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18:ある青年の過去①

「ーーいい?よく見て、あの方がわたくしたちのご先祖様なのよ」


優しそうな声が反響するように鳴り響く。


ぬいは重いまぶたをゆっくり開くと、そこには真っ赤なドレスを着た女の人が居た。


おそらく我が子であろう、子供の肩に後ろから手を置いている。なぜ血のつながりを確信したかというと、髪の色が同じ燃えるような赤毛だったからだ。


ぬいは目線を別の方へ動かそうとしたが、動かない。自分の体すら見えず、幽霊のような状態になっているわけでもない。


「異邦者には自由を。堕神には安寧と送還を。それがわたくしたち一族の使命」


視界が暗くなる。完全なる暗闇であるが、あまり不安には駆られていない。この暗転にはなぜか見覚えがあるからだ。ほんの一分も経たないほど待つと、視界が開ける。


また同じ女の人が立っていた。水晶が周りにそびえたつ中、少しだけ大きくなった子供と共に。


視界が少し上を向く、親子が立っている先には二人の男の人が居た。


一人は水晶台の上に倒れ込んでおり、少し薄くなった黒い髪に茶色の目、中肉中背の体躯をしていた。


ここまではどこにでもいる中年男性の特徴であるが、服装が上下ともにスーツ姿であった。ぬいがかつて持っていたものと似た、丈夫そうな黒の鞄を持っている。目覚めたばかりなのか、焦点が合っていない。


その人から少しだけ距離を取って、長い黒髪を束ねた男の人が声をかけていた。着ているものからして、貴族で親子の父親だろう。


「大丈夫ですか?おかしなところや、痛いところはありませんか?」


医者のようなことを言いながら、決して一定の距離以上近づくことはしない。それどころかどこか警戒しており、右手に持つ杖に力を入れているのが分かる。


その声を受け、中年男性は体をびくりと震わせる。急いで起き上がると、父親の方を見る。


「だれ……ですか」


「ご気分はいかがな?私はルドベルト。あなたのお名前はなんでしょうか」


すると、男性は手元の鞄を取ると抱きしめる。


「私は……わたしは……おれは……あ、あぁあああああ!!」


中年男性は急に大声で叫ぶと、頭を押さえる。目は飛び出そうなくらい、見開かれていた。


「大丈夫、あなたの父を信じなさい。なによりわたくしもついている。最初は安心して、見て居るといいわ


母親は子供の頭をそっと撫でると、前方に進み出る。


「四方に居る人々を厄災から防ぎ続けている。大事な子を一人守るくらい、造作ないわ」


胸元から指示棒のような、小さな杖を取り出し、握り締める。


「我らが神たちよ、この小さき者は減衰を拒む」


母親が聖句を唱えると、その場に聖壁が現れる。光の反射から、かなり大きいことが見受けられた。


「なんの皮肉だと言うんだ!おれはただ真面目に……なんで、こんな」


中年男性は立ち上がると、大事にしていたはずの鞄を投げ捨てる。よろけるように歩みを進めると、大きくそびえたった水晶に手をついた。


「はっ、はははははっ!そうか、そういうことだったのか。ここではなんでもできる、なにをしてもいいんだ!」


「それが無辜の民を犠牲にしても?」


父親が冷静な声で問いかける。


「非現実が、ごちゃごちゃとうるさい!知ったことか、ここはおれの世界だ。そうでなければ……報われないじゃないか!」


中年男性は水晶を力強く叩く、すると暗い紫炎に包まれた剣が男の手元に現れた。スーツ姿に携えた武器はどこかちぐはぐであった。


「選定完了。あなたは堕神だ、これより全力で抗わせてもらいます」


父親は杖を数度地面にたたきつける。どうやら、持ち手と先以外が水晶でできているらしく、その部分が輝きはじめる。


もう一度叩くと、あたりの水晶たちがいくつかが呼応し、光を放つ。


「神々よ、日々の見守りに感謝を」


父親は杖を片手に胸へと手を当てる。その余裕な態度が気に障ったのか、中年男性は血管がはちきれそうな形相で剣を振るう。


しかし、その刃は何も両断することはない。当たる寸前で何かにはじかれた。何度も切りつけるが、防壁が解けることはなかった。


「っち、だったらこれでどうだ?」


中年男性は手を掲げると、ブツブツと唱え始める。


「おれはなにも悪くない。悪いのは、すべて理不尽なあの世界」


怨嗟のような呪いを吐きながら、男の手には光と黒紫が入り混じったエネルギーが生じ始める。


「これはまずい。さすがは元我らが神であり、堕神だ」


父親は額から冷や汗を流すと、その場に膝まづいて、地に手をついた。


「我らが神たちよ……」


対抗するように、長い聖句を唱える。その様は必死ではあったが、幼い子供に気付かれるものではない。


「かっこいい」


小さくつぶやくと、前に立っていた母親が振り返る。彼女自身も汗を流し顔を歪めていたが、笑顔で己の息子に話しかける。


「そうでしょう、あなたのお父様はとてもかっこいいのよ」


まるで幼い少女のように。誇らしげに母親は言う。


「くらえ!!!」


中年男性が金切り声を上げ、その手を父親に向けて放った。あたり一面が大きな力の奔流に飲み込まれ、視界が不明瞭になる。


やがて塵が晴れたとき、父親は中年男性を跪かせ、首元に杖をつきつけていた。


「……意味がわからない」


「あなたが善良でよかった。まっすぐ私に立ち向かってきてくれた。背後の愛しき家族や、街を狙わずに」


「っそ、それは……確かおれには」


中年男性は意識が混濁しているのか、あらぬ方向を見ている。


「さあ、問おう。あなたは二度死にたいか」


だが父親がそう告げた時、すぐに中年男性は覚醒した。


「……いやだ」


「承知した」


父親は杖を思いきり投げつけた。大事な道具をあっさり手放したにも関わらず、飄々としている。


それはきれいな放物線を描き、中年男性が横たわっていた水晶に突き刺さった。


大したヒビでもないというのに、そこから亀裂が走り粉々に砕け散った。空気中に霧散するそれらは光を反射して、キラキラと輝いている。


「またお会いすることがあれば、どうかご健勝を」


父親はまるで幽霊のように存在が薄くなっている彼に対し、手を組んで跪くと祈りを捧げた。


「ああ、そうか……大変、申し訳ない」


中年男性は晴れ晴れしい表情を浮かべ、やがてその場から掻き消えてしまった。

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