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46:これは誰だ

「ヌイ、ここでで暮らしに不便はないか?」


礼拝堂から出て部屋に戻る道すがら、ノルと鉢合わせた。てっきりヴァーツラフに用があるのだろうと、道を譲ろうとしたが目的はぬいだったらしい。


あの話の後、気落ちしていたぬいを励ますように、ノルは様々な話題を投げかけてくる。


「うん、特にないよ。前は気になることもあったけど。今となればかわいいものくらいに感じるし」


理由が分かればわざわざ避ける必要もない。ぬいは堂々と日々をここで暮らしていた。


「辛くなったら、いつでも僕の屋敷に来てくれていい。部屋数はまだ余っている」


「ありがとう。でもただの居候はね……」


ぬいは遠い目をする。


「僕の所ならば、いつでも好きな時にあの料理が食べられる」


「うっ……でも、料理長を夜中に起こすなんて絶対にできないし、申し訳ないし」


「だったら、僕を呼べばいい。簡単なものであれば作れる」


このままでは話がすり替わり、いつの間に引っ越してまうことになりそうである。


「そういえば、ノルくんわたしに作ってくれたもんね」


はじめて会った日の夜、彼が作ってくれた暖かい食事のことを思い出す。


「あれは料理とは言えない代物だろう。ただの野営食だ」


ノルは不満そうに言う。


「そうかな?おいしかったけど。ノルくんてさ、大概のことをそつなくこなすよね」


ぬいもどちらかと言えば、やれば何でもできるタイプではある。ただ興味や目的の持てないものには、あまり力を発揮できない。


「なんでもスマートにこなすことが秘訣なのだと。そう教育を受けてきた」


「秘訣?なんの?」


ぬいが問うと、ノルは言いづらそうに顔を逸らした。


「うっ、君には言えない」


「そっか。なら無理には聞かないよ」


「すまない。そのうち言おう」


ノルが申し訳なさそうな顔をし、ぬいはなんてことはないよと言いながら背中を軽く叩く。


「……そこに居るのは誰だ?」


後ろから声がかけられると、ノルはぬいをかばうかのように前へ出た。しかし相手を認識すると、瞬時に体の緊張が解けていく。


「なんだ、叔父上ですか」


そこには珍しく眉間の皺がなくなっている枢機卿が居た。対峙してもなお、二人のことを交互に見る。本当に自分の認識する者と同一人物かと、疑っているようだ。


「甥か。あまりにも態度と声が違いすぎて、誰かと思った」


緩んだ態度を指摘され、ノルは顔を引き締める。


「教皇さまの居られるこの場にて、軽率でした」


ノルが枢機卿に対し謝罪すると、意外にも首を振った。


「いいや、わめき散らしたわけではないし、教皇さまも咎めることはないだろう。今の様子だと堕神の要素は消え去り、この世界へと定着する。それは喜ばしいことだ」


いつもの険しい表情は消え、素直に祝福をする叔父のような態度である。


その表情はどことなく、ノルの父親と似通っている。枢機卿は父方の親族なのだろう。


「さすればただの人間と成り果て、曖昧な気配から信仰が揺らぐことはなくなるだろう」


やはり枢機卿は枢機卿であった。あくまで信仰を第一に考えることは、変わらないようだ。


「叔父上、残念ですが……その」


ノルが言いづらそうにすると、枢機卿は肩を叩き何かを言っている。こうしている光景はどこにでもある、親族同士の交流である。


ノルと同じく第一印象は最悪であった。だが、ただのこの国の人間であったのであれば。ぬいに普通の態度で接してくれたのかもしれない。


「すみません、定着の定義ってなんですか?曖昧すぎてよくわかりません」


ぬいは手を挙げて質問する。


「思いが通じた後、婚姻後など人によっては様々だ。くれぐれも、あえてその身に抱えるものを保持しようとするな」


中には力が目減りすると、そんな確証もないのにフラフラする異邦者もいるらしい。


「なるほど。教えてくれて、ありがとうございます。こうして余計な感情抜きに話してみると、やっぱりノルくんの親族ですね」


腰を折り一礼すると、枢機卿は額にしわを寄せた。


「どういう意味だ?」


「初対面の時、わたしに礼拝堂へ行くように言いましたよね?あれって、よく考えたらただの親切だったんだなと」


もしあの場へ向かっていなければ、きちんと物品に対する未練が、断ち切れていなかったはずだ。あの時のぬいは理解できていなかったが、あれは必要な通過儀礼である。なにより、ノルとここまで関わることにならなかっただろう。


「荒療治とはいえ、見せた方が定着へ向かいやすくなる。それだけだ」


「その……わたしがあなたの認める者と成り得たのであれば、個の人間として扱ってもらえますか?」


「そうなったのであれば。今の君はただの堕神だがな」



「ヌイ、次の週末に連れて行きたいところがある。僕が渡した衣服を着て、ついて来てほしい」


ノルがここへやってきたのは、ぬいと話をする以外にも目的があった。以前採寸をし、作ってもらった衣服を届けてにきてくれたのだ。


ぬいの想像以上に種類が多く、どこへ着て言ったらわからない服もあった。きっと、それを必要としているのだろう。


「わかったよ、今日はありがとう」


笑顔でそう告げると、ノルはぬいの手を取る。別れの挨拶をしたあと、すぐに去らずにどうすると思いきや、手の甲へと口付けた。


あまりに自然な対応だったため、ぬいはなにをされたのかすぐに理解できなかった。


「また、会えるのを心待ちにしている」


名残惜しそうに手を離すと、ノルは背を向けて今度こそ帰っていった。そんな背中をぼーっとながめていると、後ろから肩を叩かれる。


「誰ですかー!今のは!」


少し前に聞いたことのあるようなセリフを言う。しかし、この声は女性ものである。


驚きのあまり、わなわなと震えるミレナがそこに居た。

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