大福おどけばなし
ある朝、志村彩香は大福になっていた。
どうして自分が大福になっているのかはわからない。
ただ、きめ細やかな色白もっちり肌になれて嬉しいわ、と寝起きのぼんやりした頭で考えた。
「彩香、いつまで寝ているの!」
いつものように母親が起こしに来たが、そこにいる娘の姿は昨日までとは違う。
「えっ、彩香? うそ、やだ……お父さん……! 会社、行ったのよね……」
慌ててあわあわとしている母親を見て、彩香は逆に冷静になることができた。
「落ち着いて、お母さん。カフカさんの小説では、主人公は大きな虫になったじゃない? それに比べれば、まだ大福の方が良いわ」
人間大の大福である彩香がぽよぽよと母親に近づいていく様は奇妙ではあったが、娘の声を聴いて母親は平静を取り戻すことができたようだ。
「それもそうね。毒虫なんかがいたら、驚いて叩き潰しちゃっていたかもしれないわ」
あはははは、と母娘は笑い合う。
「お母さん、私の喋っていることがわかるのね」
「不思議よね。どこに顔があるのかもわからないのに、彩香の声が聞こえるのよ」
この巨大大福が彩香であるということは、なぜだか認識できるらしい。
「どこか痛いとかはないのよね?」
母親の問いに、彩香は自信なさげに頷く。
実際は大福がぷよんと揺れただけだが。
「じゃあ、早く準備して、学校に行きなさい。急がないと、遅刻しちゃうわよ」
高校生にとって、平日に学校に行くということは最優先事項なのである。
それは大福になってしまった彩香とて、例外ではない。
どちらかと言えば真面目な学生である彩香は、母親の言葉に従い準備をして――制服に着替える、というか今自分が何を着ているのかもよくわからない状態ではあったが――学校に向かった。
道行く普通の人間たちの怪訝な、そして好奇の視線を浴びながら、満員電車では揺れに合わせてぶよぶよと波打ち周囲の乗客を怯えさせながら、彩香は学校に着いた。
「真面目な彩香ちゃんが、そんなファンキーな格好で学校に来るなんて」
隣の席の、佐伯紗那は興味津々といった様子で、彩香の白くてまん丸な姿の感想を述べた。
椅子に座ろうとすると大福の端がでろんとなってしまうので、彩香は机の上にでんと鎮座している。
他の生徒たちは、大胆にこちらを見ながらひそひそとしているのが半分、無関心を装いながらもちらちらとしているのが半分といったところか。
「……あなたが不真面目すぎるだけで、相対的に私が持ち上げられているだけよ」
大福になってしまう前の日常をなぞるように、真面目という言葉に対して、彩香はいつも通りに反論する。
紗那は、髪を明るく染めていてピアスも右耳と左耳に一つずつ、今も可愛いお花が可愛いお顔の両側で咲いている。
確実に校則違反であるが、なぜだかなんとなく許されているのだ。
生まれながらの黒髪でスカートの丈も校則通りに膝下、木陰で本を読んでいるのがお似合いの彩香とは正反対なのだ。
もっとも、今の彩香は茶屋でポンと食されるのがお似合いなのだが。
「私、別に不良とかじゃないんだけどなあ」
学校ちゃんと来ているし、そう言いながら紗那は彩香の傍に立つ。
天真爛漫かつ自由奔放、そんな紗那のことを彩香は大好きである。
高校の入学式で初めて喋ってから、およそ二年の間、正反対の二人ながら妙に馬が合うので、いつも一緒だ。
いつも一緒だからこそ、彩香は無防備な大福状態に紗那を近づけるのが危険だと感じた。
「あなた、どうした――」
彩香が言いかける前に、紗那は腕をがばっと広げて大福に唐突に抱きついた。
彩香の柔らかな生地に、紗那のたおやかな手、華奢な腕、豊穣の胸、そしてめんこいお顔がめり込む。
「ぐぐぐぐ……」
何やら大福を持ち上げようとがんばっているようだ。
ただ、紗那は可愛さに能力を偏らせて生まれた存在なので、あまり力がない。
「むむむう……今の彩香ちゃんは、持ち上がらないよ」
話が違うなあ、と不満そうに口をとがらせながら、紗那は言った。
「私は物理的な話をしていたわけじゃないのよ。それに、大福なのだから中身は餡子たっぷりずっしりに決まっているじゃない」
彩香は、なんとなく得意げに、胸を反らせて――いるつもりで――話した。
「変なところ触らないでよ、エッチ! とかないの?」
手をわさわさといやらしく動かしながら、紗那は大福と戯れる。
馬鹿なこと言っているわ、と思いつつも、大福はちゃんと返事をしてあげた。
「なんか触られているなあ、とは感じるけど、どこを、とかいう意識はないわね」
なーんだ、とつまらなさそうに何度か頷きながら紗那は大福から離れた。
「――ぶへぇ、何これ」
紗那の顔や制服には、真っ白な粉がわさわさと付いていた。
「あらあら、自業自得ね」
大福にはもちとり粉がついているものだ。
彩香は大福になっているのだから、それに抱きついたらそうなるのは当たり前だ。
「おー、もう予鈴鳴っているぞ! 席着け、佐伯」
彩香も気づかなかったが、もう担任の先生が来ていたようだ。
京都の町並みを彩る舞妓さんのように白粉まみれの紗那が、顔の粉をはたきながら自分の席に戻る。
「志村、大変みたいだな! 困ったことがあったら言うんだぞ」
体育教師である担任の覇気あふれる言葉に、大福はぶよっと応えた。
「先生! 私が助けるから、だいじょーぶ!」
紗那が嬉しそうに元気よく、立ち上がって宣誓した。
落とし切れていない粉が周囲に舞う。
そんなに張り切らなくても良い、と彩香は思いながらも少し嬉しく感じていた。
「彩香ちゃんは、どうして大福になっちゃったんだろうね」
お昼のお弁当から小さいブロッコリーをつまみ出して、紗那は疑問を述べた。
午前中の授業はつつがなく、何の問題もなく終わった。
それもそうだ。
生徒が一人、大福になったところで、ということである。
大福は授業を邪魔するような問題行動を起こすわけでもなく、教師たちも彩香に問題を解かせるということをなんとなく避けていたようだ。
「わかんないのよ。本当に心当たりが無いわ」
紗那が半分かじってから渡してくれたブロッコリーを、ずぶずぶりと体内に、大福内に取り入れながら、彩香は返事をする。
「変なもの食べたりしていない?」
今度はさく切りされたトマトを一切れ、紗那は自分の口にほうり込み、彩香の大福にも一切れずぶずぶり。
「うーん……普通のお食事を摂取していたと思うけど」
「そうだ! 大福を食べたんじゃない? 恨まれたのよ、きっと」
うんうん、と納得したかのように頷きながら、紗那はアボカドをぱくっと食べる。
「ええ……? 大福なんて食べたかしら――あっ」
首をひねる途中で、彩香は思い出した。
実際は大福がぷよっと揺れただけだが。
「先週、食べたわ。確か、瑞穂堂っていう有名なところの」
大福を食べたから大福になってしまうなんて因果応報があるとは思いもしなかったから、すっかり頭に消しゴムがかかっていた。
「けっこう遠いところだけど……柄崎くんと行ったの?」
「そうだけど……って、そんなににやにやしなくてもいいじゃない」
アボカドをもぐもぐしながら、紗那は微笑みを顔全体に浮かべている。
柄崎裕一は別の学校に通っている男の子で、一年ぐらい前に図書館で出会ってから仲良くなり、先月からめでたくお付き合いをすることになったのだ。
「だって、彩香ちゃんたち、まどろっこしかったんだもん」
早く付き合っちゃえば良いと思っていたよー、と紗那は歌うように喋った。
「私も柄崎くんも、付き合うってよくわからなかったから」
彩香はお高くとまっていると思われがち系女子で、柄崎裕一は爽やかな見た目に反して硬派を気取っている系男子だった。
仲良くなりつつも、つかず離れずの距離感が長い間続いていたのだ。
「だから、あなたが相談に乗ってくれたり、いらぬおせっかいで柄崎くんを焼いてくれたり、本当に感謝している」
大福は紗那の方に向き直り、小さく身体を揺らした。
「別に、何でもないよ、あれぐらい」
突然感謝されたことで、照れたように口をとがらせる紗那は、愛くるしさの権化だった。
「紗那がいなかったら……って、そうだ――今日、柄崎くんと放課後に会う予定だったわ」
紗那のおせっかいアルバムをめくっていたら、ついでに柄崎くんとの約束を思い出した。
彩香は慌てて、どうしようぶよよんと、なめらかに波打つ。
「こんなだらしないもちもちボディじゃ……会えないわよね」
ぶよぶよしている彩香に、紗那はアボカドを差し出しながら優しく言う。
「大丈夫、大福でも好きって言ってくれると思うよ」
そんなことあるはず無い、と彩香の常識的な部分は思った。
しかし、紗那がそう言うならばそうかもしれない、と彩香の中の親友好き好きな部分は思った。
「うん……! 私、行ってくる」
そもそも、スマホで連絡を取ろうにも、画面がタッチできないのだから、諦めて約束通りに待ち合わせるしかないのだ。
彩香は覚悟を決めて、放課後のデートに向かうのだった。
いつも通りに、彩香は図書館の前で柄崎裕一を待つ。
いつもと違うのは、彩香によって図書館が図書館ではなく和菓子屋なのではないかと人々に錯覚させるところだ。
しばらくすると、和菓子屋のマスコット然としていた巨大大福がそわそわし始めた。
裕一が少し急ぎ足で、こちらに向かってきていたのだ。
大福であるから、身だしなみを整えることも難しい。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
彩香の前まで来た裕一は、爽やかに遅刻を詫びた。
「あの角の辺りで、何か変なのがいるって思ったけど」
遠くの交差点の方を指さしながら、裕一は話し続ける。
急いでいたからだろうか、声が少しうわずっている。
「横断歩道渡ったぐらいで、志村さんだってわかったよ」
不思議だね、と言いながら裕一は、着ていた学生服の上着を脱いで軽く畳み、腕にかける。
少し暑いのだろうか、手でパタパタと顔を扇いだり、ワイシャツの襟をパタパタしている。
恋人が大福の化身になってしまったというのに、あまり動揺している様子では無かった。
大福なんて御免だよ、と拒絶されなかったことに、彩香は安堵した。
「ごめんなさい、大福になってしまったの」
彩香は、裕一に頭を下げる。
実際は大福がぐぐぐとへこんだだけだが。
「この前食べた大福がそんなに気に入った?」
裕一は爽やかに笑いながら、大福を中心にくるりと一周した。
「これは……瑞穂堂の大福かな」
裕一に観察されて身動きが取れなくなっていた彩香は裕一の言葉を聞いて、紗那の言ったとおり食われた大福の呪いなのかしら、と思った。
「生地のツヤと洗練されたフォルム、そして――」
裕一は彩香の身体に手を伸ばし、優しくうにょんと一つまみする。
為すがままの彩香は、自分が裕一に一つまみ、もぐもぐされるのをただ眺めることしかできなかった。
「うん、控えめな甘さ、それでいて小豆本来の味がはっきりとしている」
グルメ芸能人さんが食レポするように、裕一は語り続ける。
「やっぱり、瑞穂堂の大福だ。間違いない」
男の子とキスをしたことも、手を繋いだこともない彩香は、初うにょられのショックから立ち直ると、できるだけ平静を装いながら言った。
「ええと……こうなってしまった理由がわかるかもしれないから、瑞穂堂に行ってみたいのだけれど」
自分がうにょった部分がずずぶぶぶと元に戻っていくのを感心して見ていた裕一は、ひとつ大きく頷いた。
「なるほど、いいよ。行ってみよう」
さっそく踵を返す裕一の隣に、彩香はぷよっと並び声をかける。
「ごめんね、今日はタピオカを飲みに行く予定だったのに」
彩香も裕一も甘いもの好きという共通点があり、放課後に待ち合わせて甘味処や菓子店巡りをするのが恒例なのだ。
「そんなこと、気にしないで」
裕一は彩香に合わせてゆっくりと歩きながら、爽やかに笑った。
「それに、今日の志村さんがタピオカを飲んだら、豆大福みたいになって笑われちゃうかもしれない」
真剣な顔で冗談を言う裕一を、彩香はおかしな人だと思いつつも、頼もしく感じた。
電車で数駅先の下町に着いた頃には、陽が傾きかけて彩香の身体がイチゴ大福のようになってしまっていた。
駅から商店街に向かって少し歩いたところに、瑞穂堂がある。
「店の親父さんが犯人だったら、どうしようか」
裕一は眉間にしわを寄せ、深刻そうに話す。
「わしがやった、っていきなり言われても困ってしまうわ」
彩香も深刻な表情を浮かべながら、裕一の隣をぷよっぷよっと跳ねながら着いていく。
「確かに、人間を大福に変えられる能力を持っているってことになるからね」
彩香は、瑞穂堂の店主を思い出す。
先週のことでうろ覚えだが、店先に立つのは奥さんで、奥の調理場で餡子か何かを炊いていたのが店主だったか。
遠目に見えた印象だと、魔法使いのおじいさんなんだよ、と言われて信じてしまっても、おかしくなかった。
そんなことを考えていると、二人は瑞穂堂に着いた。
年季の入った外観であるが、みすぼらしいということは全く無い、老舗の威厳というものを感じられる店構えだ。
今日も店先に奥さんが立っていた。
裕一が話しかけようとしたが、巨大大福の姿を見た奥さんは驚いたように口をあんぐりとさせてから、俊敏な動きで奥に引っ込んでしまった。
「――おお、大福の神様がお迎えに来たのか……!」
奥さんに呼ばれたのであろう、瑞穂堂の店主は彩香の姿を見るなり、両手を合わせ跪いてきた。
その隣に、奥さんも同じように正座をする。
「四十年! 大福だけを作ってきたぁ! そのご褒美なのだろうか! あぁぁ……!」
店主は深くしわが刻まれた顔を、さらにしわくちゃにしながら歓喜しているようだ。
「いや、親父さんのところ、水ようかんとか栗まんじゅうも人気じゃないですか」
裕一の指摘も聞こえていないようで、かなり目が逝ってしまっている。
これは、本当にこの店主が犯人なのかもしれない、と彩香は思った。
「大福へのあふれる愛情が、親父さんを凶行へと駆り立てたのか……」
裕一がしみじみとつぶやく。
なぜだか、これで事件は解決しましたね的な雰囲気を感じるのだが、まったく解決していないと彩香は思う。
「どうして、私が大福になっているの?」
彩香は、たまたま先週お店を訪れたただのお客さんだったはずだ。
なぜ、そんな見ず知らずの彩香を大福にしようと思ったのか。
「――はっ! わしは何を……?」
我に返ったように、店主は辺りを見渡す。
おじいちゃん、ボケが始まってしまっているようだ。
「かくかくしかじか、うんぬんかんぬん」
裕一がわかりやすく、店主に説明をしてくれる。
「大福様のことはわからないが、こっちの兄ちゃんはよく覚えているよ」
店主は、裕一を指さしながら話す。
「うちの大福をあんなに幸せそうに食べてくれるなんて、厨房から見てたけど嬉しくなっちゃったね」
そういえば、と彩香は思い出す。
先週この店を訪れたときに、二人で一つずつの大福を買って店内で食べていた。
一つ目を食べたあとで、裕一は追加で一つ、それを食べてさらに一つ、お土産用に三つの大福を、計六個も一人で売上げに貢献していたのだ。
「すまないが、お嬢さんが大福になった理由はわからない……」
店主のおじいさんと奥さんは、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
彩香は、この二人は本当に知らないのだろう、と感じた。
これで嘘を言っているのだったら、和菓子屋の経営を辞めて、オスカーの受賞を目指した方がいい。
素晴らしい第二の人生になることだろう。
「だが、こんなにも大福を愛してくれる人間の隣にいられるならば、お嬢さんは不幸にはならないはずだ」
店主は裕一の肩をたたいて、太鼓判を押してくれる。
裕一も、なんだか恥ずかしそうに頭をかいている。
「もしよかったら、この水ようかんを持って帰ってくれ。これも美味いぞ」
店主はそう言って、袋いっぱいに詰まった水ようかんを裕一に手渡す。
嬉しそうに受け取った裕一は、店主と奥さんと、この店の餡子の素晴らしさについて話している。
「え? 解決……したのかしら?」
なんだかイイハナシ風にまとまった感じが出ているのだが、結局のところ、なにも解決していない。
彩香のつぶやきは、三人の歓談にかき消されていったのだった。
「ごめんね、手間かけさせちゃって」
彩香は残念そうにぷよんと揺れる。
瑞穂堂を出て、彩香と裕一は駅へと向かっていた。
「どうしよう……ずっと大福のままだったら……」
裕一が何かを言う前に、彩香は話し続ける。
怖いのだ、裕一が言うであろう言葉を聞くのが。
こんな大福なんて、隣を連れ歩いていたらどんな目で見られるのかわかったものではないし、大福の呪いが移ってしまうかもしれないのだ。
付き合っていたいと思うのが、おかしい。
「自分の誇れるところが、なめらかさだけの女の子なんて……いやだよね?」
耐えられなくなって、彩香は一人、ごめんなさい、と一大福で先に帰ろうとする。
裕一は、そんな彩香を優しく両手でぷよっと支えた。
「大丈夫だよ、別に見た目で好きになったんじゃない」
裕一の顔が近くて、彩香は気恥ずかしさで紅大福になってしまいそうだった。
しかし、不安な心情を吐露しなければいけないという思いで、言葉を紡ぐ。
「私、明日には生地が硬くなって、かさかさなお肌になってしまうかもしれないのよ?」
一日経った大福なんて、食べたいと思うわけがない。
「心配しないで、瑞穂堂の大福は生地に砂糖が練り込んであるから、なかなか硬くはならないよ」
そうなんだ、お土産にも最適ね、と彩香は思った。
「それでも、明日、明後日……一週間経っても、戻れるか保証なんてないの」
さすがに保存料などが入っていないと、一週間も保ちはしないだろう。
そんな食品添加物まみれの大福なんて、食べたいと思うわけがない。
「最悪の場合、ぜんざいにしてしまえば平気さ」
なるほど、熱い餡子って美味しいものね、と彩香は思った。
「柄崎くん……いいの?」
多くの許しを含んだ問いだったが、裕一は事もなげに頷く。
その何でもないという様子は、彩香の不安をすべて払拭するのに充分なものだった。
「ありがとう……」
ぶよっと大福が裕一に寄り添う。
裕一の学生服はクリーニングに出さなければいけなくなったのだが、二人はそんなことどうでもいいようだった。
翌朝、志村彩香は人間の姿に戻っていた。
実際のところ、何が原因だったのかは定かではないが、志村彩香は自分で思うよりも女の子だった、ということだろう。
それにしても、大福にまで嫉妬してしまうとは、佐伯紗那にも言えないぐらい恥ずかしいことだ。
いろいろ聞かれるだろうが、昨日の水ようかんをあげることで、お茶を濁すこととしよう。
「大福のままでもって言ったけど、やっぱり志村さんは志村さんの姿の方が良いかもね」
裕一は、爽やかに笑いながらそう言った。
「こうして、手を繋ぐこともできないものね」
彩香は、少し頬を赤らめながら裕一の方を見た。
大福だったら恥ずかしくなかったかもしれない、と彩香は思ったが、すぐにその考えを頭から追い出した。
もう大福は、こりごりだ。