デスゲームに巻き込まれたんだが、俺だけ何回も死ぬ。ペナルティはまだ無い
神ヶ岳あおいが目覚めたそこは、見知らぬホールであった。
薄暗い大広間。
パーティ会場や披露宴に使われそうなその場所には今はテーブル一つもなく、何十人もの人々が詰め込まれている。
顔見知りは、ほんの数人。
それ以外は見覚えがない顔で――だからこそ夢にしては少しおかしいな、と思ったほどだ。
あおいの他にも、部屋に寝かされていた人々が身体を起こし始めた。
夢としても変だが、何かの催しにしては余計に奇妙だ。
集団ゴロ寝大会でもない限りこんなに人は寝やしないだろうし、そんな大会があるならむしろ参加してみたいくらいだ。どこでもすんなり寝られるのが実のところ特技なのだ。
……それとも実はサプライズでそんな大会だったりするのだろうか。それならついでにプリン食べ放題大会もセットにして欲しい。でもテーブルはない。残念。
やがて、周囲がざわつき始める。
疑問と不安。顔見知りである人はその縁で、そうでない人はとりあえず近くの人と会話している。
あおいもそうしたかったが、乗り遅れたらしい。若干孤立していた。
……と、そんなときだった。
(ぬいぐるみ?)
床が開き、せり上がってきたのは赤いテーブルクロスを敷かれた丸テーブルと仮面をつけたクマのぬいぐるみ。
どう見てもプリンではない。
それともお菓子で作られているのだろうか。なら可愛くない見た目はともかく大きさからして食べ応えがあるのだが……。
『――お集まりいただきありがとう。キミたちにはこれからゲヱムをしてもらおうかな。フフフ、ゲヱムと言っても命懸けだがね』
その予想は外れた。
大福をつぶして魚の内臓と一緒に団子にしたような不気味なシルエットの仮面クマの喉元から、甲高い男の声が響いた。
それ自体は、あおいも聞いたことがある声だった。
具体的に言うとニュースやドキュメンタリーのインタビュー。顔出しNGと一緒にされる、あの独特の加工音声だ。
『ボクは常々思っているんだが……フフ、いや、仮面をつけているボクが言えたことではないかな? ただね、どうにも気になるんだ。人間の本質はどこにあるのか……これは場所じゃなくてあり方の話さ。それを確かめてみたいと、誰しも一度は考えるだろう?』
そこから、特に同意もできない話が続く。
あおいが気になったのは、ある言葉だった。
『カンのいい参加者クンたちはもう気付いているかい? いや、気付いていないほうがよほど鈍いというべきかな。……キミたちの首につけたその“首輪”……これからある場所で、あることでしか外れないそれを集めるゲヱムをしてほしいんだ』
ヒヤリとした継ぎ目のない金属の筒。
クマのぬいぐるみが発する声に従うなら首輪――というそれは、どう触ってみても簡単には外れそうにない代物だ。
悪戯にしては手が込んでいる。それに無許可だ。
その点に気付いた――ぬいぐるみ曰く――参加者たちが声を上げる。だが、機会音声の男は一切構うことなく続けた。
『ああ、とは言ってもその首輪……衝撃にはあまり強くなくてね。持ち主が生きている限り、無暗に取り外すことはできないようになっているから気を付けたまえ。その集め方は――まあ、想像してみるといい。よほど愚かでなければ、判るだろう?』
ざわ、と周囲がどよめいた。
半信半疑。或いは、憮然として。
あおいはどちらでもなかった。悪趣味な冗談を喋る悪趣味なぬいぐるみは――ただ不気味なのだ。
ここまで人を集めたこと。
そして咳払いや言葉詰まりさえなく長セリフを唱えていくこと。
そのどちらにも、ある種の偏執的な狂気の印象を持たざるを得なかった。どことなく生理的な嫌悪感を抱くほどに。
だから、だろうか。
そんな言い知れぬ女性の不安を代弁するように、一人の少年が声を上げた。
「きみはいったい誰の許しを得てこんなことをしているんだ! 冗談にしても悪趣味が過ぎるし、はっきり言って不快だ! どんな催しかは知らないが、せめて顔を出したらどうだ!」
正義感の強そうな短髪の少年。
その彼の傍には、老人がいた。知り合いなのかそうでないのか……いずれにせよ彼は、その老人を気遣う意味でも抗議をしているらしい。
同時に方々から非難が上がる。
これが仕込みでないなら、彼ら彼女らもあおいと同様にこの理解不能の集まりに参加されられたのだろう。
『やれやれ、まさかここまで愚かなんてね。……ボクが見たいのはそんな顔じゃないとわからないのかい』
「わかってほしければ、キチンと誠意のある説明しろと言っているんだ! 少なくとも老人や女性子供を巻き込んでいる時点で納得も理解もない!」
断固とした少年の声。
しかし、そんな言葉も――黙殺される。
突如として鳴り響いたのは、スピーカーの音量調節を誤ったような狂ったハウリング音だ。耳元でかぎ爪を立てられるかの如き不快音ののちに、ぬいぐるみから男が告げた。
『キミたちはよほど愚かなのかな。……いつのまにか眠らされてここに集められたという時点で、ボクの力がわからないのか?』
ゾッとする平坦な声。
神経質な男が噴火寸前に見せるような静かな声に、皆は口をつぐむほかなく――
「――や、シンプルにバカじゃねーんスか?」
いや、割り込む人間がいた。
茶髪の、大型犬のような青年だった。
『フフフ、珍しいね……二人も勝手に喋り出す子がいるなんて。一人は正義感が強くて、もう一人は現実感がないのかな? いいね、それでこそ人を集めた甲斐があるよ。ボクたちが――』
「あの、そういうのもういいんで早くしてくれねえっスか?」
『……ほう。一度ならず二度も邪魔するなんて。よほどキミには現実が見えてないらしい。それとも――ああ、ほかのキミたちも全員そうなのかな?』
油を差し損ねたロボットめいて首を動かすぬいぐるみに、人々が思わず腰を引いた。
ただ、茶髪を掻く彼は違った。
「何に憧れてるのか知らねえっスけど、正直今どき流行らねえと思うんスよね。シンプルに言えばクソだせえっスよ」
『……なるほどなるほど、キミはこれを遊びとでも思ってるんだね?』
「いや、遊びじゃないから余計にダサいんスよ。他人様に首輪ハメて言うこと聞かせて黒幕ぶるってどんな高校時代送ったんスか。ぼっちで近所の小学生相手にガキ大将でも気取るしかなかったんスか」
ぼりぼりと掻きむしりながら、茶髪の青年が続けていく。
思った以上に毒舌だ。
気安そうな顔とは裏腹に、性格が悪いのだろうか。
「人の生の感情が見たいって、シンプルにちゃんとした人間関係築けばいくらでも見れるじゃないっスか。そういうことしてこなかったからこんな拗らせバカみたいなことをするんスよ」
『――』
「あ。……今すぐに鏡でも見たらどうスか、生の感情。すげーの見れると思うんスけど」
その一言を最後に、ぬいぐるみのスピーカーからの声がやんだ。
ひょっとしたらある種のパフォーマンスや劇だったのだろうか。それほどまでに青年の言葉は淀みなく、慌てや困惑さえ見えないものだった。即興劇というより、台本があるものに近い。
あおい以外もそう思ったのだろう。
周囲の人々の緊張は薄れていき、そして、
『……これが冗談だと思う子たちは、彼の末路を見るといいよ。ボクたちに逆らうとどうなるのか、彼に身を持って示して貰おうじゃないか』
「……あの、いいスか?」
『何かな? 今謝ったってもう遅いよ。キミにこそ現実を知ってもらおうと思ってね。こんな状況なのに現実感を持てないキミは、ここで失格――』
人差し指が、一つ。
青年はおもむろにテーブルを蹴り飛ばし――そしてそのテーブルをそのまま指差して、
「安物っスね、机。……その口調より、もう少し気を使うとこあるんじゃないスか?」
床に無様に転がったぬいぐるみからは、今度こそ返答はなかった。
代わりに――甲高い電子音が響く。
生理的嫌悪感を煽り、危機感を刺激するような警告音。これがただの冗談だとしても十二分に恐ろしく、それを首輪から発する彼からは人の輪が遠ざかる。
徐々にその音の感覚が短くなっていく。
それだけで、よからぬものを連想させた。当の青年は何かを覚悟するように静かに佇んでいて……それがあおいにとっては余計に恐ろしい。
「よし。言いたいことは言ったし悔いなし、と。あとはついでに――」
しかし何たることか。青年は首輪を勢いよく引くではないか。
そして、
「――っし。今度は成功」
……それで終わりだ。
音は止み、二度と鳴らない。何も起こらない。冗談のように……何も。
やはり、何かの舞台だったのではないか。
あおいがそう思おうとしたときには、部屋の各所から煙が立ち込め――――
「……あれ」
今のはやはり夢でしたよ、と宣言をされたのかと思った。
だが、すぐに違うと分かった。
湿った土の匂いと、背中に当たる枯れ葉と、夜空の月を覆い隠すほどの葉の茂み。
流石のあおいだって森の中で着の身着のまま寝転ぶ趣味はないのだ。せめて土は掘るし、或いは木の上で眠ったり狩りたての毛皮に包まったりはする。
あれもちゃんと川の水にさらさないとダニがすごいんだよなあ……なんて黄昏ているときだった。
「……あー。ここっスかぁ、初期位置」
木の上。
双眼鏡で辺りを見回す青年が茶髪を掻いていた。
先ほどの出だしの一幕の彼である。人懐っこい顔が、そう思えない程度には引き締まっていた。
自分から声をかけるべきか否か迷ったが――……多分、彼が一番この状況に詳しい気がしてきた。賞味期限が切れて一週間ぐらいのパンを食べるような気持ちで、その背中に呼びかける。
「あの……」
正確には、「あ」と言いかけるぐらいだったか。
青年は即座に顔を向けると、片手でスッと拝んできた。
「ああ、ごめんごめん。すいやせんね、っと。さっきのやり取り見てたよな。……ごめんな。俺への嫌がらせで君が爆破されるかもしれないから、離れてた方がいいと思うんだ」
「え、あ、はい……えっとあの……」
「本当は君のそれも使用不能にしてあげたいけど、ちょっとリスク大きいから……ほんっとゴメンな」
両手を合わせて頭を下げられると、その勢いに飲まれてしまう。
あおいは未だに状況が呑み込めていないが、彼は二十倍怪王激辛カレーを飲み下すようにすんなりと状況を把握しているらしい。
そのまま掌を向けられて遠ざけられる。
未だに理解の及ばぬあおいを置いて、木から飛び降りた彼はどこぞかへと旅立つつもりらしい。
正直なところこのわけのわからぬ事態に一人置いて行かれたくないが、それよりも彼の正体不明さが気にかかった。背も体格も勝る男性というだけで、年頃のあおいにとっては生で食べるフグくらいに警戒心を煽るものである。
だが、
「あ、そうだ。……一応支給アイテムだけ確認させて貰ってもいい?」
ふと思い出したように振り向いた彼は、あおいの手荷物を指差した。
いつの間にか、眠っている自分の近くに置いてあった小型のリュックサック――デイパック。
手慣れた様子でファスナーを開け、中身を確認する彼は、
「あー……これじゃ時間かかるな。詰むわ」
ボソリと、そう呟いた。
感情を失ったような無機質な声。
そのままデイパックを地面に横たえると、同じように彼が背負っていたものを上に置いた。
「ありがとう。……あ、俺の地図に印付けてるとこに隠れてたら生き延びられるかもしれないから、参考にして」
「ええと……あの、あなたは……というかコレはいったい……」
「いや本当にごめん。いくら謝っても足りないと思うけどごめん。あ、ちょっと目を瞑ってて」
素直にあおいが目を閉じると同時だった。
何かが破裂する音――銃声。そして水音。
訳のわからない青年は、まるで訳がわからない人のまま、人とはわからぬ肉塊に成り果てていた。
◇ ◆ ◇
茶髪の青年――犬走者人が再び目覚めると、そこはパーティホールだった。
見知らぬ、ではない。
ひょっとしたら親の顔よりも見たかもしれない場所だ。何ならどこの壁に何回激突したら壊せるかも知っているホールだ。
そのまま周囲の人々を眺める。先ほどは望ましくないものだったが――
「……うっし、今度の初期位置は悪くないな」
詳しい原理は判らないが、巻き込まれる殺し合いの大筋は変わらなくとも細かなところで違いが出る。
それは初期の配置であったり、最初の犠牲者であったり、或いは主催者から渡される装備であったり――――……要するにランダム要素という訳だ。
その存在に何度泣かされたことか。
ようやく助けられたと思った相手が力及ばず死ぬとか、解毒が間に合わぬとか、会ったときには変な連中に絆されてパーティ組んでたりとか、まぁそれなりに苦労させられた。
……人死にを苦労の一言で片付けられるのは、我ながら倫理観がだいぶヤバイ領域だが仕方ない。冗談じゃなく死にまくったのだ。
それでもまあ、統計的にいくつかパターンもわかってきた。
あくまでも傾向としか言えないが、それなりに的中率はあるのだ。その統計に従うなら、今回はそう悪くないヒキだ。
『――お集まりいただきありがとう。キミたちにはこれからゲヱムをしてもらおうかな。フフフ、ゲヱムと言っても命懸けだがね』
そして始まる主催者からの宣告。
今度それに噛みつくのは正義感が強い本宮武蔵ではない。本宮の傍には病弱な少女が配置されており、彼はそれを気遣っていて出遅れた形だ。
ぬいぐるみを怒鳴りつけてるのは、ヒステリックな中年女性の島田朝子。
とはいっても論理性がある女性なのでその鉾を収めるのは難しくない。上手くすれば見せしめ死亡を防げる出だしである。
「今度こそは完クリ走破を目指しますよ、っと」
とりあえず主催者が体勢を整えきる前にさっさとクリアしないとならない。それが鉄則。
時間をかけすぎると外部からの救援が来るが、黒幕には逃げられてしまう。
そこから闇カネモチがどうやらこうやら。戦うにはちょっと時間と手間と仲間の犠牲がかかりすぎて根気が持たないルートである。完クリとは言い難い。
目指す道は一つだけだ。
犬走者人はデスゲームに巻き込まれた。
デスゲームに巻き込まれたが、何回だって死に続けている。
なら、死んで死なせた以上に人を生かして生還を試みてみようと思う。
だから、
「――や、シンプルにバカじゃねーんスか?」
始めるのは、何度目かのニューデスゲーム。
ダメならとりあえず今度はそこらの床で手当たり次第にジャンプにでもしてみるかな、と者人は首を鳴らした。
数度目のループののち。
「――や、シンプルにバカじゃねーんスか?」
そう割り込んだ者人を見る人々の目は、冷たかった。
ドンドン、と音が鳴る。
ドンドン、ととにかく音が鳴る。
とにかく音が鳴っている。鳴らし続けている。そうしているのだ、者人が。
跳ねる。ただ跳ねる。跳ね続ける。ひたすらにジャンプする。ひたすらにジャンプをしているのだ。ジャンプしまくっている。
いつか床が抜けるかもしれない。
どこかの床が抜けるかもしれない。
そう思えば、試さずにはいられないのである。
前のループで親密な仲になった金髪少女の三代カナタはゴミを見るような目で者人を見た。
片腕を失ってでも庇い続けた人形のような童女は恐怖で頭を抱えて蹲っていた。
正義感の強い武蔵はただ居たたまれぬものを目の当たりにしたように、食い気が強いあおいはポケットの砕けたビスケットをしゃぶって現実逃避。
人生の頼れる先輩とかつて師事した大恩ある塩田剛太郎は心臓発作を起こして息を引き取り、敬虔なシスターであるミスティア・モルガンは十字架を投げ出して壁に逃げていった。……あ、ぶつかってブチ抜いた。
いや違うんだ。
これは違うんだと言いたい。
今度の初期位置がアレ過ぎてどう足掻いても完クリできないのだ。なら試すしかないのだと――そう言いたくても所詮は狂人の戯言。
者人は跳ねる。ただ跳ね続ける。
『キミ……いやこう、キミはなんだ……? その……こう、キミはその……いや……なんだ……?』
主催者の娘にして操り人形にされている麻尋木モヨコがぬいぐるみ越しに憐れんでくる。
これだって君も含めてみんなを助けるためだと言いたいが、最早その時間も惜しかった。
者人は跳ねた。ただ跳ね続けた。
その周回は、主催者までも皆が皆一致団結して者人のことを殺しに来た。
少し悲しかった。
プロローグのみです