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朽ちゆく御手 7

 俺が使う銃弾は作ろうと思えばだれでも作れる一般的な魔術弾である。言ってしまえばそこら辺に転がる小石、いや埃と同じだ。

 一方クロード卿の呪いは凄まじいものであり、見ただけでワクワクするものだった。


 で、問いだ。


「エル、あの銃弾であの呪いが砕けると思うか?」

「無理ですね」

「だろうなぁ」


 公園のベンチで溜息をつけば、エルがにっこりと笑う。嫌味だと分かる程度の慇懃さが感じられ、非常にウザイ。

 あの戦いが終わった翌日である。今日も生憎の薄曇りであり、こいつの陰気さもいつも通り。

 何時も出ないものと言えば、反対側で絶望に染まっているスピネルだけだ。


 現在、話を聞いて機能停止している彼女は、どうもあれで解決したと思ったらしい。


 謝礼を持ってくるからと呼び出されたので、イヤイヤまた仕事途中ですよと言った途端、これである。

 現在の時刻は、十時四十六分を過ぎた頃。優に十分はあの状態で、ピクリとも動かない。

 今だったら銅像のフリとか言って大道芸の真似事をさせられるかもしれない。近場の大通りの真ん中にでも設置してみるか。


「あ、あの……呪いは解けていないって」

「設置は取りやめか」

「え? 何を」

「何でもない。呪いの話だな。昨日のあれは恐らく呪いの末端だ。ただの雑兵であり、捨て駒。呪い本体ではない」

「本体って、呪いはそんなに複雑なものなんですか?」

「魔術的に見たなら人間よりもずっと進化した存在だぞ」

「それは、どういう事ですか?」


 それを語るにはかなりの時間を要するが、まあざっくりと語弊を恐れずにまとめるか。

 

「呪いは魔力の塊であり、意思の断片でもある。言ってしまえば魂の成れの果てだ」

「それは分かります」

「そうか。ならその呪いは時には互いに干渉し、融合して肥大化することもあるって知ってたか?」

「いえ……」

「意思の断片だからか同じ性質だからか、奴等は集合する。魂の集合体と言っても良いそいつらは、時には災厄すら引き起こすのさ」

「魂の集合体? ってそれって」

「ああ、神の成り立ちに近い」


 一つの特殊な魂。そこに信仰という魂の断片が付与され、彼の者は偉大な力を得ていた。

 多神教であれ一神教であれ、それが信仰と奇跡の正体である。少なくとも現在の魔術学ではそれが定説とされている。

 神学よりの魔術学派からは異端認定されて、学会は大いに荒れているそうだが……そこはそこで勝手にやってくれ。


 とはいえ、彼女にとっては神学も魔術も関係なく、知らない知識には素直に興味が尽きないらしい。

 あからさまなまでに目がキラキラと輝いている。こいつ、知的好奇心の塊か。


「あー……因みに悪魔も魂の集合体だぞ。あれは契約者の魂を取り込んでる形だが」

「そうなんですか。あれ? でもそう言えば魂の集合体って魔力の流れでも」

「そうだ。この星を駆け巡る魔力の大奔流、『魔力の根源』も元を辿れば人間や生物の魂だ。死んだ後、断片が星に蓄積されている、という説が有力だな。言うなれば、石油や石炭と変わらない」

「へえ。という事は魔力の流れから人の意識を呼び覚ますことも出来るって事ですよね?」

「理論上は、出来る……こともないかな。交霊術やシャーマンと言った技術もその要領だろう。ただ、魔術学的にはまだ立証されていない。いや待て。立証する気もない、が正しかった」


 星をめぐる奔流や、そこから外れた集合体。そう言ったものを資源として利用するのが魔術である。

 そこに人格を見出し、交流しようとするのは魔術の範疇ではない。オカルトの部類だ。

 考えてみて欲しい。石炭に話しかけるような奴など、頭が狂ってるとしか言えないだろう。


 が、彼女はどちらかと言えば頭が狂ってる派らしい。


「でも、立証されたら凄いですよね。過去に居たと言われる伝説の魔術師『凶星』とも交信できるって事ですよっ」

「いや、有り得ない。あれは眉唾物の、いわば神話だぞ」

「でもでも、だとしても、全てを焼き尽くす権能で神代の戦争を終わらせたって言われる人です。話は違ったとしてもきっと凄い人ですよ」

「……そうか?」


 そもそも居るかも分からない人間な上、伝説が真実なら人とも思えないのだが。

 太陽神アポロンやら神々の王であるゼウスとお話ししたい、なんて考えないだろう。倫理観が違い過ぎて妙な事に巻き込まれるのがオチだ。


「まあいい。話をまとめると、クロード卿は呪いが寄り集まったものに取りつかれてて、俺が倒したのはその一分だけって事だ」

「あ、そうだ! 師匠はまだ呪われてるんですね!」

「……あー。うんそうだなー」


 知的好奇心で、何もかもを忘れてたな。こいつ。

 学者肌の片りんが見えた。これは親の死に目にも会えないに違いない。


「で、だ。こういう場合は呪いの発生源を突き止めるに限る。エル」

「はい、エフィム様」


 先日エルに探させていた例の研究者の資料。それを受け取るべく左手を出して、ズンっと衝撃が走って思わずベンチからこける。

 見れば、俺が予想していたものよりもずっと分厚い紙束。

 もはや紙束ではない。ただの重りだ。


「お、おい。昨日はもっとスリムだったぞ。この資料」

「時間がありましたので範囲を拡大して調べ直しました。これがクロード卿の研究と競合する研究者です」

「クソっ。エル! 持ってろ!」

「はい。引き抜けないんですね」


 ああそうだよ。全くびくともしない。無理に引っ張れば手じゃなくて肩が抜けそうだ。

 だがだとしてもそんな憐れみの視線を向けられる謂れはない。

 そしてスピネルも、残念そうな人間を見るような目で見てくれるな。


「はい。持ちました」

「よ、よし。それで……怪しくて、直ぐに面会できる奴は誰だ」

「それなら既に五人ほど検討を着けています」

「なら直ぐに行こう。のんびり肌を焼くような天気でもないしな」


 と、立ち上がったが脚が動かなかった。正しくは、肩を掴まれて止められた。

 きちんと覚えておこう。スピネルという存在は、意外と力がある。


「どうしたんだ?」

「私も付いていきます」

「クロード卿はどうする?」

「今日一日は休みと言われました。見て分かりませんか?」

「見て?」

「私服です」


 ああそう言えば私服だ。ジーンズとジャケットという、一般的な若者風ではある。

 ただし、銀髪が異様に目立つのは如何なものか。人のことは言えないが。


 しかし……休みか。


 あの一件の後で休みを取らせるのは何か裏がありそうだが、中々理解し難いな。クロード卿が何を考えているんだろうか。

 スピネルが襲われるところを見て、安全な場所に逃がしたいと思ったか。いやそれならば彼女を実家に帰せばいいだけだ。他の錬金術師に預けるという手もある。

 では、一人で何かコソコソとやりたいことでも。それも否だな。そういう秘密主義ならばそもそもスピネルを置くことはしなかったはずだ。


 ……あー面倒くさい。あの老人の思考を推察するのも億劫だ。今は呪いの事だけを考えよう。


「スピネル、運はいい方か?」

「運ですか? それはどうして?」

「何百分の五の確率が当たったら、俺はとても楽になるからだ」


 一つ伸びをして空を見る。太陽に願掛けすれば少しはマシになるかとおもったからだ。

 が、相も変らぬ曇天模様じゃ太陽に願掛けすることも出来ないな。この町が青空の下に晒されることは、永久にないらしい。



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