テナルディエ
マリウス、バリケードを乗り越えようとして撃たれる。前のめりに倒れかかったところを、ジャンがピストルの台尻で頭を殴って昏倒させる。ジャン、マリウスの体を下手に引きずって箱の中に入れる。自分も箱の中に入る。
暗転。
二場 地下水道(この間にステージの、バリケードなどの道具を撤収する)
ジャン・バルジャン、体育館のフロアーを、マリウスを背負って歩く。マリウス、突然目を覚ます。
マリウス「ここは…」
ジャン 「下水の中だ」
マリウス「(暴れだす)もどせ…。仲間達のところへもどせ…。あそこに帰って死ぬんだぁ!」
ジャン、マリウスを下ろして殴る。
ジャン 「やかましい!」
マリウス、倒れる。ジャン、再びマリウスを背負って歩き始める。しばらくしてマリウス、再び目を覚ます。
マリウス「コゼット…。コゼット…。コゼット! 会いたい…、コゼット!」
マリウス、暴れてジャンの背中から落ちる。
ジャン 「やかましい!」
ジャン、マリウスを殴り倒す。
ジャン 「おい…、大丈夫か! 生きてるか!」
マリウス、気がつかない。
ジャン 「うーん、ちょっとまずいなあ」
ジャン、マリウスの体を背負ってステージ中央の階段を上る。上った先に柵。
ジャン 「これは…」
ジャン、柵を揺すぶる。
ジャン 「出られんのか…。いやなことを思い出すなあ」
ステージ中央にスポットライト。光の中にテナルディエ。
テナルディエ「出たいのか…」
ジャン 「出たい」
テナルディエ「おまえ、エポニーヌがどうなったか知っているか」
ジャン 「エポニーヌ…」
テナルディエ「おれの娘だ」
ジャン 「知ってはいるが…」
テナルディエ「そうか、死んだんだな」
間。
テナルディエ「おまえ、施しをする乞食だな。コゼットを連れて行った」
ジャン 「だったらどうした」
テナルディエ「おまえがコゼットを連れて行ってから、おれはいいことなしだ」
ジャン 「コゼットを救うのは、死んだ女との約束だった」
テナルディエ「おれは、エポニーヌとコゼットを、分け隔てして育てた。エポニーヌにとっていちばんいい時代だった。おまえがやってきてから、コゼットは良家の子女で、エポニーヌはレ・ミゼラブル…、ペテン師の娘だ」
ジャン 「おまえのせいだ」
テナルディエ「おれの娘は、コゼットへの対抗意識から革命グループなんかに参加して死んだ。エポニーヌを殺したのはおまえだ」
ジャン 「ちがう。こいつのせいだ!」
テナルディエ「おまえがそいつを殺したのか?」
ジャン 「ちがう!」
テナルディエ「死んでるんじゃないか?」
ジャン 「たぶんな…」
テナルディエ「取引しよう」
ジャン 「断る」
テナルディエ「なぜおれがペテン師で、おまえが『施しをする乞食』なのかわかるか」
ジャン 「わたしが、ミリエル司教に出会ったからだ」
テナルディエ「おまえがカネを持ってるからだ」
ジャン 「正当な手段で得た金だ」
テナルディエ「おまえがカネを持っているからコゼットは生きていて、おれは持っていないからエポニーヌは死んだ。この柵を開けてほしかったら、二万フランよこせ」
ジャン 「ロクでもないことに使うつもりだな…」
テナルディエ「おれにはもう一人娘がいる。それとも、もういちど下水を通って、戦場にもどるか?」
ジャン 「だめだ! せめてこいつは親許に…。それにおれはコゼットのところへ帰らなきゃならない!」
テナルディエ「ほらよ」
テナルディエ、鍵を廻して柵を開ける。
テナルディエ「二万フラン…。待ってるぞ」
テナルディエ、下手に退場。ジャン、マリウスを舞台に引き上げて寝かせる。
暗転。
ナレーション「後にジャン・バルジャンは人を介してテナルディエに二万フランを送った。テナルディエはそれを元手にアメリカで奴隷貿易の商売を始めた」