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52:二人の異邦者

ぬい視点はしばらくお休みです。

「この者には人の扱い方が分からぬ。あとはそなたらに任せた。しばしの間寝かせておくがよい」


五人が現れた場所は、いつも通りの礼拝堂であった。


「明日には目覚めるだろう」


ヴァーツラフは二人に二人を預けると、また祈りを捧げる。心なしか、いつもより必死に見えるその姿。


ノルとミレナは聞きたいことがあろうとも、何も言えなかった。指示通り二人をそれぞれの部屋に寝かせると、挨拶もせずに自分の家へと帰って行った。





ノルが礼拝堂の扉を開けると、その先の道半ばにてミレナが立ち尽くしていた。


「良い所へ来た、神官よ。挨拶をせよ」


ヴァーツラフが声をかけるが、ミレナはすぐに反応しなかった。ノルはそのまま扉を閉めて歩みを進めると、すぐにその原因が分かった。


最奥にはヴァーツラフが。そしてその手前には手を繋いでいる二人の姿があったからだ。それを認識した瞬間、彼らはお互いの顔を見合わせると頬を染め、気恥しそうに手を離した。


以前ノルは二人が手を繋いだ光景を想像したことがある。あの時でさえ、強い痛みを覚えたというのに今はそれが現実となっている。


強い痛みと吐き気。それらを通り越し、ノルは全身の血の気が引いていく。ミレナと同じように、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「はじめまして!俺は敦。で、こっちが綠さん。神官さま、よろしくお願いします!」


快活に挨拶するトゥーと呼ばれていた彼、鍋島は腰を折るとお辞儀をした。それに合わせて綠も綺麗な角度で礼をする。


「紹介しよう、この者たちは異邦者乾綠(イヌイリョク)と異邦者鍋島敦(ナベシマアツシ)である」


ヴァーツラフがよく響く声で事実を突きつける。


「変なの?わたしたち挨拶したのに、なんでこの村人くんはもう一度紹介したんだろう?」


綠が不思議そうに首をかしげる。


「そりゃあ、村人ってそういうもんだろ。いちいち突っ込んでても仕方がないよ」


ノルにとって、意味が分からない会話を続ける。彼らはヴァーツラフが教皇と知りながらも名で呼んでいた。それが今は、その事実がなかったかのように一般人扱いしているのだ。


「ねえ、鍋島くん。そろそろ神官に祝福を授けてもらった方がいいんじゃない?」


「祝福?それよりも、挨拶はしたし外に冒険しに行きたいな」


「こらっ、ダメだって。その国の大事にしていることは、ちゃんと尊重しないと」


綠がたしなめると、鍋島は素直に謝った。


「ごめん、早く綠さんと出かけたくてさ。ずっと、叶わなかったことだったから」


「庭へはよく出かけたよね?」


「それとこれとは違うって」


綠と鍋島はなんてことはない会話を軽快に交わす。見ているだけで、気が置けない間であることが分かる。少し前までの二人には全くなかったものだ。


「なぜですか?」


ミレナが震える声で言った。心なしか体も小刻みに震え始めているようだ。それに気づいたのか、彼女は両腕で自分の体を押さえるように抱きしめる。


「わたくしには、よく理解できません。一晩中ずっと考えておりましたが、頭が追いつかないんです」


その問いかけに、誰も答える者はいなかった。それどころか神官から祝福を与えてもらおうと、綠と鍋島は目の前に跪いた。


「神官さま、お願いします!」


鍋島の元気な声が投げかけられる。目の前のミレナの様子がおかしかろうと、その目にはまるで何も映っていないようだった。


もちろん言う通りにできるはずがない。事実に耐えきれず、その場に崩れ落ちるようにして、膝をついた。現実が受け入れがたいのか、頭を振っている。その揺れで目から涙が零れ落ちた。


「教皇さま!ご説明ください!」


ノルは片手に持った杖を強く握りしめると、強く問いかける。すると、鍋島が綠の方を見て言った。


「あそこの後ろの方にいる人。誰だろう?なんで叫んでるんだろうね」


「本当だ。多分服装からして、貴族っぽいね」


この言葉から、二人はノルのことを完全に認識していないことが分かった。突きつけられた現実にノルはめまいを感じた。


「神官は異邦者の望むままにせよ」


返ってきた言葉は望んだものではなかった。これ以上何を投げかけようとも、ヴァーツラフは同じことしか言わないだろう。ノルは歯を食いしばるとミレナの前へ出た。


「僕がやる」


ノルは二人の額の近くへ手をかざす。心を落ち着けるために一息吐く。


「迷える心を断絶せよ」


聖句を唱えると、杖の先を地面に打ち付ける。淡い光が生まれ、ひと際強く輝くと、すぐに消え去った。


「神官さん、ありがとう」


綠は口元を少しだけ上げて言った。先ほど彼女はノルのことをどこかの貴族と評した。だが、今は神官と言った。その矛盾にノルは違和感を覚えた。


「これで旅立ちの準備は万端だ!さ、行こうか綠さん」


鍋島は綠に手を差し伸べる。だが、彼女はぷいと横を向くと先に歩いて行ってしまった。ノルの横を通り過ぎる瞬間、その顔は赤くなっていた。


ずっと見たかった彼女の照れた顔が見られたが、ノルの心は絶望しか感じなかった。


「綠さん!?」


「子供じゃないんだから、一人で歩けるよ!」


鍋島は綠を追って駆けだす。泣き崩れるミレナを見もせず、まるで路傍の石のような扱いだ。扉が閉まる音が響くと、ノルは足元から力が抜け杖を落とす。


そのままふらつきながら、近くの席へと腰を下ろした。

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