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106:待望の訪問者

ついに念願のものを手に入れた。いつ何時でも取り出せるように、常に懐に忍ばせてある。そこを手で押さえると、ぬいは口角を上げる。あとは渡す場所だけである。これだけ待たせているのだ、会った瞬間に渡した方がいいのではとぬいは考える。


だが、それではあまりにもそっけなさ過ぎる。今までノルは何度もぬいのために、おあつらえ向きの場所を選んでくれた。


それに対し、そこらの道端ではあんまりだろう。しかし地理に明るくないぬいに、いい場所など思いつかない。悩んだ挙句、直接ノルの家へと向かうことにした。



いつでも来ていいと、渡された地図を片手にぬいはスヴァトプルク家にたどり着いた。わかっていたことだが、敷地は広く門まで行くのも一苦労であった。だが、ここで一つ問題に気づいた。いきなり当主に合わせろと言っても、門前払いされてしまうのではないかと。


なんと聞けば通してくれるのか。そもそも表門から行こうとしたのが、間違いなのではと。ぬいはその場を行ったり来たりする。そんな怪しい行動をしていると、使用人らしき人物が門をくぐった。


その途端ぬいは不審な行動を止め、何かを考えているそぶりをする。視線を感じようとも、気づいていない振りをした。うっかり通報されてはたまらないからだ。


「その出で立ち、もしかしてヌイさまでしょうか?」

「あ、はい。わたしはぬいです」

棒読みのような言い方をするが、目を合わせた瞬間、使用人は歓喜から叫びだした。


「坊ちゃん!来ました、ヌイさまです!」


ぬいを置いて、屋敷の中へと走っていく。どうしていいかわからず、しばらくその場に立っていると、またすごい勢いで戻ってきた。


「すみませんでした、興奮してしまって。さあ、中へどうぞ」


がっしりと掴まれた腕からは、逃がすまいとの意思を感じる。そのまま引っ張られていくと正面の扉が開かれ、中へ入るよう促された。


以前とは違い、急な訪問である。中に居る人たちは少ない。そのことにホッとしながら歩みを進めると、扉が閉じる音がする。もう後戻りはできない。


「ヌイ!」


ノルが正面にある、折り返し階段から降りてくるのが見えた。一度角を曲がりまた降りるため、時間がかかりひどくもどかしい。


同じことをノルも思ったのか、手すりに手をかけるとそのまま飛び越えた。難なく着地すると、ぬいの目の前までたどり着く。


「会いたかった!」

両手を広げ力いっぱい抱きしめてきた。ここでぬいは既視感を覚える。以前中途半端に上げた手のことである。本当は今のようにしたかったのだろう。


「ノルくん、昨日も会ったよね」

まるで感動の再会のような対応をされ、照れからぬいは言った。


「ああ、知ってる。それでもだ」

まわされた腕に力を軽く入れられると、ノルは体を離してぬいの目を見る。


「今日ここに来ということは……」

その先を言おうとして、ノルは口をつぐんだ。せっつくことはしたくないのだろう。そんな気づかいを感じ、ぬいはほほ笑んだ。


「えっとね、これを渡したかったんだ」

ぬいは懐から二つの箱を取り出した。


「ただそれだけのことなんだけど、わたしにとっては重要なことで」


緊張しているせいか、彼女の話にまとまりはない。それでもゆっくりノルは話を聞いてくれた。ずっと忍ばせていたものをを手渡し、開くと同時に胸元のボタンを緩めた。


「なっ、なにを……ん?」

突然の行動にノルは慌てるが、ぬいの首元にあるものと自分の手元にあるものを見比べる。


「これ、ノルくんとお揃いなんだ。そっちが邪魔になった時に通して、首から下げてもらえばと思って。で、本題はもう一つのほう」

もう一つの方に目を向けると、それを手に取りノルの指に通す。


「わたしだけ付けてるのがなんだか、寂しくて。元の世界だと、結婚するなら一緒に身に着けるものだったから」


「……っく、そういうことだったのか。ヌイのことを考えすぎて、自分のことを失念していた……意地を張らず、もっと早くあいつに聞いておくんだった」


ノルはがっくりとうなだれる。渡したものは黒く加工した水晶を薄く伸ばし、銀細工で縁取ったものである。


完成したときはすばらしい出来に喜んだが、ノルが着けるとどことなく悪人のように見えてしまう。


「ノルくんに倣って、黒にしたんだ」

「ヌイの色だな」


指輪を見ると、それに口付けを落とす。自分にされたわけではないというのに、ぬいは顔が赤くなる。


「わ、わたしの指輪みたいにすると、黒だけが浮いちゃってね」


ネックレスを手に取ると、ノルにかがんでもらう。正面から腕を回すと、取り付ける。はだけた胸元から覗くそれは、やはりただ者ではない雰囲気を醸し出していた。ぬいはそのことに笑みをこぼすと、もう一度腕を回して軽く抱きしめた。


体を離すと、真剣なまなざしでノルを見据える。


「待っててくれて、ありがとう。わたし……」


続きを言おうとすると、ぬいは何も言葉が出てこなかった。そもそも、婚約者になってほしいと言われただけで、結婚して欲しいとは言われていない。それらしいことは言われても、明言されていないのである。


「わたし、ノルくんと住むよ!」

同棲して欲しいとは、散々言われた。ゆえにぬいはこの言葉を選んだが、ノルは少し呆気に取られている。


しばらく、沈黙が生まれたあと。ノルはぬいの手を取ってその場に跪いた。


「ヌイ、どうか僕と結婚して欲しい」

「あ……うん。そっか、そっちだよね。もちろん、喜んで」


戸惑いながらも破顔した瞬間、またノルに抱きしめられる。周りからは拍手の音が聞こえた。顔を少し横にずらすと、いつの間にか人が集まっていたのか囲まれている。


あまりの気恥ずかしさから、ノルの胸元に顔をうずめた。

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