カーテン
三場 ジルノルマン氏の屋敷
豪華な調度品。中央に豪華なベッド。マリウスが横たえられ、顔に布が被せられている。召使、ジルノルマン氏の順で登場。
召使 「(静かに)マリウス様がここでお休みになっているだ…」
ジルノルマン「ごくろう。…二人だけにしてくれ」
召使 「だども…」
ジルノルマン「たのむ」
召使い、静かに上手に退場していく。ジルノルマン、マリウスの枕元に立つ。
ジルノルマン「マリウス…、おまえは本当にわしが嫌いだったんだな…。だから死んだんだな!」
間。
ジルノルマン「自分が死ねば、わしが悲しむと思ったんだな! わしを悲しませるために死んだんだな…。とんだ見当違いだ!」
間。
ジルノルマン「わしは…、おまえが死んでも悲しくともなんともない! さびしくともなんともない! 年寄りを悲しませることで父親の仇をとろうだなんて、人間のクズのやることだ!」
間。
ジルノルマン「そうだ。おまえはわしの息子じゃあない。むろん孫でもない。あの、わしの娘を不幸にした男の息子だ! そうなんだろう? マリウス・ポンメルシー男爵閣下!」
間。
ジルノルマン「おまえはナポレオン主義者じゃなかったのか? なんで共和主義者のグループなんかにいたんだ! そうか…、おまえは『父親』として君臨する者は誰であっても嫌だったんだな! だからまずわしに反抗し、次にポンメルシーに反抗した。わしはそれを残念だとも思わない。わしは父親ではないのだからな! おまえは独身のまま死んで幸せだった。おまえが嫁の『父親』とうまくやっていけるわけがなかったからな!」
間。
ジルノルマン「おまえは我が家の墓に入れるわけにはいかん。ポンメルシーの所に行け…」
ジルノルマン、上手に退場しようとする。マリウス、かすかにうめく。ジルノルマン、下手に振り返る。
ジルノルマン「バカな…」
ジルノルマン、上手を向く。マリウス、さっきよりもはっきりとうめく。ジルノルマン、マリウスの枕元に駆け寄る。乱暴に顔の上の布をはぎとる。顔に手を当てる。胸に耳を当てる。
ジルノルマン「生きている! 生きているぞ! 心臓マッサージだ! 人工呼吸だ! 誰か、医者を呼べ! 救急車を呼べ! 誰か来い! 誰かぁ!」
召使、上手から登場。
召使 「旦那さま…、そんな大騒ぎして。マリウス様が起きてしまうだ。まだ自動車は発明されてねえから救急車はねえだ」
ジルノルマン「生きている、生きている…」
召使 「だから起きてしまうって…。マリウス様がまぶしそうだったから日よけに布を置いてあげたのに…」
ジルノルマン「生きている…。(泣きながら)マリウスが生きているぞ!」
ジルノルマン、ベッドに泣き崩れる。
閉幕。