111:祝辞
「あっ、トゥーくん。こんにちは。なんで今日は面をつけていないの?」
気まずさを誤魔化すために、まず目に入ってきた要素を指摘する。
「俺の個性そこ?二人の結婚祝いを騒がせちゃまずいと思ってさ」
するとノルはようやくトゥーの存在に気づいたのか、ゴミを見るような目で一瞥する。
「なにしに来た?」
「いや、その表情なくない?目的は一つに決まってるって、二人のお祝いだよ」
ノルはなにも信じていないのか、ぬいの肩に手を当てようとする。いつもであったら、そのまま抱き寄せてきただろう。だが、ハッとした表情で手を止めた。そのまま引き戻すとぬいの左手を握る。
「で、なんの用だ?」
「今の俺の話なにも聞いてねえ……わざと指輪を見せつけるような真似、しなくていいから」
トゥーに言われ、ぬいは手元に視線を下ろす。確かに指輪が見えるように角度を変えている。
「ノルくん、そんなことしなくていいよ」
手を外すと、安心してもらえるように腕に手をかける。ノルはその行動に満足したらしく、なにもいう事はなかった。
「改めて、おめでとう。付き合ってから、この短期間で結婚って。ちょっと大丈夫かなって心配してたんだけど」
「そりゃあ、確かにそう思うよね。でもさ、ノルくんは命をかけ、体を張ってわたしたちを助けてくれた」
堕神になったときのことを思い出したのか、トゥーは目を伏せる。
「なにより、ノルくんてちょっとせっかちでさ。わたしも影響されて、受け入れたいって思ったんだ」
「そっか。その様子……ぬいさんが幸せそうで、よかったよ」
トゥーはどこか切なそうに言う。
「うん、ありがとう」
ぬいが笑顔で返事をすると腕が離され、やはり肩を抱き寄せられた。その力は強いが、痛いほどではない。
「なぜ君がここに入ることができた」
「ある程度の役職がある人なら入れる。つまり俺も入れるってことだよね」
「……っく、締め出すように伝えておくんだった」
額に手を当てると、心底悔しそうにノルは言った。
「一言いいたかっただけだし、すぐ帰るから安心して。じゃあね」
トゥーは背中を向けると、後ろ手を上げた。その姿はすぐ人波に埋没し、見えなくなる。
「ひとまずなにか食べたら?」
トゥーが去ったあと、ノルの背中はどっと疲れたように見えた。大勢の有力者たちを相手にした時よりも、疲弊しているように見える。ぬいはフォークを手に取って、ノルの口元に食事を差し出した。素直にそれを口にすると、黙って咀嚼している。
「ようやく見つけた、今日の主役たち!」
その言葉が示す通り、周りが大人しく放っておいてはくれない。
フォークを置いて、その人物を見ると、一目で親族であるとわかった。ノルと同じ、燃えるような赤毛を束ねた女性は、おそらく叔母だろう。
最初はいたって普通の挨拶であった。声をかけてきたときのような、勢いはない。むしろ、どこか遠慮しているような、態度であった。
だが途中でなにかが彼女の琴線に触れたのか、猛烈な勢いで質問される。特に二人の出会いと好きになったきっかけについては、大興奮でメモを取っていた。
嵐のような勢いが過ぎ去ると、次はミレナと皇帝であった。認識した途端、ノルは疲弊感あふれる顔を無理やり取り繕い、返事をする。
「ミレナちゃん、ここにも来てくれて嬉しいよ」
「はい、わたくしもです。本当は一神官がこれる場ではないのですが。皇帝の付き添いということで、特別に」
なぜトゥーと来ていなかったのかと、ぬいは不思議に思っていたが、この言葉で納得した。
「理由をつけないと、なかなか家族に会えませんので」
継承権はないとはいえ、彼女は皇族である。言えないようなしがらみがあるのだろう。
しばらくぬいはミレナと話し込む。ノルに声を掛けられ、皇帝との話はひと段落したらしいことに気づく。挨拶を交わすと、二人は去って行った。
その後何人かの貴族たちと談笑し終わると、いつの間にか夜になっていたことに気づく。ぼーっとしていると、ノルに肩を引き寄せられた。
「ヌイ、そろそろ戻って休んだ方がいい」
「だめでしょ。主役の片方がいなくなるのは……」
どう見ても、ノルの方が対応している数が多い。そんなことはしたくないと、ぬいは首を横に振る。
「妻の方が先に戻ることは、よくあることだ。周りを見てみろ」
言われた通りにすると、確かに男性の方が多いように見える。
「これ以上、慣れない靴で足を痛める君を見たくない。お願いだから、休んでくれ」
表に出さないようにしていたことに気づかれ、ぬいはこれ以上拒否することができなかった。
「ありがとう、ノルくん」
その優しさを返したいと、ぬいが手を上げる。高いヒールのおかげか、ノルが頭を下げたからか、どうにか手に届いた。セットを崩さないように、頭を撫でると大人しく戻ることにした。




