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三題噺

作者: はる

  空が陰り 雨がぽたりと頬を打つ

  見る間に広がる黒雲は 嵐の夜を予感させる

  風は生温く 吹き抜ける音は幽霊のよう

  怪物にご注意を 出来れば避けて通りたい

  足元にもご注意を 希望を見逃すべきではない


「何ですかこれ、とうとうポエムを書いてしまったんですか」

 後輩の真子はせっかちな上にアホなので、すぐに謎の勘違いをする。今も私の説明を丸ごと聞いていなかったかのような事を言って、人を小馬鹿にした笑みを浮かべている。脳内がお花畑なのはどちらか厳しく教えてやりたくもなるが、しばこうとしてもジャレられていると勘違いして喜ぶだけなので、私は根気よく説明を繰り返すしかない。

「とうとうって、お前は私を何だと思ってるんだ。そうじゃないだろ、よく聞け、一個ずつちゃんと聞けば分かる、いっそメモを取れ」

 西日の差す教室、開いた窓から入る風は部活動に励む生徒たちの声を乗せ、薄汚れたカーテンをそよそよと揺らしている。私の言葉を聞いているのかいないのか、真子は机に肘をつき、その文章を読み返していた。メモを取るそぶりは欠片も見えない。

「勝手に浮いてくるんだよ、文字が。私が書いたわけではない。その紙もいつの間にかポケットに入っていた。最初は白紙だったんだ」

「お腹すいたんで帰りどこか寄りましょうね」

 悪戯に微笑む真子の顔は、やはり私の言葉を聞いていないように見えた。腹を立て軽くどついてみるも、真子はきゃあきゃあと楽しそうな様子だ。


 学校から少し歩いたファストフード店までの道すがら、二つの出来事があった。一つは、野良犬との遭遇。この現代に野良犬とは珍しい。誰かが捨てたのであろうコンビニ袋に入ったごみに鼻先を突っ込み、がさがさと漁る痩せた野良犬。動物は好きだが、その犬を可愛いとは思わなかった。尖ったような、鋭いような印象を真子も同じく受けたらしい、私の制服の裾を掴み、あっちから行きましょうと迂回を促す。なんとなく、忍び足で、気付かれないままわき道に逸れることが出来たとき、真子は分かりやすく安堵の息を漏らしていた。

 もう一つ、これは良い出来事だ。五百円玉を拾った。真子が見つけ、私が拾う。

「五百円は交番に届けるんでしたっけ」

「面倒だ、貰ってしまおう」

 真子は善人だが、私の横領の提案には賛成らしい笑みを見せていた。我々は都合のいい善人だ。ラッキーでしたねと喜んでいるが、たぶんこいつは元々私に奢ってもらう気が満々だったと思われるので、ラッキーも何もないだろう。


「気付いたんですけど」

 ファストフード店にて。拾った五百円を使いハンバーガーとポテトを購入、二人で分け合ってお腹を満たす。油にまみれた指先を丁寧に拭い、真子はまた謎の詩文を手に取った。

「これ、さっきあった事と被ってませんか?」

 真子が紙を傾け私に見せながら、ここ、と文字を指でなぞっていく。怪物は犬、希望は五百円玉。言われてみればそんな気も、しなくもないような、気もしなくもなくはなさそうでもないけれど。

「空が陰り、雨がぽたりと頬を打つ、見る間に広がる黒雲は……ってもう最初が違ってるけど」

「でも今日、朝にちょっと雨降ってましたし、夜もお天気変わるっぽいですよ」

 こじつけだ……。あとから見れば何とでも言える、占いのようなやり方だと思った。と、言うか。

「私のポエムではないと、やっと信じたか」

「先輩のこと疑ったりとか、私一回もしたことないですよ」

 苦いものを食べたような表情で見る私を、真子はやはり悪戯っ子の笑みで眺めていた。

 不意に。落とした墨が水面に溶けゆくかのように、紙から文字が消え去った。驚いた真子が、思わずつまんでいた手を離す。恐れを含んだ視線の先、白紙に再び文字が浮き上がる。


  暗い暗い影の奥 道は二つに分かれている

  右手には平穏を 左手には穢れと宝を

  どちらか一つ 選ぶことなどできはしない

  宝を取るより他はない 右には犠牲が付き物だ


「おばけだ!」

「おばけって」

「先輩のポエムじゃなかったんですね……」

「おい、謝れ、ほんとはやっぱり疑ってたこと謝れ、おい」

 怒る私を無視しながら、真子は紙をまた手に取り、上から下までまじまじと眺めた。まったく、と私は息を吐き、椅子の背もたれに体重を預ける。ポテトを一本、口に放り込む。塩味のきつさが疲れた心と体に染み入るようだ。ふんふん言いながら文字を読んでいた真子が、きらきらした目をこちらに向ける。

「やっぱりこれは予言ですよ、そしてお宝の場所を示してます」

 真子はせっかちでアホなので、私はその発言に驚いたりはしない。曖昧に笑う私を気にせず、真子は荷物を片付け始めた。残ったポテトをひょいひょいつまみ、ごちそうさまと手を合わせ立ち上がる。

「帰んの?」

「何言ってるんですか、宝探しですよ! 私なんとなく分かっちゃいました」

 興奮した真子に腕を引かれ、無理矢理に立ち上がらされる。今から、とか、遅くなっちゃうよ、とかいう言葉は全て「いいから」で押し切られた。楽しそうな真子に怒ることもなく流されてしまうあたり、私も甘い人間なのだと思う。


 辺りは日が落ち、夏の終わりを薄暗く染めていた。真子に案内されるまま辿り着いた、廃道のトンネル、ここは県の内外問わず有名な心霊スポットだ。率先して宝さがしと張り切っていた真子は今、暗いトンネルを前に私の背に隠れている。なんだこいつと思う私の背後から、怯え震えた声が響く。

「このトンネルの先が確か、田んぼの方へ続く道と、山に入っていく道で分かれてたはずなんです。暗い影ってたぶんこのトンネルですよね? それで、その先を左、山の方へ進めば良いんですよ」

 何が良いのか分からない。じゃあどうぞ、と促され歩き出すも、ぴったりと真子が張り付いているため進みにくい。目の前にはトンネル。夕闇の中に口を開けて佇むも、入る前から既に出口が見えているためそこまで怖くは感じない。

 トンネルの中は、外よりも空気が重く湿っているように感じられた。そこかしこに苔が生え、足元には水溜まりもちらほら見える。

「出ましたかー?」

 後ろから聞こえる真子の声に、こいつ目を瞑っていやがるなと察する。声を無視して歩き進め、すぐに出口へと到達した。心霊的なものには一切出くわさなかったが、入る前より景色が暗くなっている気がした。落ち始めると日は早い。

「じゃあここを、左ですね」

 トンネルから出た途端に真子は元気を取り戻し、先輩である私を差し置きまたもその場を仕切り始めた。あまり気の進まない私の手を取り、真子が山の方へと一歩踏み出す。

「やっぱやめよう……勝手に入っちゃまずいって」

「ダメですよ、ここまで来たらもう山に入るしかないんです。右の道は犠牲が出るって予言に書いてあったじゃないですか」

 もう一つ、来た道を戻り後ろに進むという選択肢が、真子には見えていないのだろうか。ため息をわざと聞こえるように吐いてみるも、効果はいま一つのようだ。まぁ、十五分も探索すれば暗くなるし、汗もかき、真子もきっとお宝より家のお風呂が恋しくなるだろう。諦め、手を引かれるまま歩き出す。


「……あった」

 あるんかい。探索開始からものの数分、怪しい祠のようなものを見つけ、そこに狙いを定めスマホの明かりを頼りに草根をかき分けお宝を探し、お見事、ぼろぼろでありつつもずっしり中身の詰まっていそうな布の小袋を発見した。あの紙が予言であると信じている真子は、土や細かな葉の付いた手を満足そうに見つめている。

「これが穢れと、宝物」

 穢れって言うか、汚れって言うか。

 さて、と私は冷静になり額に浮いた汗を汚れた手で拭う。宝らしきものを本当に発見するにはしたが、流石に祠の傍らに落ちていたものに手は出しにくい。真子もアホではあるがその辺りの良識は備えられているらしく、それを持って帰ろうというようなことは言い出さなかった。日が落ちた、山の入り口辺り。そろそろ生を終えるのであろうヒグラシたちが、暗闇も厭わず鳴いていた。

「帰るか」

「そうですね。あっ、宝物、祠の中に戻してあげましょう」

 真子が布の袋を手に取り、中身を確かめるように軽く上下に振る。それなりの重さがあったらしく、結構入ってますよ、と真子は何故か得意げな顔をして見せた。祠に袋を納め、真子が私の手を取る。足元の悪い中滑らないよう、支えになれということなのだろう。

 大きな影に気付いたのはその時だった。暗い中でも影だと認識してしまう、真っ黒な何か。私が先に気付き、私の視線を追って真子も気付いたようだった。喉をくっと鳴らし、寸でのところで悲鳴を抑える。山の持ち主に出くわしたかと希望的な考えも浮かんだが、人型のシルエットはしているものの、人と言うには何故あんなに大きく黒いのだ。山に茂る木々の中、十数メートル先、こちらに気付いているのかいないのか。気付かれていないことを祈りながら、ゆっくりと、真子を背後に庇いつつ祠の傍らに身を潜める。何分、そうしていただろうか。顔の周りに飛ぶ羽虫を払う気にさえならなかった。しかし、いつまでもこうしてはいられない。

「行こう」

「でも……」

 緊張に息を止めながら、影のいた方を覗き見る。真っ黒な影は、どこかに消えていた。耳を澄ませてみても、虫の音以外は聞こえない。

「あっ、先輩、予言は、予言に帰り方が出てるかも」

 予言……これは本当に予言なのだろうか。いまだに半信半疑ではあるが、それでも真子が少しでも安心するならばと、私はポケットから紙を取り出す。光が漏れないように体で覆いながら、スマホの明かりで紙を照らす。


  頭に咲く柘榴の花 口吻より滴る赤

  手を放し一人で逃げろ その子はもう助からない

  痛ましい少女の死に 悲しんでいる暇はない

  怪物は次に何を狙う 絡んだ視線にまだ気付かぬか


 どこに潜んでいたのか、大量の鳥が一気に闇空へと飛び立った。音に驚く時間は最小に、汚れた手で触れることを申し訳なく思いながら、真子の頭から花の髪飾りを外す。これで頭に花を咲かせた少女は消え、そうしてそれきり謎の文章を理解するのはやめた。文章の意味は分からずとも、真子が泣いてしまっている事は分かる。もう一度だけ耳を澄ます。鳥の羽ばたきが去った後に残ったのは、木々の枝葉や草花の擦れる音。風は吹いていない。草を掻き分け進むようなその音は徐々に早く、大きく、近く……。

 真子の手をしっかりと握り直し、走り出す。振り返らずに、わき目も振らずに。転びそうになる真子を、腕を引いて支えながら。ひたすら、ひたすら。


 人の多い場所まで逃げ、辺りを確認するだけの余裕ができた。肺が引きちぎれるかのような痛みと荒い呼吸の中、行き交う人の怪訝な視線に耐えながら自販機で飲み物を買う。

「鞄、置いてきちゃいました」

 明るいときに取りに行こうと決め、真子を家まで送り届ける。真子は一緒にいて下さいと哀願したが、私は手を振り真子の家を去った。逃げ延びたあと、一人ひそかに確認した、次の予言のせいだった。


  むき出しの腹腔を雨が洗い 濡れた唇の怪物が笑う

  捻じくれた手足は抵抗の痕 逃げることに意味はない

  脳裏によぎる後悔も やがて黒衣の餌となり

  勇敢な者に最悪の死を 臆病者に極上の死を


 私はもう一度狙われる。真子と一緒にいては、彼女をも危険に晒すことになる。

恐れはさほどでもなかった。この予言は、意図して外すことが出来る。少女は死ななかったし、私は真子の手を離さなかった。

 拾った角材を肩に当て、人気の少ない場所に立つ。来るなら来い、やれるもんならやってみろという気分だった。

 ひたすらに、待つ。数分、数十分が経過し、緊張と集中力が薄れてきた頃。時間を確認するために見たスマホに、真子からの連絡が入っていた。

『先輩大丈夫ですか? おうち帰ったら電話ください』

 その後もしばらく待ってみたが、何者かが襲ってくるような気配はなかった。何だか馬鹿らしくなってきた。予言、予言って何だ、よくよく考えたら最初から、真子のこじつけで当たっているような気がしていただけじゃないか。山の変質者はあとで警察に通報して、この紙は……分からん、何だこの紙、どんな原理だ。

 角材を足元に捨て、夜空を仰ぐ。星が見えていたはずの空が陰り、雨が一粒、ぽたりと私の頬を打った。

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