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朽ち行く御手 2

 魔術や錬金術は現代社会においても尚も根強く生き残っている。そう言うと大きな語弊を生むだろう。

根強くではなく根深く。生き残っているわけではなく大部分が隠れているだけ。


我々魔術師は多くの結社や同盟を組みながら、水面下で力を研鑽し続けていた。

科学が発展しようとも政教分離が進もうとも、魔術は意に介さなかったのだ。


「しかし……これを水面下と言っていいのだろうか?」

「私は水面下と言う言葉に、コッソリ、影ながらという言葉も連想します。その観点から見れば、これは水面の上にあるのではないでしょうか?」


 エルの賛同も得られたことで、結論付けよう。


「ならこの豪邸は違うな。ここは水面上だ」


 確か、ここの国は古い物件であればあるほど価値があったはずだ。だとしたらこの古めかしい家は確実に高級住宅と言える。

 それなりの広さのある庭と二階建ての建造物。木の柱や梁をフレームにモルタルやレンガを嵌め込むあの作りは木骨造りだろう。

 木と石で作るステンドグラスは、歴史に残すだけの芸術性を備えているように見える。いや、確実にそういった類の指定を受けている。


「で、この豪邸の門はどうすれば開くんだ。守衛も使い魔も居ないんだが」

「お忘れですか? 現代はインターフォンというものがあります」

「勿論知っている。……でもインターフォンが見えないぞ」

「そうですね。子供には見えない位置にありますから」

「気付けないなら忘れるも何もないだろ。さっさと押せ」

「はい」


 エルが押し、ベルの様な音が鳴り、暫し待つ。

 待って待って……一分、二分。ああ、カップ麺が出来上がりそうな頃合いだ。

 更に鳥もチーチー鳴き始めるが、邸宅に変化はない。

 黙殺したように、誰も来ない。


「はぁ。これだから科学は駄目なんだ。壊れてるじゃないか」

「壊れているとは限りませんが、魔術で合図しますか?」

「そうだな。そっちの方が確実だ」


 エルがふっと手を振ると、一瞬世界がぐらついたような錯覚。

 魔力の波を投げかけて合図を送る基本的な術だ。が……


「合図が大きすぎじゃないか?」

「何処に居るか分からないのです。この程度で良いでしょう。それに、来ましたよ」


 豪奢で古びた扉が開いて、現われたのも古めかしい存在だ。

 セーターを着た老人。杖を突き、丸い大きな眼鏡をかけている。

 何処にでも居そうな風貌ではあるが、成程、魔術的に『視る』と彼がどれだけの事を成してきたか分かる。


 骨身にまで染み付いた魔術の匂い、蓄積された魔力が周りをざわつかせる様。納得だ。噂通りだ。

 俺は彼がどんな人間か知っていた。会ったことはないがずっと深く理解していた。

 それだけ彼の名声は轟いているのだ。この豪邸に住んでいると知っても、住所を間違えたとは思わない程に。


「あれが、錬金術界の最先端を走る『大老』か」

「『卿』と称されるほど威厳があるようには見えませんね。見た目だけは」

「ああ、脚も悪そうだ。見た感じでは」


 お互いに、見た目以外の異質さを感じ取りつつ、彼が来るのを待つ。

 老人が門に来るまでおよそ数秒。老人は好々爺と言った笑みを浮かべて手を上げる。


「すまないね。ここ最近は膝が悪くなってしまって」

「構いません。クロード卿」


 クロード、生物錬金術の第一人者と言っても良い存在。

 技術を秘匿しがちなこの業界において、多くの知識と論文を公開しているという奇特で稀な善人。

 その業績は、生体に関わる錬金術師は全て彼の弟子と言われるほどだ。

 俺も生物錬金術を齧ったことがあるから、一応弟子の一人である。実感が湧かないが。


「お目にかかれて光栄です」

「はは、こんな老人を見ても栄誉にならんよ。私が書いたものは為になると自負しているがね。見てみるかね」

「是非」


 老人の誘いに乗って芸術的な豪邸の中に入った。

 内装も随分と拘っていて、高級木材の赤い滑らかな木肌が鮮やかな調度品の数々が出迎えてくれた。

 これだけ揃えるのにどれだけの札束を重ねればいいのか、想像すらできない。


 しかしこんな素晴らしい椅子や机を利用することは金輪際ない事だけは確実だ。素直に座って感触を楽しんでおこう。


「いい椅子ですね」

「そうだろう。と自慢をしてみたが、実はこれは贈り物なんだ」

「贈り物?」

「仕事の関係で貰ったのさ。お礼という名目だが……与えた以上のものを貰ってしまったよ」


 そう言いながら書棚の方から紙束を数冊取って、机に並べる。


「私が今興味を持っているのは人の魂。魔力と意志の集合体について」

「魂……というと例の問題ですか」

「そう。魂の衰退についての論文だよ」


 魂というのは生物には勿論、物体にも宿っている。この世の真理とも言え、それを操る事こそが魔術の本質と言って憚らない者すらいる。

 あるいは魂は全て、地球という大規模な魔力の流れの一端に過ぎないというものもいる。

 何方にしろ、問題はその魂が人間のものだけ劣化していっているという所だ。


「最近は凶悪犯罪も増えていますよね」

「その多くは経済的な困窮や教育の不備によるものだが、人間性の喪失というのも確実にあるだろう」

「人間性の喪失、魂の劣化。その弊害が出ている以上、いよいよ急務になってくるかもしれませんね」

「いよいよではないよ。最早、今やらねば手遅れになる段階だ。それほどの危機感を私は感じている」

「成程。そう言えば、噂ではありますが何処かの連盟も魂の補完という研究を始めているようですね」

「『トリフリソス』だろう? 魔術師、星詠み、錬金術師。その名家達が作る一大勢力。それが遂に動き出したのなら、十八世紀頃から確認されていた問題に対し、いよいよ超党派が築かれるかもしれないね」


 その想像をしてか嬉しそうに微笑んで、キャビネットから煙草とパイプを取り出す。

 この匂い、吸わない俺でも分かる。魔術的なものだ。何であるかは定かでないが……。


「あ、煙草を吸っても良いかな?」

「構いませんよ。エルも喘息持ちではないので」


 それに彼は既に煙草をパイプに詰めている。今更駄目ですとも言えまい。

 俺の友人曰く、一度詰めた草は燃やすか捨てるかしかない、と言っていた。それが事実化は分からないが、それだけ刻み煙草は繊細なんだろう。

 が、そんなパイプ飲みの機微を分からない存在が一人。


「あ! 師匠また煙吸ってますね!」


 声と共にドンっと扉を吹っ飛ばしたのは、恐らく魔術だ。そしてその風の流れに乗る様に入ってきた女性がパイプを取ってポケットに突っ込んでしまった。

 いや、女性というには幼いな。長い銀髪が特徴なのだが、何故か時代錯誤なメイド服を着ているのが気になる所。

 しかし一番気になる所は、自分のポケットが草まみれになるという事を想定していなかった、その知能だ。

 さて、自身の風魔法で髪を振り乱し、煙草まみれのポケットに顔を歪ませ、『大老』を師匠と呼ぶこいつは一体何者だ。


「し、師匠っ。身体が悪いんだからお酒も煙草も駄目なんですからっ」

「分かったよ。スピネル。だけどお客様の前だ」

「え? あ、すみませんっ!」


 俺達にやっと気づいて一礼するが、これはどうも動きの全てがドタバタして仕方ないな。

 その長い髪で鼻っ柱を打つ気か。頭を勢い良く振り下ろすな。その銀髪は武器じゃないんだろう。


「……ってもしかして!?」


 だからと言って振り上げろとも思っちゃいないのだが。顎を掠めたぞ。


「ひょっとして呪い払いの人ですか!?」

「呪い払い? 彼は私の研究を聞きに来た人じゃないのか?」

「? 依頼主はクロード卿ではないのですか?」


 ……三人が暫し顔を見合わせて、微妙な空気が流れる。

 成程、俺もクロード卿もどうやら勘違いをしていたらしい。そして彼女も……


「お願いします! エフィム様! 師匠を助けてください!」

「すみません。エフィム様は私ではなく彼です」

「へ? このちっこいクソガキが?」


 どうやら俺をクソガキと勘違いしていたらしい。

 科学や魔術に頼らずとも分かる。こいつと俺は相性が悪いな。さっさと依頼をこなして帰ろう。


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