23:取引
「でさ、気になってたんだけど。魔法国ってことは、魔法があるってことだよね?」
ぬいは期待に満ち溢れ、少しだけ前のめりになってノルに問う。
「今更何を言っている。君は魔道具店に通っているだろう」
小バカにしたような口調で言う。ぬいはアンナの店を思い浮かべた。
一体何の用途で使うかわからない奇妙な道具。滅多に来ない客。偶に来たと思えば、大金を支払って去っていく。
「だったら、わたし「お邪魔するよ~」
唐突にかけられた声に振り向くと、二人の座っている席のすぐ横にトゥーが現れた。もちろん扉は空いていない。
「こんにちは!ぬいとノル」
軽く手を振る。前と同じように面をつけているが、狐ではなく猫の仮面であった。目の部分は見えているのかが怪しいくらい、細い。間髪入れずにノルは舌打ちする。
「礼儀というものをどこかに置いてきたようだな」
「いや、だってさ。すごいしかめっ面で女の子を暗いお店に引きずっていくから、気になって」
皮肉たっぷりの物言いに対し、トゥーは明るい声で答えた。ノルに対し何の含みもない、純粋に心配していたのだろう。
「そうだね。はたから見たら、何か怪しいブツの取引でもするみたいだったよ」
ぬいが少しずれた回答をする。
「ん~俺としては痴情のもつれって感じだったけど。なんか切羽詰まってそうだったし」
「は?頭がどうにかしているのか?自分の行動を、もっと振り返ってから言ったらどうだ」
ノルが不快そうに顔を歪める。
「あはは~まあ、何もなさそうならいいや。ノルは友達だし、ぬいは同郷のよしみとして、やっぱり気になっちゃってね」
トゥーはちらりとぬいのことを見る。
「気にかけてもらえたのはうれしいです。でも、わたしとそういう目で見るのは、ちょと可哀そうだと思います」
過去映しのあとから、ぬいは薄々ノルよりだいぶ年上ではないかと、そう予測していた。
「え~そう?ぬいはすごくかわいいと思うけど。落ち着いてて、神秘的な雰囲気もいいよね」
「そうですか、ありがとうございます」
さらりと出てくる賛辞に何の感慨もなく流す。
「そうだ!それ、俺と話すの普通にしていいよ。さっきも言ったけど、同郷なんだし」
「……周りの誰かに刺されたりしない?」
ぬいはミレナから散々話を聞いている。だからこそ、あらぬことが飛び火しないかと心配した。
「そんなことする子いないって。何かあったら前みたいにすぐ駆け付ける。それに前の世界と違って御業があるし」
「あのね、わたし……トゥーくんと違ってたいして使えないよ」
あれから練習を続けてはいたが、どうあがいても中の下と言った程度にとどまっていた。
「マジで……えっと、そ、そうだ!俺別の用もあって来たんだ。一度魔道具店に行ってみたくて。ぬいはそこで働いてるんだろ?案内してくれる?今まではもう一人の異邦者と関わるなって言われて、そこに行けなくてさ」
「今もだろう。教皇さまの指示に背く気か」
最早不快な顔が通常のようになったノルが言う。
「名と顔さえ見せなきゃ大丈夫ってことだろ?もう会っちゃったんだし、その後も関わるなとは言われてないから」
ノルはしばし考えていたようだが、反論する理由が見つからずため息を吐いた。
「よし決定!邪魔してごめんね。俺は隅の方で食べてるから、気にしないで」
そう言うと、トゥーは向こう側の席に着く。
「絶対に仮面を取った姿でこっちを向くなよ、教皇さまがお嘆きになる」
「もちろん、わかってるって」
トゥーは快活に言うが、ノルの眉間の皺はさらに深まった。
「あ、注文して来るまで待つの暇だと思うから、これ持って行っていいよ」
「そう?ありがとう」
ぬいはノルとの会話中に頼んでおいた料理の一部を渡す。
「……いつの間にこんなに頼んでいた」
「え?普通に途中で」
「いくらなんでも食べすぎだ」
机の上にはノートを避けるようにして、好き放題注文した料理が机いっぱいに広がっていた。トゥーが一部を持って行ったが、それでもまだ多い。数人分というほど生易しい量ではない。
「うん、わたしもそう思う。なんかここに来てから、いくらでも食べれるんだよね」
「俺も~」
トゥーは背を向けた状態で手を挙げた。仮面は外してテーブルの上に置いているようだ。下に垂れている結び紐が揺れている。
「……はぁ。まったく、堕神は意味がわからない」
ノルはげんなりした顔をする。かなりストレスが溜まっているようだ。
「そもそもなんで僕がこんな説明しなければならない。こういうのは適任がいるだろう」
愚痴り気味になってきたことを自覚したのか、後半の声は小さくなる。
「そうだね、でもさ今の状態のミレナちゃんにそれを求めるのは酷かと。聞かなかったわたしも悪いけど。なんか、見てるのが面白くて」
ぬいはトゥーに聞こえないように小さな声で言った。
「確かに……あまり興味はなかったが、あそこまで周りが見えない人物ではないはずだ」
ノルはぬいに合わせるように同じく小声で言う。ミレナはトゥーに対する恋情を持て余し、暴走気味だ。
「さて、立派なお家の子を個人的な理由で拘束し、講義も受けた。そのうえちょっと高そうな料理を、際限なしに頼んでいる。これはノルくんに大きな借りができたね」
ぬいは努めて笑顔で言う。だが実際は口元が軽く弧を描いているだけである。その不敵な笑みにノルは体を逸らす。
「いったい、何が目的だ?」
「えっ、もうわかるよね?」
「妙な駆け引きはやめろ」
「いや……えっ?あー……もー!大体ここに引き込んだのはそっちでしょう。この借りがあるから、わたしはあの時のことを黙ってるって言いたかったの」
ノルは一瞬ぽかんとした表情で停止する。しばらくすると元に戻り、ばつの悪そうな顔になる。
「……そうだった。これだから堕神は」
ぬいのペースと後からやってきたトゥーの対処にもまれ、頭から抜けていたようだ。
「君は最初からこうするつもりだったのか?」
「だって、あのままだと黙れ!わかった!って言ってもノルくんわたしのことを信用しないでしょ。これで貸し借りなしってことでどうよ」
ぬいは料理に手を付けると咀嚼する。
「堕神は信用ならない。それにあの程度のこと、誰でも知っている」
「うーんダメか」
ぬいはノルの過去を知ってしまった。もはや堕神という言葉には、黙らざるを得なくなっている。
代償として自分の過去を差し出せるのが一番だろうが、途中で終わってしまっている。そのうえ教皇から封を解くのを封じられた。何よりぬい自身が過去映しに堪えられる自信がないのである。
「だったらさ、これで手を打たない?わたしはそのうちこの国を出る。そうすれば、間違って秘密を漏らしても、遠い異国じゃ何の問題にもならないでしょ?」
「ここを……出るのか?」
ノルは信じられないといった具合で目を見開く。国を出るという発想自体がなかったのだろう。
「うん、さっきの説明ですごくワクワクしたんだ。色んな所に行くの好きだし。何なら誓おうか?御業はなさそうだけど、そういった契約の魔法とかあったりしないかな」
「あるよ~アイシェが言ってた」
トゥーがまた後ろ向き手を振りながら言う。差し出した食事はほとんど平らげていた。追加で頼んだものがやってきていたのか、トゥーはそれに手を付けはじめる。
「それなら決まりだね、行こうか。ただし食べ終わってからだけど」
まだ食うのかとノルのあきれた声が聞こえた。




