが、この態度も原因の一つである。思春期の時、どうあがいても勝てないこの人をノルは苦手に思っていた。


「色々と複雑な事情があるんだ!」


「そうかそうか。例え強力なライバルが現れようとも、兄はノルベルトのことを応援するよ」


「ふざけるな!ヌイのことを変な目で見ていただろう」


ノルが感情的になり、叫ぶとペトルは楽しそうに笑う。


「ははっ、そりゃあ異邦者だからね。それなりに見るさ。でもそういう風に見えたのは、ただの嫉妬じゃないかな?」


延々とノルはペトルにからかい続けられた。ごっそりと体力を持っていかれたが、その日はぐっすりと眠ることができた。

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