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108:婚姻準備

「おはよう、ヌイ」

目を開けると、甘く微笑んだノルの顔がうつった。それだけならば、ただ幸せな気持ちであっただろう。


「おはよう」

そっけなく返事をすると、ぬいは寝返りを打ち背を向けた。


「……なんでここに居るのかな?受理されるまで、離れて寝ようって言ったの、ノルくんの方だよね?」


むくれながらぬいは言う。婚姻誓約書にサインしたからといって、すぐにどうこうなるわけではない。特に神官貴族の一家である、スヴァトプルク家ともなれば時間がかかる。


その手続きを通過し、神殿で婚姻を宣誓、有力者へのお披露目をする。そうして、ようやくぬいはノルの妻となるわけである。


その期間我慢できるわけがないと、ノルの方からお互いの部屋で寝ることを提案してきたのである。だというのに、ノルは毎朝ぬいの部屋へとやってきた。


朝が弱いにも関わらず、完璧に用意をした状態で、ぬいの起床を待つ。そんなことを繰り返され続けていた。


ノルの寝起きに関しては、かわいいという感情しか湧かないが、自分の顔は見られたくない。そんな思いから、ぬいは少しすねていた。


「ヌイはもう起きている。だから、なんの問題もないだろう?」

自信たっぷりにノルは言う。確かにそれは事実である。


「わたし、気づいてるよ。日が昇る前くらいに、ノルくんが部屋でごそごそしてるの」

「うっ……僕はここで寝ていない」


どうやら、ギリギリの範囲で約束は守っているらしい。


「ノルくんってさ、そういうのうまいよね」

できるだけ皮肉を込めて言うが、今まであった、数々の行為を思い出してしまい、ぬいは赤面した。


「すまなかった。ヌイと一緒に寝ることになったら、あまりにも居心地がよくて絶対に目を覚まさない。確実に僕の方があとに起きる。そうなったら、君の寝顔と寝起きが見ることができない。そう思ったら、つい……」


案の定ノルはすぐに折れた。前に喧嘩したときもそうだが、短いどころか一瞬で終わってしまう。ノルはぬいに対してかなり甘い。


「責めてるわけじゃないよ」

ぬいは再度寝返りを打つと、ノルの額に自分の額をくっつけた。


「何回も言ってるけど。恥ずかしいだけ。それに今日で終わるから」

服の裾を掴んだぬいの手を、すぐノルは掴もうとする。だが、その直前で体を離すと、立ち上がった。


「んー……今日は昼から宣誓式でそのあとにお披露目でしょ?忙しくなるから、早く準備しないとね」


体を伸ばしながら、ぬいは言う。ちらりとノルの方を一瞥すると、なぜか呆然としていた。


「ノルくん、どうしたの?」

声をかけると、我に返ったのか、ハッとした表情でぬいのことを見る。


「いや、なんでもない」

どう見ても、なんでもある顔をしているが、ぬいはあえて追求することはしなかった。





儀礼服に着替えた二人は、神殿へとたどり着いた。住み慣れた我が家であった場所で、婚姻をする。そのおかげかあまり緊張はしていない。


「この服って、普段の神官服とそう大差ないよね。もっと、ヒラヒラしてるかと思ったけど」


裾を確かめるように持ち上げると、ノルは食い入るように見つめてきた。いつもであったら、たしなめられるであろうが、ここに人はいない。ぬいは無言で裾を戻した。


「ヌイはそういう服の方が好みなのか?」

「ううん、そういうわけじゃないよ。元の世界との差を実感してただけ」

ぬいがかぶりを振ると、ノルは何かを考えはじめる。


「君の好みを考慮したつもりだが……しかし」

「今更変えようとか、しなくていいからね。本当だったら、赤か緑を選びたかったけど、わたし特に前者の方が全然似合わないんだよね」


体型のせいか、ノルの母が着ていたようなものは全く似合わない。ぬいが肩を落とすと、頬に手を当てられた。


「その必要はない。ちゃんとヌイは染まってくれている」

指摘された途端、触られた箇所に熱が高まっていく。


「ノルくん、ここどこだかわかってるよね」

「言い出したのはヌイの方だろう」

「むー……そうだけどさ」


むくれながら、歩みを進めていくと前方にヴァーツラフの姿が見えた。その瞬間、ノルは姿勢を正し顔を引き締めた。


「あ、久しぶり」

ぬいが気軽に声をかけ、手を上げる。ノルは正反対に押し黙ると、胸に手を当てた。


「体調はなんともない?ちゃんとご飯食べてる?」

「この者に、そのような機能はない」

無表情でヴァーツラフが言い放つと、ぬいはほほ笑んだ。


「どうやら、そなたは元に戻ったようだ」

「変わったじゃなくて、戻った?そうかな、ノルくんのおかげでいい方に転じたって、そんな気はするけど」


厳粛な表情を作っていたノルが、一瞬にやけているのが見えた。だが、それはほんの僅かな間であり、すぐ元に戻った。


「目の届かぬところは知らぬ」

「まあ、そりゃそうだよね」


何気ない会話を交わす。この時点で、ヴァーツラフにも変化あると言っても過言ではない。だが、それを指摘したとしても否定するだろう。


なにより変えるのは自分の役目ではないだろうと、ぬいは予感している。


「教皇さま。本日いかがなされましたか?」

「神からの啓示である」

ヴァーツラフからその言葉が出た途端、ノルはさらに身を固くした。


「そなたを認めると、そう申し付かった」

「あ……ありがとうございます。神と神々に感謝を」

感極まったのか、ノルの声は震えていた。それに対してぬいは不服であった。


「あの子ねえ……まだ認めてなかったの」


ノルと弟で、どんなやり取りが交わされたかはわからない。だがあれだけのことがあって、まだだったのかと、ぬいは少し呆れた。


「そういう意味だけではないが……まあ、秘めるように言われていない、そのうち話そう」


ぬいの頭を撫でようとしたのか、手がピクリと動いたがすぐに止まった。ヴァーツラフの居る場では、さすがに控えたのだろう。


「わかったよ。それで、今日の神官役って、ヴァーツラフがするの?」

「否、この者が人の式典に関わることはない」


そう言うと、二人に背を向けて立ち去った。またあの礼拝堂へと向かい、祈りを捧げるのだろう。

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