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105:頼れる存在

これまで何度も計画を企てては失敗してきた。時だけが経過していき、無駄にノルを待たせてしまっている。日増しにじれているのが見受けられたが、無理に理由を聞くことはしてこない。それがなおさら申し訳なさを積み重ねていく。


いっそ言ってしまおうかと、何度か思うことはあった。だがそれを言ってしまえば、待たせたことが無駄になってしまう。


自室で勉強しながら、そんなことをぐるぐると考えていると、本当に目が回ってきたようである。机の上を片付け、ベッドに横になることにした。寝ていれば治るだろうと。



夢を見た。今となってははるか昔のように感じられる、幼少時のことだ。両親は次第に才能を失っていく綠を放置し、弟を連れて出かけていた。


熱があるにも関わらず、広い部屋で一人きり。世話をしてくれる者もおらず、ただ苦しんでいた。涙で滲む視界には暗い部屋しかうつさず、手を伸ばしても誰も掴んでくれることはない。


「しっかりしろ!ヌイ」

「……え」


手を掴まれると、名を呼ばれる。そこには必死な形相をしたノルが居た。それを認識した瞬間、さらに涙がこぼれ落ちる。


「そっか……わたしは、ぬいだ」

「酷い熱だ」


ノルはぬいの額に手を当てると、顔をしかめる。ここへ来てから体調が悪いと思ったのは、外に出たときのみである。だがあれは精神病の一種であり、体調不良ではない。


「ノルくんの手、つめたくて気持ちいね」

額に当てられた手にそっと自分の手を重ねると、目を細めた。


「少し前から御業を行使しているが……一向によくならない」

深刻そうにノルは言う。


「どれくらい、まえ?」

体のだるさから舌がまわりづらく、たどたどしい。


「一時間だ」

大真面目に言われ、ぬいは少し笑う。


「ふつうは一日くらいだよね。大げさだって」


「……確かに他国出身者が来たての頃は、御業が効きづらいと聞く。だが、ヌイは半年以上経つというのに」

そう言うと、ノルはぬいの手を握り締め聖句を唱えた。


「わたしは人間じゃなかったから」


定着と共に不死性も排除され、風邪をひくようになったのだろう。それならば、喜ばしいことだとぬいは思う。ぼんやりとした目で言ったからか、掴まれた手に力を入れられる。


「ヌイは人間だ。ちゃんとここに居る」

ここが現実だと教えるように、ノルの手は力強い。そのことにぬいは笑みをもらす。


「うん、そうだね。ノルくん、来てくれてありがとう」


ノルが居なければ、また暗く寂しい部屋で一人きりだっただろう。そう考えると、簡単に涙がこぼれおちた。それを見たノルはすぐに拭いてくれる。


「水を飲むか?」

ぬいが頷くと、背中に腕を差しいれられ体を起こされる。支えられた状態でコップを口元にあてられ、ゆっくり飲んだ。


「自分で飲める元気があるのはよかった。少し残念だがな」


コップを置いたノルはぬいの唇をぬぐう。その含みをぬいは理解できず、ただ幸せだと思い顔を和らげる。


「……っく、ヌイ」

なにかに耐えるような表情を浮かべると、額に額を当ててくる。


「早く良くなってくれ。今の状態ではうかつなことはできない」


「明日には良くなるよ……でも」

ぬいはまるで子供のように、ノルの服を掴んだ。


「昔ね。風邪をひいたとき、ずっと一人だったんだ。寂しかった……そ、その」

最近はまだよくなったが、ノルは忙しい。ただのわがままで拘束するのはためらわれた。


「例え嫌がられようと、最初から治るまで傍に居るつもりだ」

服を掴んだ手を外し、ノルは両手で包み込むようにして握り締める。


「神々よ、愛おしき我が伴侶に、立ち上がる力をお授けください……ヌイ、寝た方がいい」

聖句を唱え終えると、ノルは背中に当てた手を緩めて、横たえらせる。


「寝る時まで、居てくれる?」

遠慮がちに、甘えるように言うとノルはぬいの手を掴み、反対の手で頭を撫でる。


「もちろん、ずっとこうしていよう」

「歌もうたってくれる?」


調子に乗って、また幼子なような発言をする。熱に浮かされ、普段要求しないようなことを言ってしまう。


「別に構わないが、本当にそれでいいのか?この部屋は声がもれやすい」


平然と返された。どうやらノルは音楽もたしなんでいるらしい。さすが貴族であると、ぬいは感心した。


「前にさ、わたしがしたように話をしてくれる?」

「ヌイがお気に召すかわからないが……」


ノルは顎に手を当てると、目を閉じて考える。


「僕の父と母のなれそめの話にするか」

「それは……ちゃんとしたときに聞きたいな」


いきなり興味のある話題を出され、ぬいの目は少しだけ見開かれた。その話をされては、続きが気になって眠れなくなってしまうだろう。


「今度……ノルくんの家に行った時にでも、お願いね」


なぜ家へ行かないかは、薄々気づかれている。もしかしたら、ミレナが行かせないと本人に言ったのかもしれない。


「わかった。なら、できるだけ眠くなるものを。以前ヌイを連れて行った、洞窟は覚えているか?あそこはまだ未発見の箇所が多く、中には完全に灯かりのない所もある」


部屋中聞きなれた、ノルの声で満たされる。空虚だった空間が埋められていくのを感じ、安堵からぬいは目を閉じる。


「御業を使い、小さく手元を照らし進んでいくと、そこには満点の星空が広がっていた。そんな場所があるらしい。天井が抜けているのか、苔が星のように輝いているかはわからない」


あやすように頭をなでられると、気持ちよさに口角を上げた。次第に意識が遠くなり、額になにか柔らかいものを感じると、眠りに落ちた。





まぶたに眩しさを感じると、ぬいは目を開く。いつの間にか朝になっていたようで、カーテンの隙間から光が差し込んでいる。


逆を向くと、ぬいの手を掴んだまま、うつぶせになっているノルがいた。上下する背中からは、まだ寝ていることが分かる。


「ノルくん……」


病人のぬいを気遣ってか、寝台に入るようなことはしなかったらしい。掴まれた手はそのままに、反対の手を伸ばす。体のだるさは取り除かれ、気分は爽快。どうやら完治したようである。


「ありがとね」

ノルの背中を撫でると、握られた手の上へ重ねる。


「……あ」


そして気づいた。今が最大のチャンスであると。肌身離さず持っていたものを取り出すと、ノルの指に巻き付け計測する。サイズが分かると、すぐに取り外した。


今この状態でメモをすることはできない。ノルの姿を眺めながら、何度も頭の中で復唱していると、起きたばかりだというのに眠くなってくる。目的を達成したことに、満足感を覚えながらぬいは二度寝した。

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