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103:人としてこの国で生きていく

「叔父上。業務中に申し訳ありませんが、確認したいことがあります」


はじめて入った執務室に、ぬいとノルは立っている。二人が声をかけるまで、枢機卿は一瞥もしなかった。


「我が甥か。ここに来るとは珍しい」

ペンを動かす手を止めると、片眼鏡をはずし顔を上げる。


「僕の婚約者が、真に定着したかを見ていただきたいのです」


枢機卿は婚約者という言葉に眉を動かすと、ぬいの左腕を見る。そこにはノルからもらった指輪と腕輪がはめられている。そのあとで、まっすぐな視線を向けられた。


「…………」


長い沈黙がその場を満たす。ノルの両親はすでにこの世にいない。唯一会った親族は枢機卿のみである。まるで結婚の挨拶をしに来ているようだと、緊張から体が強張った。


そのことに気づいたのか、ノルが手をそっと握ってくる。その優しさに笑顔を向けそうになるが、まだ喧嘩中である。ぬいはノルを見ることをしなかった。


「ふむ、確かに堕神らしさは見受けられない。前よりも薄くなり、ほぼ定着したようだ」

その言葉に歓喜し、二人は顔を見合わせる。だが、すぐにぬいはそっぽを向くと、手を離した。


「おめでとう、異邦者ヌイ。今からは対等な人として扱おう。今後神官たちも、君を異分子扱いはしないだろう」


誰よりも堕神扱いしてきたこの人に認められるのは、素直に嬉しかった。


「ありがとうございます」

ぬいは咄嗟にお辞儀をする。水晶国の作法ではないその行動に、枢機卿が不満そうな顔をすることはなかった。


「今後この国の正式な住民として、手続きをせねばなるまい。なにか滞っていることはあるか?」

「叔父上、そのことですが」


二人が話し合っている間、ぬいはこっそりと外へ出て行った。



「こんにちは。神々よ、日々の見守りに感謝を」


ぬいが通りがかりの神官に挨拶をすると、すんなりと返された。そのことを嬉しく思い、神殿中を歩き回る。


見知った顔の人たちも、首をかしげながらも返答してくれる。今までは意図的に避けていたが、もうそんなことをしなくてもいいのだ。調子に乗って、足が痛くなるまで闊歩を続けていると後ろから肩を掴まれた。


「やっと見つけた」

「ノルく……」


この嬉しさを共有したいと思い、笑顔になる。だが、喧嘩のことを思い出し、意図的に口を尖らせた。


「なんの用?また浮気とか言わないよね?」

肩に添えられた手を振りほどくと、初期のノルのようにできるだけ刺々し態度を装う。


「ヌイ……その、悪かった。信じていなかったわけではない。ただの醜い嫉妬だ」

もちろんぬいは、そうであろうことを理解している。


「これ、ちゃんと付けているから。すぐにわかってくれると思ってたんだけど」

左手を上げて指輪を指した。


「それを付けているからと言って、恋人がいることを示すわけではない」

「嘘でしょ……」


もしかしたら、今しようとしていることも、無駄だったのかもしれない。ぬいが顔を青くすると、ノルは慌てて続きを言う。


「だが、そこにある石は相手がいることを示す。大方裏側に回って、見えなかったんだろう」


あの時指輪の状態がどうなっていたかは、覚えていないが、その可能性は高そうだ。


「なるほど」

ぬいが納得すると、ノルはその手を取った。


「どうか僕を許して欲しい。ヌイに冷たくされたとき、はじめて死ぬかもしれないと思った」


「だめだよ!死んだら許さないよ」

いくら寿命が延びようが、自殺は避けられない可能性はある。


「けど、今回のは許すよ。この状態を長続きさせる気も、したくもなかったし。でもね、ちょっと悲しかった。泣くかと思った」


「本当にすまなかった」

正直に言うと、ノルは辛そうに顔を歪める。


「ここに来てから、一生分の感情を放出した気がするよ。いいことも、悪いことも。全部ノルくんが引き出してくれる」


「それはほめてくれているのか?だが、ヌイの感情を独占するのは……」


そう言うと、ノルは執着心を含んだ目で見つめてくる。


「っく、またやってしまった。今後もまた見当違いの嫉妬をするかもしれない」


しょんぼりと肩を落とすノルに、ぬいは跪くように言った。素直に従う彼に笑顔を向けると、その頭を撫でる。


「ふふっ、最初ね。ノルくんに騙された後、絶対に後悔させてやる!泣きながら跪かせてやるって思ったんだ」


あれから何度ノルを跪せたのだろうか。数えきれないほどになるとは、当時のぬいは予想もしていなかったことである。


「泣くのは難しいが、望むならいくらでもそうしよう」

さらに申し訳なさそうにするノルを見て、ぬいはしゃがんで目を合わせた。


「もちろん、今はそんなこと思ってないよ。同じ目線で話せるようになったのが、嬉しかった。好きになってくれて、わたしも同じ想いを返せて、本当に幸せだよ」


「ああ、僕もだ。この先なにがあっても、根本的に君に対する好意があることを忘れないで欲しい。僕の行動はすべてヌイに起因するものだから」


ノルはぬいの頬に手を伸ばすと熱っぽく見つめてくる。そのまま顔を近づけようとして、目を瞬いた。


「ここではだめだ……ヌイ、最初の約束通り食事に行こう」

衝動をかき消すように立ち上がると、手を取った。

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