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09:他国の者たち

部屋の中は暖かく、いい匂いが漂っていた。ぬいはお腹が鳴るのを感じながら、シモンの後をついていく。


玄関を上がり廊下をすぐ右に曲がると、リビングが見えた。机の上には大きな鍋にたくさん入ったスープが目に映った。


「あ、あぁああ、おいしそう」


ぬいが小さくうめき声を漏らすと、シモンがくすりと笑う声が聞こえた。言葉のたどたどしさから、年齢に見合わないいかめしさを見受けられるが、年相応の少年であることを感じられた。


『お母さん』


シモンが大声で呼ぶと、奥のキッチンから少年によく似た風貌の女性が出てきた。少しやせているが、生き生きとした笑顔を二人に向ける。


『おや、かわいらしいお嬢さんだね。アタシたちのお仲間だけど、別の国の出身かな?』


「言葉。ヌイには分からないから」


シモンが横からつつくように言う。


このことから、ぬいは一つの確信を得た。


シモンは明らかに二つの言語を使用しているが、ぬいにとって少し口調が変わっただけで、両方とも意味が理解できている。


やはりこの国の人の言語は、ぬいの耳には翻訳されて聞こえている。時折起きる齟齬がそれだ。


ノルやミレナ、神殿の人たちの口の動きは言葉と異なっていた。


だがヴァーツラフと一対一で話す時だけ、違っていた。口の動きがぬいの知っている発音のかたちと一緒である。


全く言葉が分からない世界に放り出されるより、大分温情であろう。ぬいは心の中でこの国の神たちに感謝した。


「お嬢さんって年ではないと思います。多分……そもそも何歳だったっけ。本日は急なお招きありがとうございます」


ぬいはスカートをつまむべきかと、コートに手をかけるが止め、少し考えると頭を下げた。


『え……ヌイ、言葉が分かるのか?』


シモンは驚いてぬいを見る。


「ちょっと違うかも。多分発する言葉も聞こえる言葉も訳されてるんだと思う」


『なんだって。そんな魔法も御業も……いや、アタシが知らないだけかもね』


『よっしゃあ、言葉が通じるならこんな頭悩ませずに話せるっ』


シモンは歓喜の声を上げる。彼の母は膝をつくとシモンの肩をつかんだ。


「シモン、言葉」


『なんで?せっかくわかるんだからわざわざ変えなくても』


「それでは練習にならないでしょう?早くこの国に馴染まなきゃ」


「……わか……た」


シモンはしぶしぶ了承する。


「改めまして。アタシはアンナ。わが家へようこそ、ヌイさん」



「おいしかった……ありがとう、アンナ」


すっかり馴染んだぬいはいつの間にか敬語が吹き飛んでいた。


お腹がはちきれそうになるほど平らげ、幸せそうに椅子にもたれている。


食べ盛りのシモンよりも多くの食物を収めたせいか、主に彼から引き気味の視線を受けている。


最後の方は彼自身がぬいに追加で食事を与える始末であった。


「分からない、意味。腹、不思議」


シモンはたどたどしく言いながら、ぬいの方を見る。


「まあ神殿に居たら、そりゃあ普通の食事が恋しくなります。そのことをはシモンが一番身に染みているでしょう」


アンナは当時のことを思い出したのか、目をつぶって頷く。


「なんで?なんであそこに居たの?」


椅子から立ち上がって、シモンに詰め寄ろうとするが、満腹感が邪魔をしてすぐにあきらめた。


「普通はそう。外のやつは、御業のために。使いたいから」


「ああ、なるほど。あれすごいもんね。わたしもまだ全然うまく使えないし」


ぬいは近頃ひそやかに行っていた特訓を思い出す。


『は?何それ?おまえもう御業が使えるのか?多分ここに来てそう長くはないだろ?』


今度はシモンが身を乗り出して詰め寄ってきた。アンナも驚きで椅子から立ち上がっている。


「え……?聖句を教えてもらったら普通に?」


ここでぬいはヴァーツラフの言葉を思い出す。


「そなたは異なる神に対して敬意を示した。恭順した。あまたの数居るこの国の神は、尊重するものを拒まない」


「……もしかして、他に信じている存在があるってこと?」


「ええ、敬虔な信徒でもなんでもないけれども。幼い頃から当たり前のように在ったから。意識しないようにするのはなかなか難しくて」


アンナは困ったように笑う。よく見てみると、若々しい容姿であるが、手があかぎれボロボロになっている。


「この国では水や火、灯かりなんかの生活に必要なものは、すべて御業が必須。例外は神殿くらい。あそこは常に祈りの力であふれているので」


そう言うとアンナは懐から小さな水晶の欠片を取り出した。ぬいが持っているものよりもずいぶん小さいものである。


「この大結晶に御業を使い、各部屋に置かれている小結晶に力を行き届かせなければならないんだけど、もうあまり残ってなくて」


水晶を光にかざすと下部を除き色が薄くなっているのが分かった。


「また頼む、客に」


シモンがそう言うとアンナは頷いた。


「それ、ちょっと貸してもらえる?」


ぬいが手を差し出すと、アンナはそのまま上に置いた。それをそのままそっと握り締める。しかし、何も起こらない。


「ヌイ、無理いらない」


シモンが慰めるように肩を叩く。だが、それを無視して考えた。聖句はおそらく必要ない。だとしたら、ただ想像すればいい。


「そなたの神たちは簡略を重視すると理解した。しかし祈りと想像力が足りていない。そう言っていた」


ぬいは教皇の言葉を思い出しながらつぶやくと、目の前の結晶の元の姿を想像した。


ーーだが、何も起こらなかった。


うなだれていると、シモンが再び肩を叩く。


「違う。多分、挨拶いる」


シモンに言われて、ぬいはノルの言葉を思い出す。


「神々よ、日々の見守りに感謝を」


すると水晶がうすぼんやりと輝いた。


「すごい、水晶の半分が元に戻った」


喜ぶアンナの声にぬいは頬が緩むのを感じる。


「それ、中の下。普通のやつの。平均よりも下。外のやつの、でも俺よりはかなり上、とてもすごい」


褒められてはいるが、素直に喜んでいいのか。ぬいは複雑な気持ちになった。

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