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ルサンチマン  作者: 恵梨奈孝彦
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ルサンチマン

間。

    マリウス、エポニーヌの体を床に横たえて、目をつぶらせる。

クールフェーラック「ABCの会を解散する!」

アンジョーラ「解散してどうする」

クールフェーラック「去りたい者は去れ」

ガブローシュ「あんたは…」

クールフェーラック「バリケードの外に出る。エポニーヌの仇を討つ!」

マリウス「待て!」

クールフェーラック「おれに命令するな」

マリウス「おれも行く!」

ガブローシュ「おれも行くぞ!」

アンジョーラ「おれも行こう」

ジャン 「おいっ! さっきの話は何だったんだ!」

    ジャン、マリウスの胸倉をつかむ。

マリウス「離せ!」

ジャン 「聞いてなかったのか! コゼットがおまえを待っていると…」

マリウス「あんたは窃盗犯なんだな」

ジャン 「その通りだ」

マリウス「脱獄犯なんだな」

ジャン 「そうだ」

マリウス「脱走徒刑囚だな」

ジャン 「そうだ」

マリウス「あの警官を殺したんだな」

ジャン 「そうだ」

マリウス「おれから引き離すためにコゼットをイギリスに連れていこうとしたな」

ジャン 「そうだ」

マリウス「おれにウソの手紙を出したんだな」

ジャン 「そうだ」

マリウス「それでも、『コゼットがおれを持っている』っていう話だけは信じろっていうのか!」

ジャン 「そうだ!」

マリウス「虫がいいと思わないのか?」

ジャン 「屁理屈言ってるんじゃねえ!」

アンジョーラ「これは…、屁理屈じゃないなあ」

ジャン 「(マリウスに)てめえ、また殴られたいのか?」

    ガブローシュ、ライフルの台尻を思い切り振り下ろして、ジャンの脛を打つ。ジャン、マリウスの襟を離し、うめいて四つんばいになる。

ジャン 「何をする…」

ガブローシュ「革命って、金持ちを倒すことなんだろ。この人は簡単にイギリスに行ける。金持ちだ」

アンジョーラ「確かに倒れてるな」

ジャン 「革命なんか知るか。おれはこいつをコゼットの元に連れて行く…」

アンジョーラ「それは、ムリでしょうねえ」

ジャン 「連れていかなきゃならないんだ!」

アンジョーラ「あなたがマリウスを連れて帰ることを、諦めているからですよ」

    ジャン、立ち上がる。

ジャン 「なんだと!」

アンジョーラ「なぜ『また殴られたいのか』なんですか? なぜ這いつくばって頭を下げてでも頼みこもうとしないんですか?」

ジャン 「なんでこいつに頭を下げなきゃならないんだ!」

アンジョーラ「あなたは、コゼット嬢の何ですか?」

    間。

アンジョーラ「そう、父親です。あなたは、『花嫁の父』っていう世間から同情されやすい立場にいる。だから人に物を頼むときでも頭を下げなくていいと思っている。『一緒に来い』と言いさえすれば、本当に連れて帰ることができなくてもいいと思っている」

ジャン 「一緒に来た方が、絶対にこいつのためになる!」

アンジョーラ「あなたがマリウスを連れて帰るのは、マリウスのためですか? それともコゼット嬢のためですか?」

ジャン 「二人のためだ! こいつはさっき一発殴ったら、『帰る』と言った。おれの気持ちが伝わったんだ!」

アンジョーラ「殴れば気持ちが伝わるんだったら、さっきのガブローシュの気持ちがあなたに伝わったはずだ。あなたは刑務所で殴られたとき、看守の気持ちが伝わりましたか? マリウスがさっき『帰る』と言ったのは、あなたと利害が一致したからです。マリウスはコゼット嬢のもとに帰りたいと思った。あなたはマリウスを殴りたいと思った。それによって、あなたはマリウスを殴り、マリウスは帰るという取引が水面下で成立した。しかしその取引によって不利益を被る者がいたんです。そう、大きな不利益を…」

    アンジョーラ、エポニーヌの体をちらりと見る。

アンジョーラ「今は状況が変わりました。ひとりの少女の死によって変わったんです」

ジャン 「それでいいのか! おまえらそれでいいのか!」

アンジョーラ「見た通り、ぼくには友だちがほとんどいません。どんなことになろうと、こいつらと一緒にいるしかない」

ジャン 「おまえのことなんかどうでもいい! こんな子供を巻き込むな!」

アンジョーラ「ガブローシュは、熱に浮かされているだけでしょう」

ジャン 「だったら…」

アンジョーラ「手を挙げて出て行っても、我々は警官殺しだ」

ジャン 「あいつを殺したのはおれだ!」

アンジョーラ「官憲から見れば同じことです。ぼくがあなたとあの警官を二人だけにしたのは、あなたが彼を逃がすと思ったからです。マリウスも、恋人の父親が警官殺しなんかするはずがないと思っていたのでしょう。しかしあなたは彼を殺した」

ジャン 「自責の念から自分がやったとは言ったが、正確には、あいつが自分のこめかみに向けて撃ったんだ!」

アンジョーラ「だから、官憲から見たら同じことです。手を挙げて出ていけば我々は官憲から見れば重罪人で、革命派から見れば裏切り者だ。世の中がどっちに転んでもお尋ね者だ」

ジャン 「だからといって、こんな子供を…」

アンジョーラ「それは考え方でしょう。あなたはこの子が何十年も、びくびくしながら生きていったほうがいいと思っているようですね」

ジャン 「あの箱の下を通って下水道に…」

アンジョーラ「我々が警官殺しだという立場は変わりません」

クールフェーラック「おれは行くぞ! 長話をしたい奴はそこでやってろ」

マリウス「わかった。おれも行く」

    ジャン、床に正座する。

ジャン 「マリウス君、見てくれ。この通り…」

アンジョーラ「そんなことをしてもムダですよ」

ジャン 「なんだと! おまえはさっき…」

アンジョーラ「それは、あなたに『どんなことをしてもマリウスを連れ帰る』っていう気持ちがないことをあらわす、一つの例にすぎません」

    ジャン、立ち上がる。

ジャン 「どんなことをしても…」

クールフェーラック「おれたちは先駆けになる。このままじゃいけないってことを人々にわからせる! おれたちが死んでも無駄にはならない…。時の勢いを作るんだ! 必ずおれたちの行動が大きなうねりになって体制を揺るがす!」

マリウス・アンジョーラ・ガブローシュ「おうっ!」

    クールフェーラック、バリケードを乗り越える。

クールフェーラック、「民衆の歌」を歌いながら撃たれ、倒れる。アンジョーラ、バリケードを乗り越え、歌いながら撃たれ、倒れる。ガブローシュ、バリケードを乗り越え、歌いながら撃たれ、倒れる。

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