129:見守るぬい
ぬいはノルに言われた通り、訓練所が良く見える位置に来ていた。そこは茶色の木枠に群青色の屋根がついた小さな東屋である。足元は木の板で囲まれていて、しゃがんでしまえば、姿が見えることはないだろう。
本来であれば背後にある小道や花々を楽しむ場だが、食い入るように見つめているのは、逆方向である。そこでノルは集めた神官騎士たちに対し、話をしていた。態度は相変わらずで、誤解されているようである。ぬいは何度も間に入りたくなる衝動に駆られていた。
しかし、ペトルが間に入ってくれているおかげで、事なきを得ているようである。まるで授業参観のようだと思い、ぬいはくすりと笑いを漏らす。ノルに対し恋情はもちろんあるが、弟のように思うことがあるのも、紛れもない事実だからだ。
しばらくは穏やかに見守っていたが、やがて何もない空間から見知った神官騎士が転移してきた。抱き合っている場面を目撃した彼である。
「よっ、団長候補!遅刻とかやる~」
「五分前に来たオレって、マジ偉くね?」
親しみを持たれているのか、なめられているのか。軽い口調で騒いでいる様子が聞こえた。どうやら彼は神官騎士の団長候補らしい。以前強者に反応したことから、ある程度よそくできることである。ぬいは特に驚かなかった。
以前のように急に物騒な様子にはならず、一見普通に会話を交わしている。どうやら、遅刻したことについて、弁明しているらしい。もちろんこの距離で、細かな内容が聞こえてきたりはしない。
なぜわかるのかと言うと、定期的に神官騎士たちが大声で騒ぎたてるからである。ノルは団長候補と話をしているため、彼らに注意をすることができない。
その役目はペトルが代わりに担っていたが、彼は二人の間の調整役も担っている。一人でこなすことは不可能であり、結果彼らが野放しになっていたのである。
ぬいは神殿内で何度か神官騎士をみかけたことがある。しかしここまで陽気な人たちではなかった。つまり、この場にいる者たちは変わり者ばかりということだ。どう見てもノルと相性がいいようには思えない。
いったいなにをはじめるのかと、ぬいは緊張しながら見守っていた。ノルと団長候補は二人で離れた場所に移動するが、どうやらもめているようである。
「ひゅ~格上相手に申し込むとか。やるぅ」
「よくわかんないけど、やっちまえ!」
周りの声から察するに、どうやらノルは彼に戦いを挑んでいるらしい。それはさすがに放ってはおけない。彼の強さはトゥーよりも確実に上である。
御業関連ではわからないが、騎士学校に通い鍛錬を続けてきた人と、普通の学生では話にならないからだ。ぬいは慌てて立ち上がり、ノルを止めに行こうとする。
しかし気配を感じたのか、急に横を向いたペトルが人差し指をたてて、口を動かしている。声は聞こえなかったが、信じろと言っているように見えた。ぬいは動きを止めると、そのまま元の場所に戻る。
出かける前、ノルは信じて見守っていて欲しいと言った。きっと、今はその時なのだろう。ぬいはゆっくりと腰を下ろしたが、それでも不安に苛まれる。
また前の時のように、ふとした事故で失ってしまったとしたらと、過去の辛い記憶の扉が再び開こうとする。
「うっそ、あのプルっさんが結婚?」
「あー教義はまずいっすね。守らないと」
かつてない呼び方に、ぬいは吹き出しそうになった。暗い思考など、一瞬で忘れてしまう。どうやらノルが妻帯者であるとばれたようである。
何人かの神官騎士たちが辺りを見渡し始め、ぬいは咄嗟に身を隠した。しばらくして、顔をのぞかせるとどうやら話がまとまったらしい。
団長候補がノルに対して、剣を構える。周りの神官騎士たちも急に大人しくなり、静かに様子を見守っていた。この状況になってしまっては、ぬいもそうするしかなく、手を組むと祈りを捧げた。
動作は一瞬であった。ぬいの視力ではそれを視認することができず、轟音が響くと砂煙でノルの姿は見えなくなる。固唾をのんで見守っていると、やがて見慣れた大事な人の姿が見えた。
胸を張って、神官騎士たちになにかを言っている。ここでぬいは一つ思った。もし堕神とまた本格的に対峙することになれば、これはただの日常になってしまう。
ノルが常に命をの危険にさらされるなど、ごめんである。堕神降臨に向け、第一線を退けさせるため、より一層援助をしよう。ぬいは固く決意した。




