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102:わずかなすれ違い

ぬいは昼過ぎごろ、いつも通り公園のベンチに座っていた。今日はただゆっくりしに来たわけではない。ノルと待ち合わせをしているからである。待たせてしまうのは嫌だと思い、大分前からここに座っていた。


なにをしているかと言うと、文字の勉強にこの世界の常識。初級のマナーから応用編。


どれもノルと生きていくために必要な事柄である。脳の疲れを感じると、予め買い食いしておいたものを取り出し、口に入れる。


「ねえ、キミなにしてるの?」

おいしさに顔を緩ませていると、急に話しかけられた。


見上げてみると、ノルと同じ髪の色をした青年が立っていた。ただしぬいと同じような髪質で、ふわふわとしている。顔も全く似ていない。どうみても知り合いではないだろう。口の中の物を飲み込むと、お茶を飲んだ。


「おやつを食べています。とてもおいしいです」

出来の悪い翻訳のような答えを言うと、食べかすをふき取る。文法書を取り出すと、途中だった項を開いた。赤毛の青年はそんなマイペースな行動になにか言うことはなく、ぬいの横に腰を下ろした。


「なんか、不思議な雰囲気な人だね。この世のものではないような感じっていうか、めっちゃ綺麗」

「そうですか、ありがとうございます」


淡々と礼を述べると、なにが気に入ったのか笑い声をあげる。


「ねえねえ、暇ならオレと一緒に街を周ろうよ」

そう言うと距離を詰めてくる。ここまで言われて、ぬいはようやくナンパされていることに気付いた。


この街に来てからはじめてのことである。神殿内ではもちろん、街に出ても声をかけられることはなかった。ぬいが根本的に別の存在であることを察されていたのだろう。そのせいで、ろくに友達もできなかった。


よくよく考えてみれば、水晶国の人で異邦者と知らずに、仲良くしてくれる人は皆無である。そのことに気づくと、世界そのものに認められたような気がして、ぬいは嬉しい気持ちになる。


「青年くん。もっと自分の身を大事にしたほうがいいよ。わたしが悪人だったら、ひと気のない所でざっくり刺してくるかもしれない」


相手はどう見ても年下である。ぬいの年齢をわかっていないのだろう。幼子に言い聞かせるようにする。


「あははっ、キミ面白いね。読んでるのって文法書?もしかして、他国の人だったり」

「そうですけど」


ここまで話して、ぬいは忘れていたことを思い出した。文字の練習帳を開くと、中身を見せる。


「あの、この文なんですけど。地に埋まる水晶って意味、わかります?」

ずっとミレナに聞こうとして、タイミングを逃していたものである。


「それは想いは変わらないって意味。意中の人に使う、定番の口説き文句だね」

「へ……」


どうやらあの時の手紙は口説かれていたらしい。おまけにそのものの意味も含まれていたのだろう。視野狭窄に陥り、ノルを無視するような行為を犯しても、気持ちは変わらないと。


「あ、うん。そう、ですか。ありがとう……ございます」

赤面しながら、途切れ途切れに言う。その様子から青年は気づいたらしい、なにかを言うと、立ち上がる。


「これは誰だ?」

低く地に響くような声が聞こえた。そこには完全に悪人面をしたノルが立っていた。射殺しそうな目つきを青年に向けると「やべっ」と小さな悲鳴をあげ、逃げて行った。


「ありがとね、気を付けて帰るんだよ」

練習帳を閉じると、片手をひらひらと振る。


「ヌイ」

上げていた手をそのまま掴まれる。


「あたたっ、いたっ、いたいって!」

容赦ない力の入れ具合に、ぬいは非難する。嫉妬からの加減の無さは、トゥー限定ではないらしい。


それでもノルは手を離さず、引っ張った。強制的に立ち上がらせると、ぬいを抱きとめる。耳元になにか柔らかいものが当たったかと思うと、そのまま軽く噛みつかれた。


「ひゃっ、え、なに?」

「神々よ、愛おしき我が伴侶に、立ち上がる力をお授けください」


近さのせいか、脳に直接響くような声で聖句を唱える。そのおかげで腕の痛みは薄くなってきたが、耳に与えられた刺激はそのままである。それを意識させるかのように、頬に音を立てて口付けると、ぬいを抱きかかえベンチに腰を下ろした。


「言い訳を聞こうか」

かけた声は不機嫌そのものだ。顔を見ると殺意は消えているが、まるで悪のボスのようである。


「結論から言うと、ノルくんからの好意とわたしの好意を再確認したってところだよ」

「っは、そんな言葉にほだされるものか」

ノルは鼻で笑うように言う。


「本当だって、ほらこれ見て」

ぬいは練習帳をノルに突きつけると、問題の分を指さした。


「ずっと、ここの意味がわからなかったんだけど。ようやく、理解できたんだ」

嬉しそうに笑うと、ノルの表情が少し崩れる。


「これは……前に僕が書いた。まさか今までわかっていなかったのか?」


「この国って水晶関連の慣用句が多くて。一般的な表現なら、本で調べればわかるんだけど。その……こういうのって、全くわからないんだよ」

困ったように言うと、ぬいの肩に頭をうずめてきた。


「なにも伝わっていなかったのか……」

「う、ごめんね。これあげるから、元気出して」

鞄の中を探ろうとすると、ノルは体を離す。


「はい、これおいしいよ」

おやつを差し出すと、ノルは指ごと口に含んだ。


「ノ、ノルくん……わたしはおやつじゃないよ」


非難すると、ノルは口を離した。そのまま咀嚼すると、喉を鳴らして飲み込む。その姿はどこか艶めいていて、ぬいは硬直した。


「知っている。間食ではなく、メインだディッシュだ」

顔の険はとれ、甘い表情でぬいのことを見つめる。手を取られると、指を丁寧に拭かれた。


「今の意味も理解できたか?要は僕が君のことを」

「いいって!わかったから!」


「本当か?そもそも僕はおやつで機嫌が取れる程、子供ではない」

年下扱いされたと思ったのか、ノルはぬいとの距離を詰めていく。


「知ってるって。ねえ、ここ公衆の面前だからね」

ぬいはノルのことを押しのけると、膝から降りた。いくら周りに人が少なかろうと、周りの目がある中で膝に乗るのは恥ずかしいからだ。


「ヌイ」

だが、ノルは不満だったらしい。引き留める声をかけられ、大人しく横に腰を下ろした。


「照れていた理由はわかった。次はその前だ。なぜ僕という恋人がいて、他の男を相手にした?」

まるで浮気を疑うような言い草である。ぬいは少し不服に思った。


「ふんっ、無視するわけにはいないでしょ。なにか困っているのかもしれないし」


ノルがよくするように、鼻で笑ってみるが、今一つ似ていない。代わりにぬいはにらみつけると、ノルも負けじと顔をしかめる。


「ここに来てから、堕神だ異邦者だって言われて、どこか距離を置かれることが多かった。どこかの誰かも、毎回そう呼んでくるしね」

できるだけ嫌味を込めてぬいは言う。


「ほお、ヌイはそのことを根に持っているのか。なら、次からは愛おしき我が伴侶と、公衆の面前で呼ぼうか」


「好きにしたら?確かにすぐに気づかなかったのは悪いと思うよ。でも、ようやくこの国に馴染んできたって、嬉しく思ったのに」

自分の意思がうまく伝わらず、ぬいは悲しい気持ちになる。これ以上なにかを言われたら、泣いてしまうかもしれない。


「待て、馴染んで……」

ノルはなにかを思いついたのか息をのむと、上から下までなめるように見つめてくる。


「っく、常に一緒に居るからか、よくわからないな。ヌイ、叔父上のところへ行こう」


「ねえ、ノルくん。わたしたち今、はじめて喧嘩してるよね?なんでその状態で、親族に会わなくちゃならないの?しかもノルくんと同じくらい、わたしを堕神呼びしていた人のところに」


不満の意味を込め、腕を組むと横目でにらみつける。


「緊急確認しなければいけないことがある。頼むから、ついて来てくれ」


打って変わって、懇願するようにノルは言う。そんな表情を向けられると、さすがに怒りを保っていられない。


「まあ、堕神だったのは確かに事実だもんね……わかったよ」

ひとまずぬいは折れ、神殿へと向かった。


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