コゼット
第二場 マリウスの部屋
下手にのみ照明が当たる。質素な調度類。マリウス板付き。テーブルにつっぷしている。
カブローシュ上手から元気よく登場。
ガブローシュ「マリウスさーん!」
客席側をキョロキョロと見渡す。
ガブローシュ「いないのかな…。マーリウースさーん!」
マリウス、顔を上げる。
マリウス「誰だおまえは」
ガブローシュ「(マリウスを見て)ガブローシュだよ、ガブローシュ! まだ若いのにボケたの?」
マリウス「誰だか知らないがそこの見知らぬお方、わたしを殺してくれ」
マリウス、顔を伏せる。ガブローシュ、台所から包丁を持ってくる。
ガブローシュ「(マリウスに向かって包丁を振り下ろす)えーいっ!」
マリウス、あわてて避ける。
マリウス「(必死)何しやがる!」
ガブローシュ「いま、『殺してくれ』って…」
マリウス「やかましい!」
マリウス、包丁を取り上げてガブローシュに拳骨を落とす。
ガブローシュ「いてえっ! 児童虐待だぁっ!」
マリウス「包丁振り下ろした奴が何をぬかすかぁっ!」
ガブローシュ「どうかしたの? 何か落ちこんでるみたいだけど」
マリウス「先にその質問だ!」
ガブローシュ「で、どうしたの?」
マリウス「ひとの話を聞け!」
ガブローシュ「で、どうしたの?」
マリウス「コドモにはわからん!」
ガブローシュ「アンジョーラさんがマリウスさんのことを、『あいつはコドモだから、大事なときに余計な意地を張って全部ブチ壊すタイプだ』って言ってたけど…」
マリウス、再びテーブルに突っ伏す。
ガブローシュ「ねえ、どうしたのお? いつもみたいにナポレオンの話をしてくれよぉ」
マリウス「(つっぷしたまま)ナポレオン…。ナポレオンも恋に苦しんだろうか…」
暗転
第三場 コゼットの家の前。
上手にのみ照明。マリウス、コゼット板付き。路上に立ったまま。
マリウス「コゼット、君に話さなきゃならないことがあるんだ。悪いニュースだ」
コゼット「わたしもあなたに悪い話をしなきゃならないわ」
間。
マリウス「聞こう。君から話してくれ」
コゼット「あなたから話してほしいわ」
間。
マリウス「君から…」
コゼット「あなたから…」
間。
マリウス「わかった…。『せーの!』で言おう」
コゼット「え? え? え?」
マリウス「せーの!」
マリウス・コゼット「(同時に)お祖父様が結婚を許してくれないんだ!・イギリスに行かなきゃならないのよ!」
マリウス「え?」
コゼット「え?」
マリウス「今なんて言ったんだい?」
コゼット「今なんて言ったの?」
マリウス「よし、もう一回だ。せーの!」
コゼット「いや、だからそれは…」
マリウス・コゼット「(同時に)お祖父様が結婚を許してくれないんだ!・イギリスに行かなきゃならないのよ!」
マリウス「ええっ、イギリスへ行くって!」
コゼット「よく聞き取れたわね…」
マリウス「なんでまた、突然…」
コゼット「もうすぐパリで大きな暴動が起きるっていう噂があるのよ。だから危険を避けるためだってお父様が…」
マリウス「…いつごろもどるんだい?」
コゼット、かぶりを振る。
コゼット「もともとわたしもお父様もパリで生まれたわけじゃないもの。もう、ここにはもどらないわ」
マリウス「そんな…」
間。
コゼット「だけど、イギリスについたらすぐにあなたに連絡するわ! あなたの連絡先さえわかっていればあなたもイギリスに来られるでしょう?」
マリウス「そうだね…」
コゼット「(石の壁を指して)ほら、ここに刻みつけられたあなたの住所『ヴェールリー街16番地』。わたし、お父様の顔を忘れてもこの連絡先だけは忘れないわ!」
マリウス「そうか、そうだね…」
コゼット「それで、あなたの悪いニュースって…なに?」
マリウス「いいんだ…。もういいんだ…」
マリウス、ふらふらしながら上手に退場。コゼット、マリウスを見送ったあと下手に退場。ジャン・バルジャン、上手から登場。
ジャン 「(下手を見ながら)コゼット…」
ジャン、壁に刻まれた文字を見る。
ジャン 「ヴェールリー街16番地…」
暗転。