表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/138

124:溺愛する夫

「近頃お見掛けしませでしたが、いかがされたのでしょうか?」

細身の貴族が二人に話しかける。一見人当たりがよさそうであるが、腹の底の見えなさが逆に怪しさを醸し出している。


「もちろん元気です。ですが、少々問題がありまして」

「ほお、なんでしょうか?」

眼鏡の奥を光らせると、真意を探ろうと見つめてくる。ぬいは組んだノルの腕に力を入れると、微笑を浮かべた。


「定着という言葉をご存じでしょうか?かつては別世界にあったこの身が馴染んだということです」

「もちろんです。あなたは神ではなく、最早ただの人間だ。誰もが教わる話です」


「以前は酒類はもちろん、毒さえも効かず。振るった力が地をえぐることもありました。それがこの小さき身に閉じ込められたのです。どなたか存じませんがあまり刺激をされては、困ってしまうと思いまして」


脅しを含んだ遠回しな言い方をする。もちろんどういった意味が込められているが、気づかないはずがない。


「それは……ですが、この地には教皇さまがいらっしゃる。それ以外にも多くの実力者たちが揃っています」

細身の貴族はもちろん表情に出さない。だが、固まった体が動揺を現していた。


「ええ、なによりわたしの夫は最前線に立っている者です。決して被害が及ぶことなどないでしょう……ですが、あまりにも小さき者である、たった一人の人間。その程度は網から外れてしまうかもしれません」


クスクスとできるだけ不気味な笑い声をあげる。すると、遂に表情を隠せなくなったのか「失礼する」と言って、顔を青くしながら立ち去って行った。もちろん壁と細身の貴族を間に会話をしていたため、他の人に表情を見られていることはない。ぬいは首をかしげると、逆に向き直る。


二人の姿が見えるような立ち位置に移動すると、ノルの耳に口元を寄せた。


「よし、これで毒は効くけど具合悪くなるし、おいたはだめだよアピールができたね」

「さすがだな。僕には到底できない言い回しだった」


ノルはぬいの頭を撫でようと手を伸ばすが、綺麗に整えられた頭を見て制止した。そのまま位置をずらすと、肩に手を置いた。


「ううん、ノルくんもちゃんと黙って耐えてたし。わたしだけじゃ、今一つ迫力なかったと思うよ」

穏やかな表情で褒めあった後、しばらく見つめ合う。その光景は互いを想い合う理想の夫婦像であった。


もちろん二人とも本音から言っていることであるが、ぬいは意図的に見せるように工夫をしている。両者とも溺愛しているように思わせれば、悪い感情は抱かれず隙も見えるだろう。そうすれば前回のようなことは起きるまいとの、予防策である。


しかしノルの方が感情表現がまっすぐなため、ぬいは押され気味である。



「すみません。あの、スヴァトプルクご夫妻ですよね」


頬に手を伸ばされたところ、横から話しかけられた。邪魔をされたノルは不機嫌になるが、ぬいにたしなめられるとすぐに元の表情に戻す。


「……ん、君たちは」


そこにはかつて水晶宮でノルと連れ立っていた人たちが居た。


金髪の少女と、長い黒髪の青年はそれぞれの相手を連れ立って。栗色の少女と金髪碧眼の青年は腕を組んで立っていた。総勢六名である。


「あの、ありがとうございました!」

「あなたのおかげで、無事に想いと向き合うことができました」


少女たちがそれぞれ口を開く。


「その、お礼としてしばらく妙な真似をされないように目を光らせます。それと頼みがありまして」


長い黒髪の青年は周りを見渡すとそう言った。


すぐ近くには独身者らしき人たちの群れがあった。男女が入り混じったその集団は目立ち、かなりの圧迫感がある。


「友人たちの悩みを聞いて、ぜひ導いてほしいんです」


金髪碧眼の青年は目を輝かせながら言う。偽りの仮面が取り払われたその表情は、純粋にぬいという個を尊敬したものであった。


「っは、ヌイのことを馬鹿にし、勝手に利用した奴らが、今更なに都合のいいことを言っている」


ぬいの容姿について、散々あげつらったことを思い出したのか、吐き捨てるように言った。もちろん表情を隠すことなどできていないが、周りの集団のおかげで、見えることはなかった。


「えっ、君がそれを言う?」

「元々ひねくれてたと思いますけど、ここまででしたっけ」


二人の青年は不思議そうに言った。


「大事な人が、特別すてきに思えるのは仕方ないことだよ」


溺愛する夫の仮面が崩れ、警戒を露にするノルを落ち着けようと、軽く背中を叩く。


「そこの彼が彼女を一番だと思うように。わたしにとっての唯一はノ、ノルだけだから」


照れ臭さを振り払うように、ほほ笑みながら言う。瞬く間にノルは赤面すると嬉しそうに手を取った。


「相思相愛ってすてき。絵になります」

「いっそ頼んで配ってしまうのはどうでしょう?」


少女たちは楽しそうに今後の展開を語っていく。目まぐるしく話題が展開していくのについて行けず、ぬいはミレナと同じような若さを感じ取った。


「それはさすがに……」


ぬいが口を挟もうとすると、掴まれた手を離されなぜか口を押さえられた。


「待て、それは悪くない案だ。叔母の本が完成すると聞いたし、同時に流出すれば……もう僕たちの邪魔をする者など、いなくなるだろう」


ノルはどこか悪そうに笑みを浮かべる。その表情に関して突っ込まれることはなく、ぬいを置いて議論を始めだした。


その間ぬいは悩める若者たちの話を聞き、アドバイスをする。そんなことを繰り返し、縁結びの貴族として名を馳せるようになるのは、まだ少しだけ先のことである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ