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121:不満

二人が部屋にたどり着くと、扉をしめた。ノルはぬいに覆いかぶさるようにして、鍵がしっかり施錠されているか確認する。なにからなにまで、以前の再現のようである。ぬいはそのことを伝えようとするが、背後から抱きしめられ、言葉は引っ込んでいった。


「神々よ、愛おしき我が伴侶に、立ち上がる力をお授けください」

聖句と唱えられると、そのまま抱き上げられベッドに横たえられた。


「言いたいことは山ほどあるが、少し寝た方がいい」

「奇遇だね!わたしもノルくんと話したいことがあるんだ。ここの所、先に寝ちゃって全然話せなかったし」


勢いよく起き上がるとノルの方を向く。ぬいの目は爛爛と輝いており、到底眠りに落ちそうなものではない。


「緊張からの興奮状態が、まだおさまっていないみたいだな」

困った表情を浮かべると、ノルは上着と靴を脱ぎ始めた。胸元を緩めたところで、ぬいは座ったまま後退る。


「えっと……」

「さすがに君の今の状態で、手を出したりはしない。いいか、何度も解毒をした後は少し休んだ方がいい」

「なんで?」


ぬいが首をかしげると、ノルは顔に垂れた前髪を邪魔そうにかき上げた。


「中途半端に省略した御業で、何度も誤魔化していたのを気づいていないとでも?」

「うっ、で、でも。それのなにがいけないの?ノルくんにもかけてもらったし、もう問題はないと思うんだけど」


「服毒で失われた体力は戻らない……この国の、死亡理由の上位を知っているか?」

「ううん、知らないよ」

正直に答えると、ノルは苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「過労だ。御業で何度も誤魔化し感覚を鈍らせ、気づいたら手遅れになる」

その言葉を聞き、ぬいはなぜノルが複雑そうな顔をしているか理解した。


「わたし……また同じことを繰り返そうとしてたの?」

極度の疲れから、それを誤魔化そうとあらゆる手段を取った。綠の時は食品や薬であったが、ぬいとなった今はそれらが御業に置き換わった。そのことに気づかされてしまったのである。


「ごめんね。ノルくんの為ならなんでもできるし、苦じゃないって。そう思って、やりすぎていたみたい」

ぬいは離していた距離を戻すと、謝った。理不尽な死はないと言われているが、どんな最後を迎えるかは不明である。すがすがしい疲労の末、共に死ぬことも十分あり得る。


「っく、君はまた……僕も正直に言おう。ここの所構ってもらえなくて、寂しかった。寝顔を見れたことが、唯一の慰めになっていたが、やはり起きたヌイを見ていたい」

まっすぐ見つめてくるノルの視線に射貫かれ、ぬいは鼓動の高まりを感じた。到底眠気を誘うものではない。


「うっ。そういえばわたし、ノルくんが寝ぼけているところ見れてないや。見るのはいいけど、見られるだけはちょっと不満だね」


「っは、不満は僕の方が多いに決まっている」

「急に張り合ってどうしたの?」


他者に対し、この笑い方をすることは多い。だがぬいに対してするときは、大抵不服な思いがあるときだけである。


「知らないと思うが。君は略奪してみたいランキングの上位に入っている」


「げっ、なにそれ」

「……なぜそんなことを知っているのか。突っ込まないのか?」


ぬいが嫌そうな声をもらすと、ノルが伺うように尋ねてきた。


「ん?ノルくんを疑う事なんてしないよ。わたしの身の安全のために、わざわざ調べてくれたんでしょ?」


どこへ連れ立ってもノルは基本的にぬいのことしか見ていない。あまりにも見すぎて、対人関係に支障が出る程である。


「本当に君は……」

曇りのない信頼を受け、ノルは嬉しそうであるが、苦しそうに胸をおさえた。


「わたしそんなにちょろそうに見えるのかな。まだまだ、色々と改善の余地がありそうだよ」

「君は押されることに慣れていないだろう」


「そりゃあ、わたしに対してぐいぐい来る人なんて。ノルくんくらいしかいなかったし」

「そこだ」

言い終わった途端、食い気味に突っ込んでくる。


「例えば」

ノルは少しだけ考えると、ぬいの指先を手に取った。その行動はいつもより遠慮がちである。


「あなたがあまりにも美しく、少々舞い上がってしまったようです」

呼び方と前振りから演技と言うことは分かる。しかしノルの目は、本気でそう思っているという感情が隠せていない。


「それ、ただのお世辞だよね?なんかずっと前にも、聞いたことがあったような……」

「余計なことは思い出さなくていい。今君と話しているのは僕だ」

追憶を断ち切るように言われ、ぬいは考えることを止めた。


「あとは……月夜に照らされる水晶を見た心地です」

「どういう意味?」


水晶にまつわる慣用句。特に口説き文句として用いられるものは多い。ぬいは未だすべてを把握しきれていなかった。


「君に魅力を感じているということだ。やはり理解していなかったか。また一晩中教え込む必要がありそうだな」

手を強く握られると口付けられ、離された。ぬいが恥ずかしそうに手をおさえると、ノルは不敵に笑う。


「自国の者どころか、この世界ではない人だというのに。隙なく立ち回っている。けれども、偶に鈍感なところがある。そこがいいんだろう」

「うーん。そもそもわたし、そう言う風にみられるようなスタイルじゃないと思うんだけどね」


首をかしげながら言うと、ノルはぬいの服に手をかけ、脱がそうとしてきた。


「ノルくん、なにしてるの?」

「このままでは寝られないだろう。いつまで着込んでいるつもりだ」


「わかったって!自分でできるから」

手を重ねて制止すると、ノルは大人しく脱がせることを止めた。ベッドから立ち上がると、腕を上げワンピース型のペチコート一枚になる。


いつもの普段着であれば、下着姿になってしまうだろうが、今日はドレス姿である。なんの抵抗もなく薄着になると、ノルは恥ずかしそうに目を逸らした。そのままベッドの中央に仰向けに寝転がると、手招きする。


「ヌイ、おいで」

余裕そうな態度ではなく、顔を赤らめながら言う。ぬいはその様子をかわいく思い、素直にノルの傍へと身を寄せた。腕を捕まれるとそっと引き寄せられ、そのまま上へ被さる姿勢になる。


「えっ、これじゃあノルくん眠れないよね?」


就寝してしまえば力が抜け、さらに重くなる。いくらノルが鍛えているとはいえども、抵抗があった。


「僕は寝るつもりがないから、問題ない……が、確かにこの状態でなにもしないのは辛いな」


完全に身を預け、胸を押し付けている状態である。そのことに気づくと、ぬいはすぐに体を離そうとした。しかし逆に強く抱きしめられると、そのままベッドに横たえられた。


「これでいい」

「良くないよ!一旦腕を離してもらえる?ドキドキして、落ち着かないから」


照れながら言うと、ノルはにやけながら大人しく腕を離した。ぬいは口を尖らせながら、一旦息を吐く。


「いい?なにもしないでね」

そう言うとぬいはノルの背中に腕を回した。胸元にすり寄せるようにして顔をつけると人心地つく。


「うん、寝るにはこの方がいいや。おやすみ、ノルくん」


顔を押し付けているため、どんな表情をしているかは分からない。しかし、聞こえてくる鼓動は飛び出しそうに早い。その落ち着きのない心音を聞きながら、ぬいは眠りに落ちていた。

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