02:悪人面の青年と
しばらく二人で街道沿いを歩いていく。日が暮れる前には着くだろうとぬいは甘く考えていたが、視界に映る城と町は意外と距離があり到着することは叶わなかった。
開けたところで、腰を下ろす。ノルは背嚢からあれこれ取り出すと、野営の準備をはじめる。
「手伝います」
ぬいはそう言うと、大きな荷からはみ出て居る布に触ろうとする。しかしすんでの所でノルに制された。目つきは厳しい。彼女はしばし考えこむと、納得したように目を見開いて、彼に合わせる。
「なるほど、そういうことか。わたしはここで見ているんで、必要な時は言ってください」
手を叩くと、その場に座り込む。腰と足が冷えるが、大して気にしてはいない。一見落ち着いているように見えるが、その目は輝いていた。
ノルはその子供のような好奇心旺盛な様子を一瞥する。少しだけ目を細めるが、すぐに悪そうな笑みを浮かべた。
「……気を病んでいたらすまないが、万が一破損したら凍え死ぬかもしれない。我慢してくれ」
「へ?あ、うん。わかってるよ。素人が触っちゃまずいですもんね」
触らないことをアピールするように、両手を挙げた。するとノルは引き続き準備を続ける。先ほど止められた布は敷物ではなく、何かを包んでいたようだ。
一旦それを脇に置くと、今度こそ本物の敷物を地面に敷く。これはぬいの為のものだろう。
簡易の寝床の準備が終わると、ノルは包みからこぶし大の水晶を取り出した。
「……これは?」
ぬいが聞く前にノルは実践してみせる。寝床から少し離れたところにそれを置くと、胸の前で手を組んで額に当てた。
「我らが神たちよ。闇夜を照らす炎を依り代へ」
厳かな聖句を唱えると、水晶から青白い炎が生まれ出た。ぬいは感動して、空いた口がふさがらなかった。
これは誰でもできることなのか、どういった原理なのか。話すことができない者はどう代用するのか。どれから質問しようと考えていると、ノルが鞄からパンと鍋を取り出した。
手元が狂ったのか意図的なのか。ぬいの口元に突き刺さりそうな勢いで、渡そうとしてくる。食への執着が力を与えたのか、なんとか手で受け止めた。
ノルが鍋の中に水と固形の何かを入れると、すぐにいい香りが漂ってくる。
「聞きたいことはあるだろうが、今日は互いに疲労している。明日にしよう」
「これくれるの?」
ぬいは鍋とパンに輝く視線を向ける。感動のあまり、敬語が抜け落ちている。道中何度も間食をすべきかと考えあぐね、先のことを考え我慢した結果、空腹だったからだ。
「やろう」
またしても小悪党の笑みを浮かべる。通常時のぬいであったら、警戒心を強めているところだろう。だが今は食事の効果で気にならなくなっていた。
追加で差し出されるスープに始終顔を緩めながら食べる。それらは何の変哲もない野営食であるが、しばらく食事をとっていなかったぬいにとってはごちそうである。
「いただきます」
そう言うと、ノルがちらりを目線を向ける。しかし、何も言わずに手を組むと目をつぶった。
「神々よ、日々の見守りに感謝を」
はじめはゆっくり食べていたが我慢できず、かき込むように飲み込んだ。すべて食べ終わり、ちらりとノルの様子を伺っていると、まだ食べ終わっていない。
急いだぬいとは対照的に、ゆっくりときれいに食事をとる。一つ一つの所作が洗練されているのが、見て取れた。
この世界の身分制度がどうなっているかは不明であるが、育ちがいいことは明らかだろう。
表情はあまりおいしそうには見えない。楽しみというよりは、義務で摂取していることがまるわかりである。目も合わせず、会話をしようともしない。
「そうだ、ノルくんは魚が好きですか?」
ぬいは返事も聞かずに自分の鞄の中を探る。
ノルは食物が口に入っているからか、何も言葉を発さない。かといって、急いで飲み込むこともしない。
だが、呼び方に思うことがあったのか、顔を少ししかめている。
「あった、これこれ」
ぬいは大量の菓子類に埋もれていた、三角に包まれているものを見つける。すなわち、おにぎりを差し出した。
「これ、食べる?」
ノルはようやく飲み込んだのか口を開く。
「なんだその黒いのは。結構だ」
不審げな顔をしながら、すぐに断った。
「そう、なら今食べようっと」
食事をもらった今、貴重な腹持ちのいい食物をとっておく必要はない。気温が低いので、すぐに腐りはしないだろうが、長持ちはしない。ぬいは躊躇なく消費することを決めた。
ビニールの包みを剥がすと、のりを巻く。ノルが食べ終わる前に腹に収めると、妙な視線を感じた。
「そんなに腹が減っているなら、残りも食べろ」
引き気味の表情でぬいを見ながら、鍋の残りをそのまま差し出そうとする。
「いや、その……違うんです。ただようやく解放されたんだって思ったら、食が進んでしまって。普段はこんなのでは……ないよ」
慌てて本音を言うが、ノルは信じていなそうである。
「本当にそれでいいのか?」
目を細めて、再確認をしてくる。ぬいは迷わず首を横に振った。
「大丈夫です。残りはノルくんが食べてください。もともとわたしのものではないんだし」
「……分かった」
しぶることはせず、鍋から手を離した。
それからノルが食べ終わるまでの間、彼女は膝を抱えながら夜空を眺めていた。元の世界よりも月と星が少し青白い色をしている。
そんな光景を見ていると、ぬいの脳裏に過去の記憶がよみがえってくる。それはまるで、夢のように朧気で眠気をさそってくる。
しっかり思い出せないということに、不安を感じることはない。眠りにつく前まで、二人は特に会話をせず、穏やかな沈黙に包まれていた。