ピクニック③
「だから言っただろう。僕は欠点が多い。態度も性格も悪いし、とっつきにくい。後悔したか?その……結婚したことを」
「どうしたの?なんか、たまにネガティブになるよね」
基本的にノルは他者に対し、強気な態度で接しており、下手に出ることはない。
「……ヌイにかっこ悪いとこは見られたくないからだ」
目を伏せながら、言い辛そうに言う。ぬいにはその答えが出ることは分かっていた。ノルが弱いところを見せるのは、身内に準ずる者だけであると、知っていたからだ。だが、理解していたとしても、その言葉はぬいの心を締め付ける。
「ノルくんは……ほんっとうにかわいいよね」
衝動のままにノルを抱きしめる。
「かわいくなどない、それと呼び方」
すかさずノルは指摘する。
「あっ、ごめん」
「あなたたちって、本当に仲がいいわね」
叔母は感心したように見つめている。見られていることに恥ずかしさを覚え、ぬいは体を離そうとするが、ノルがそうさせてはくれなかった。背中に腕を回され、体を固定させられる。
「節度って」
落ち着かせるように、背中を軽く叩くと力が少しだけ緩む。大人しくいう事を聞いてくれると思いきや、耳元に口を寄せられた。
「また後で」
低い声でささやかれると、なんてことないように体を離された。しかし、ぬいは後がいつを指すのかわかってしまい、赤くなりそうな顔を必死に押さえつけた。
「そんなに気にしなくていいのよ。微笑ましいだけだもの。ロザ姉なら、よくやったわね、我が息子って言いそうよね」
おそらく聞こえていなかったのだろう。叔母は穏やかな笑みを浮かべながら言う。ノルも獲物を狙うような目から、徐々に落ち着きを取り戻し、彼女の方へと振り向いた。
「なぜそう思う?死に対し、恨まず憎むなと言われたにも関わらず、僕はその想いを抱いてしまった。ただの……」
「だめだよ!」
その先の、自分で自分を傷つけるだろう言葉を言わせまいと、ぬいは慌ててノルの口を手でふさいだ。
いくらぬいが許し、トゥーがそのことを気にしていなかろうとも、ノルはずっと引きずっていた。その罪の意識を解放するのは、異邦者には不可能なことであり、彼の両親を知っている者にしかできない。だからこそぬいは、ノルの叔母にそれを期待していた。
「ちょっと、なにを言っているの?多分、受け取り方が悪かったのね。大体あなたの叔父なんて、いい年してまだ引きずってるのよ。亡くなったルド義兄さんが見たら、いったいなんて言うのかしら。まったく」
叔母の指摘通り、枢機卿は未だ堕神に対し良くない思いを抱いている。ぬいは定着したためその対象から外れたが、そう簡単に断ち切れていないのは明らかである。
「叔父上は二人のことを大事に思っていましたから」
「そう、それ!それなのよ!」
その言葉を待っていた言わんばかりに、叔母は強く頷いた。
「それと同じで、ノル坊のことも大事に思っていたの。で、こう言ってたわ」
叔母は咳ばらいを一つすると息を吸い、背筋を伸ばした。柔和そうな雰囲気から一転、気の強そうな印象を与えるように表情を変える。
「いくら言い聞かせようとも、きっとあの子はわたくしたちの死を悲しみ、恨んでしまう。だって、わたくしがそうだったもの。年月が経とうとも、そう変わるものではない」
ノルがした叔母の紹介に、演技は含まれていなかった。だが貴族の一員であることと、長年妹としてノルの母親を見守ってきたからこそ、ここまで再現できるのだろう。
「だからその嘆きを受け止めてくれて、大事に想ってくれるような人がノルの前に現れるって、信じているわ。それが友達でも恋人でも、人間でなくてもいい。支え合う存在ができたら、わたくしは幸せだわ」
長いセリフを言い切ると、叔母は息を吐いて演技を止めた。
「本当に……そう、言って……」
感情が抑えきれなくなったのか、ノルは苦しそうに顔を歪めている。
「おいで」
ぬいが手を差しだすと、ノルは肩に顔をうずめる。背中に腕を回すと、震えているのが分かった。
「ごめんなさい。もっと早く言おうと思っていたのだけれど。亡くなった直後のノル坊には逆効果と思って、ここまで先延ばしにしてしまったの」
ノルの返事が返ってくることはなく、叔母もそれを求めていなかった。押し殺すような声が聞こえ、ぬいは優しく背中を撫でた。




