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119:協力体制

数日後、ぬいはノルの行動の真意が理解できた。スヴァトプルク家の当主は妻に夢中な人物だと、貴族間のうわさで流れてきたからである。以前は余裕がなく、ひねくれたガラの悪い人であった。それに比べれば、いい方へと向かっている。


ノルは自分を偽ることが得意ではない。だが、ぬいに対する想いは真実である。それだけを表に出すように努め、人物像を変えようとしているのだろう。


「どうやらご当主は、あなたしか見えていないようですね」


話相手の一人が苦笑しながら言う。しかし、周りが向けてくる視線はどこか生暖く、評価を下げるものではない。その様子に安心しながら、手元にあった食事を口に運ぶ。


「………っ」

「どうかしましたか?」


だが多少印象が変わったところで、容赦されるような場ではない。もはや慣れてきたものとはいえ、体が拒否するものを嚥下するのは耐えがたいことである。


そのうえ不快そうな表情を表に出してもいけない。プレッシャーから体をこわばらせていると、そっと手を重ねられた。その安心感から、すんなりと一連の動作をこなした。


ノルの顔を見ると、心配そうな表情を隠せていない。だが、この立ち位置れであれば他の貴族には見えていない。


「ヌイ、なにか食事をとってきてくれないか?」


どう見てもそうして欲しくなさそうである。しかしノルの意図することを察したぬいは頷いて、反対方向へと背を向けた。いくらノルに励まされたとはいえ、今だ服毒中の身である。ふら付きそうになる体を抑えながらも、食事の置かれた机へと向かう。なんとか到着すると、顔を動かさず目だけを動かし人の気配を探った。

「立ち上がる力を」


小さく省略した聖句を唱える。即効性はないが、いくらか気は楽になる。ノルが好きそうなものを手に取ると、念のために毒見をした。案の定舌先にしびれが走る。


毒入りだからといっても、戻すこともノルに渡すこともできない。仕方なく飲み込むと、別のものを手に取り同じことを繰り返す。ようやくまともなものを見つけると聖句を唱えようとした。


しかし近くにやってくる人の気配を感じ、口を閉じた。そのままノルの待っている方へと向き直ると、倒れないよう慎重に帰って行った。



「お待たせ。持ってきたよ」

取り繕った笑みを浮かべると、ノルは唖然としていた。その後すぐに悪人面になるが、なんとか抑えようとして顔が引きつっている。これはまずいと、ぬいはすぐノルに背を向けさせるよう、後ろに回った。


「ノルくんが好きそうなもの、選んで来たんだ」

皿を手渡すと、しばらくノルは固まっていた。


「あ、もしかして。気に入らなかった?」

取り返そうと手を伸ばすが、避けられた。


「君が選んでくれたものに、文句などいうものか」

すぐに完食すると、口元をぬぐう。いつもであれば、もっとゆっくり食べるはずだ。かき込むほどではないが、その速さを不思議に考えているとぬいは手を取られた。


「ありがとう、ヌイ」


ノルはいつも通り手に口付けようとした。だが、いつもとは違い本当に口をつけることせず、顔を少し横にずらした。


「我らが神たちよ、良き隣人に立ち上がる力をお授けください」

公衆の面前であるため、ノルは通常の聖句を口にした。早食いの理由は、一刻も早く御業を行使するためだったのだろう。


そのあと、なんともなかったかのように、ノルは飲み物に口をつける。そんな何気ない動作の間すら、ぬいは体の調子がよくなっていくのを感じていた。


「それね、ノルくんと恋人になる前に、一緒に食事へ行った時に飲んでたやつなんだ」

「もちろん覚えている。あの時から君に夢中だったし、好きになったのも僕が先だった」

声量を抑えるどころか、はっきりと言い放つ。もちろん周りに丸聞こえである。若い貴族は盛り上がり、落ち着いた年の人たちは興味深そうに視線を向けてくる。


ノルは再びぬいの手を取ると穴が開くように見つめてきた。


「ノルくん。ど、どうしたの?」

「……僕たちはもう知り合いや友達、恋人でもなく夫婦だ。そろそろ呼び方を変えて欲しい」

「えっ……と」


依然と周りから視線が注がれている。吹っ切れたノルが場を読めないはずはない。意図することを瞬時に考える。


「ええ、ノルベルト。これからもよろしくお願いいたします」

見られていることを意識しながら、微笑みを浮かべた。その瞬間、拍手の音が鳴り響く。少しだけ見えたノルはなぜか無表情だったが、すぐに後ろを向いた。


「ありがとうございます」

喜んでいるような声が聞こえるが、真意ははかれない。手が少しだけ強く握られると、離された。


「初々しい新婚夫婦にお祝いを」


近くにいた貴族が手を鳴らし、楽器の演奏をはじめさせる。周囲の人たちは互いの相手の手を取り、ダンスを踊りだす。せかされるような視線を受け、ノルが振り返った。


「どうか僕と踊ってほしい」

手を差しだすノルは、なぜか悪そうな笑みを浮かべていた。


「もちろん、喜んで」

そのことに疑問を覚えながら、ぬいは手を置いた。特になにかをされることもなく、腰に手を当てられると中央へと進み出た。



ノルのリードは完璧であった。ぬいはこれまで覚えたもののなかで、一番ダンスが苦手である。それをわかっているのか、フォローするように立ちまわってくれる。しかし、それでも終わるころには息がきれそうになっていた。


多少良くなったとはいえ、根本的に激しい運動をする体力はないからだ。きらびやかな社交場で、好きな人とダンスをする。周りの若い令嬢のように、浮かれて目を輝かせる余裕はなかった。次の曲がかかると、何人かの人たちに取り囲まれ、誘いの声がかけられる。


もう一度踊るくらいの体力は残っていても、さすがに全員は無理である。失礼のないように、一番立場の高い人の手を取ろうとしたとき、肩を掴まれそのまま引き寄せられた。


触られた瞬間、それが誰であるかはわかっている。それゆえぬいは特に抵抗することなく、ノルの胸元に倒れ込むようにもたれた。


「失礼しますが、僕の伴侶は定着したてでまだ不安定です。一旦休もうかと思います」

特に止められず、訝し気に見られることもない。すんなりと納得され、二人はこの場を後にした。

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