表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/138

23:取引

「でさ、気になってたんだけど。魔法国ってことは、魔法があるってことだよね?」


ぬいは期待に満ち溢れ、少しだけ前のめりになってノルに問う。


「今更何を言っている。君は魔道具店に通っているだろう」


小バカにしたような口調で言う。ぬいはアンナの店を思い浮かべた。


一体何の用途で使うかわからない奇妙な道具。滅多に来ない客。偶に来たと思えば、大金を支払って去っていく。


「だったら、わたし「お邪魔するよ~」


唐突にかけられた声に振り向くと、二人の座っている席のすぐ横にトゥーが現れた。もちろん扉は空いていない。


「こんにちは!ぬいとノル」


軽く手を振る。前と同じように面をつけているが、狐ではなく猫の仮面であった。目の部分は見えているのかが怪しいくらい、細い。間髪入れずにノルは舌打ちする。


「礼儀というものをどこかに置いてきたようだな」


「いや、だってさ。すごいしかめっ面で女の子を暗いお店に引きずっていくから、気になって」


皮肉たっぷりの物言いに対し、トゥーは明るい声で答えた。ノルに対し何の含みもない、純粋に心配していたのだろう。


「そうだね。はたから見たら、何か怪しいブツの取引でもするみたいだったよ」


ぬいが少しずれた回答をする。


「ん~俺としては痴情のもつれって感じだったけど。なんか切羽詰まってそうだったし」


「は?頭がどうにかしているのか?自分の行動を、もっと振り返ってから言ったらどうだ」


ノルが不快そうに顔を歪める。


「あはは~まあ、何もなさそうならいいや。ノルは友達だし、ぬいは同郷のよしみとして、やっぱり気になっちゃってね」


トゥーはちらりとぬいのことを見る。


「気にかけてもらえたのはうれしいです。でも、わたしとそういう目で見るのは、ちょと可哀そうだと思います」


過去映しのあとから、ぬいは薄々ノルよりだいぶ年上ではないかと、そう予測していた。


「え~そう?ぬいはすごくかわいいと思うけど。落ち着いてて、神秘的な雰囲気もいいよね」


「そうですか、ありがとうございます」


さらりと出てくる賛辞に何の感慨もなく流す。


「そうだ!それ、俺と話すの普通にしていいよ。さっきも言ったけど、同郷なんだし」


「……周りの誰かに刺されたりしない?」


ぬいはミレナから散々話を聞いている。だからこそ、あらぬことが飛び火しないかと心配した。


「そんなことする子いないって。何かあったら前みたいにすぐ駆け付ける。それに前の世界と違って御業があるし」


「あのね、わたし……トゥーくんと違ってたいして使えないよ」


あれから練習を続けてはいたが、どうあがいても中の下と言った程度にとどまっていた。


「マジで……えっと、そ、そうだ!俺別の用もあって来たんだ。一度魔道具店に行ってみたくて。ぬいはそこで働いてるんだろ?案内してくれる?今まではもう一人の異邦者と関わるなって言われて、そこに行けなくてさ」


「今もだろう。教皇さまの指示に背く気か」


最早不快な顔が通常のようになったノルが言う。


「名と顔さえ見せなきゃ大丈夫ってことだろ?もう会っちゃったんだし、その後も関わるなとは言われてないから」


ノルはしばし考えていたようだが、反論する理由が見つからずため息を吐いた。


「よし決定!邪魔してごめんね。俺は隅の方で食べてるから、気にしないで」


そう言うと、トゥーは向こう側の席に着く。


「絶対に仮面を取った姿でこっちを向くなよ、教皇さまがお嘆きになる」


「もちろん、わかってるって」


トゥーは快活に言うが、ノルの眉間の皺はさらに深まった。


「あ、注文して来るまで待つの暇だと思うから、これ持って行っていいよ」


「そう?ありがとう」


ぬいはノルとの会話中に頼んでおいた料理の一部を渡す。


「……いつの間にこんなに頼んでいた」


「え?普通に途中で」


「いくらなんでも食べすぎだ」


机の上にはノートを避けるようにして、好き放題注文した料理が机いっぱいに広がっていた。トゥーが一部を持って行ったが、それでもまだ多い。数人分というほど生易しい量ではない。


「うん、わたしもそう思う。なんかここに来てから、いくらでも食べれるんだよね」


「俺も~」


トゥーは背を向けた状態で手を挙げた。仮面は外してテーブルの上に置いているようだ。下に垂れている結び紐が揺れている。


「……はぁ。まったく、堕神は意味がわからない」


ノルはげんなりした顔をする。かなりストレスが溜まっているようだ。


「そもそもなんで僕がこんな説明しなければならない。こういうのは適任がいるだろう」


愚痴り気味になってきたことを自覚したのか、後半の声は小さくなる。


「そうだね、でもさ今の状態のミレナちゃんにそれを求めるのは酷かと。聞かなかったわたしも悪いけど。なんか、見てるのが面白くて」


ぬいはトゥーに聞こえないように小さな声で言った。


「確かに……あまり興味はなかったが、あそこまで周りが見えない人物ではないはずだ」


ノルはぬいに合わせるように同じく小声で言う。ミレナはトゥーに対する恋情を持て余し、暴走気味だ。



「さて、立派なお家の子を個人的な理由で拘束し、講義も受けた。そのうえちょっと高そうな料理を、際限なしに頼んでいる。これはノルくんに大きな借りができたね」


ぬいは努めて笑顔で言う。だが実際は口元が軽く弧を描いているだけである。その不敵な笑みにノルは体を逸らす。


「いったい、何が目的だ?」


「えっ、もうわかるよね?」


「妙な駆け引きはやめろ」


「いや……えっ?あー……もー!大体ここに引き込んだのはそっちでしょう。この借りがあるから、わたしはあの時のことを黙ってるって言いたかったの」


ノルは一瞬ぽかんとした表情で停止する。しばらくすると元に戻り、ばつの悪そうな顔になる。


「……そうだった。これだから堕神は」


ぬいのペースと後からやってきたトゥーの対処にもまれ、頭から抜けていたようだ。


「君は最初からこうするつもりだったのか?」


「だって、あのままだと黙れ!わかった!って言ってもノルくんわたしのことを信用しないでしょ。これで貸し借りなしってことでどうよ」


ぬいは料理に手を付けると咀嚼する。


「堕神は信用ならない。それにあの程度のこと、誰でも知っている」


「うーんダメか」


ぬいはノルの過去を知ってしまった。もはや堕神という言葉には、黙らざるを得なくなっている。


代償として自分の過去を差し出せるのが一番だろうが、途中で終わってしまっている。そのうえ教皇から封を解くのを封じられた。何よりぬい自身が過去映しに堪えられる自信がないのである。


「だったらさ、これで手を打たない?わたしはそのうちこの国を出る。そうすれば、間違って秘密を漏らしても、遠い異国じゃ何の問題にもならないでしょ?」


「ここを……出るのか?」


ノルは信じられないといった具合で目を見開く。国を出るという発想自体がなかったのだろう。


「うん、さっきの説明ですごくワクワクしたんだ。色んな所に行くの好きだし。何なら誓おうか?御業はなさそうだけど、そういった契約の魔法とかあったりしないかな」


「あるよ~アイシェが言ってた」


トゥーがまた後ろ向き手を振りながら言う。差し出した食事はほとんど平らげていた。追加で頼んだものがやってきていたのか、トゥーはそれに手を付けはじめる。


「それなら決まりだね、行こうか。ただし食べ終わってからだけど」


まだ食うのかとノルのあきれた声が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ