表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/138

ピクニック②

「叔母上、なんの用ですか?」

視線は向けているが、ノルは掴んだ手を離さない。致し方なく返事をしているということが、一目で丸わかりであった。


「っぷ、あははっ。なに、その呼び方?わかった、ダナねえさまって呼ぶの恥ずかしいんでしょ?すっかりひねちゃったと思ったけど、その素直な態度。子供の時から変わっていないわね」

あまりにもおかしかったのか、しばらく声を上げて笑う。ノルはその様子を見て、不満気な表情を浮かべると、ついに顔をぬいの方に向けた。


いつもであれば、ひねくれた言動を吐くか、鼻で笑うことの一つくらいしただろう。だが、さすがに子供のころを知る叔母に、そのような態度は取れないらしい。微笑ましく思ったぬいはノルの頭に手を伸ばす。


「よしよし」

頭を何度か撫でると、こわばったノルの顔が次第に柔らかくなっていく。


「ヌイ」

なぜか撫でていた方の手も掴まれると、そのまま降ろされ見つめられる。


「その、離してくれるかな?両腕がふさがってると、なにもできないし」

叔母の目を気にしながらノルに言う。しかし素直にいう事は聞かず、両手を片手でまとめ上げられた。さらにお腹が減ったのと勘違いされたのか、食事を口元に運ばれる。違うと否定の言葉も言えず、大人しく咀嚼しながら叔母のことを見る。


彼女は気まずそうに立ち尽くすことなどなく、目を輝かせながら高速でメモを取っていた。書き方からして、先ほどまで取りかかっていた絵でないことが見て取れる。


「すみません、なにを書いているんですか?」

飲み込んだ直後に、ぬいはすかさず話しかけた。


「そんなの、あなたたちの様子に決まってるじゃない!」

キラキラとした目で答えた直後、ぬいはせき込んだ。


「大丈夫か?」

ノルは掴んでいた手を離すと、荷物からコップを取り出し水を注いだ。それをそのまま差し出すと、ぬいの背中を撫でる。


「う、ありがと」

大人しく受け取ると、ゆっくりと飲み干した。


「そんなに驚くことかしら?さてはノル坊、わたしのことについて、なにも話してないのね」

「その呼び方はやめてくれ……絵についての話しかしていないだけだ」


たじたじになったノルは、口調が普段のものへと戻っている。もちろんそのことに気づいた叔母はにやりと笑った。ただし、ノルのような悪人めいたものではなく、いたずらを思いついた子供のようであった。


「あら、それはだめよ。勝手に判断されて、隠される。そんなの良くないわよね?ヌイちゃん」

「は、はい、そう思います!」

年下扱いというよりは、仲のいい女友達のような態度である。慣れない呼び方と、ノルの親族にそうされたという嬉しさから、ぬいは深く頷いた。


「僕の叔母は芸術面に秀でていて、美術では絵画や彫刻、陶芸など。文芸面は小説の執筆や作詞なども嗜んでいる。以上だ」

ノルはぬいの身を隠すため、叔母に背を向けて立つと、一気にまくしたてた。



「まあ、わたしのことについては別にいいわ。今度ノル坊が忙しい時にでも、ゆっくり話をしましょうね」

返事をするためにノルの横から顔を出そうとするが、案の定肩を掴んで止められた。


「悪いが、僕だけが忙しい時などないし、ヌイとは常に一緒だ。あきらめてもらおうか」

「忙しくない夫って、それはそれでどうかと思うけど」

ノルが言ったことは、もちろん言葉のあやである。神官貴族という立場上、忙しさからは逃れられない。しかし、本人が言う通り空いている時間のすべてを、ぬいに費やしているのも事実である。


「それに叔母上の居住地はスヴァトプルク家から遠く、離れている。諦めてもらおうか」

昔の接し方を思い出したのか、会話をしていくうちに距離感がつかめたのか。ノルの口調は、砕けたものへと変化している。


「そうなのよねえ。ロザ姉の時もそれで……まあ、今はいいわ。それよりも、小さい時のノル坊の話をしようかしら。昔ね」

「やめてくれ」


肩から手を離すと、ノルはぬいに背を向けた。表情は見えないが、かなり焦っていることが、口調から見受けられる。


「嫌よ、こういうのはお節介な親族の特権でしょ。なにより亡くなった二人が、したくてもできないことだから」

イタズラを楽しむ様子からがらりと変わり、抑揚を押さえた声で言う。


「ああ……」

それに呼応して、ノルも大人しくなる。しかし、その一瞬の隙をついて、叔母はぬいの方へと身を乗り出すと、一枚の紙を差し出した。


「見てこれ。ノル坊ったら、とっても面白い絵を描くのよ」

そこには鋭い牙を持った、動物らしきものが描かれていた。ただし体は丸太のようで、足は棒切れのように細い。


「なっ、それは……やめてくれ!」

後ろを振り向いてそれを見た瞬間、ノルは顔を赤くして取り上げようとした。しかしその行動は予測されていたようで、簡単に避けられてしまった。


「さて、これはいったいなんでしょうか?」

叔母はニコニコとほほ笑みながら、その絵を大事そうにしまう。


「空想上の生き物?」

「残念、それはそれで恥ずかしいわね。正解は猫でした」

外れたというのに、なぜか叔母は嬉しそうに拍手する。


「最悪だ……どうでもいい欠点が、ヌイに知られるなんて」

「どこが欠点なの?子供の時なんて、そんなものだと思うんだけど」

ぬいが不思議そうに言うと、ノルは不自然に黙りこくった。


「もしかして、今も変わってないの?」

気まずげに視線を逸らし、苦虫をかみ潰したような顔をしている。その無言の肯定に、ぬいは笑みをこぼした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ