晴れた日の雨
「また雨だ...」
その日この街は大地震に襲われた。
07:00
「ミク!早く起きなさい。今日は7時に起こしてって言ってたじゃない。」
「ん...」
「ご飯できてるから食べて頑張りや。」
寝起きの悪い私は用意されたご飯を食べに向かう。私は朝の10時30分からアイスホッケーの試合がある。
「今日は仕事で観に行けないから勝ったら連絡するんやで!あ、それと雨降ってるから傘忘れなや!」
そう言って母は仕事に向かった。私は母と二人暮らしだ。寂しいリビングに向かって
「いってきます!」
元気な声でそう言って私は傘を片手に家をあとにした。
10:00
電車に乗り2時間揺られ、目的地に着くと、よく来るスケート場の近くの川辺にチームメイトが集合していた。コーチが私に
「いつも遠いのにありがとうね。今日も頑張ろう。」
と声をかけた。そう、私の家はこの近くではない。ほかのチームメイトは全員近くに住んでいるのでスケート場は近いのである。雨が降っているにも関わらずみんな外で私を待っててくれた。まぁ私が10分遅刻したのが悪いのだが。
「じゃあ、全員揃ったから会場入ろっか!」
コーチがそう言い、通い慣れたスケート場に入ると、氷の上には緊張した選手たち、観客席には誰の友達か親かわからない人が200人ほど。地区大会の決勝戦にしては人が少ないな。それに反して今日の私はコンディションが良い。
「よし。」
あとは試合に勝って母に連絡するだけ。
10:30
試合の合図だ。よく動ける。シュートも入る。私はコースを見極めながらゴールにパックを川辺を優雅に羽ばたく鳥のように滑空させる。30分3ピリオドのうち1ピリオドが終わり、2-0で勝ち越している。
「この調子で最後までいけば優勝できる...」
13:30
試合が終わった。私はチームメイトと氷の上を駆け回っていた。4-2というスコアでスコア盤は止まっていた。私たちは優勝を手にしたのだ。
13:33
氷の上で駆け回っていたはずのミクは滑り慣れているはずの氷の上で転けた。
「試合終わって緊張が解けたんだ。」
ミクはホッと一息ついた。だがそうではないことがすぐにわかった。地震だ。それも大きい。突如来たそれは全員の脳を白色のペンキで塗りつぶした。
13:46
気がつけば、辺りは静まり返っていた。何が起こったのかわからない。このスケート場にいる全員負傷者はいるものの無事生きている。
「生きてる...」
ミクはそう思った瞬間、真っ先に母に電話しようと考えた。
「なんで出ないの...?」
不安になり、母に電話したがかからない。余計に不安になるが電波が悪くなったのだと勝手な解釈で済ませることで落ち着きを取り戻そうと思った。
14:20
スケート場の人々は会場から出てすぐの川辺に集まっていた。外に出ると木が倒れ電柱が倒れ民家が壊れて近くに避難した人々、何もかもが見たことのないものになっていた。状況が把握できなかった。地震が起きてから40分は経っただろうか。
「少し落ち着いたことだし、みんな一度家に帰って自分の安否を知らせてこい!!」
コーチは、次来るとしても先ほどみたいな大きな地震は来ないだろうと確信したかのように、そう言ってみんなに家に帰ることを勧めた。私以外のチームメイトは家が近いというのもあり、すぐに家に帰り、家族の安否を確認しに行った。客席にいた人も着々と帰っていく。
14:50
「雨止んでたんだ。」
雨が止んでることにすら気付かず傘をさし続けていた私は母の安否を確認できなくて不安な気持ちで溢れていた。不安だけが積もっていく。私が帰れないことを知っているコーチは私の隣で静かに座っていた。本当に優しい人だ。以前電車が人身事故で止まった時も私が帰れないとわかっているからか、近くのカフェで運行が再開するまで時間を潰してくれた。
「心配になる気持ちはわかるけど、今は無事だと思うことが大切だよ。お母さんも絶対心配してると思うから。何かお話でもする?」
「ううん。大丈夫。コーチも心配じゃないの?」
コーチも家族のことを心配してるとわかってるのに質問してしまった。
「そりゃ心配さ。けどまた一緒に笑って過ごせると思って心配と気持ちを押しのけてるんだ。大丈夫、大丈夫だよ。」
コーチのその言葉に優しく包まれた気がした。
14:57
「おかけになった電話は、電波の届かないところにある、又は電源が入っていないためかかりません。」
お決まりのアナウンスだけが川辺に聞こえる。私は電話をかけるのをやめた。
「あ、そうだ。」
メールなら届くんじゃないか?そう思い文章を打った。
''お母さん無事?私は怪我も何もないよ!このメール見たら返信して!!''
メールを送り返信を待つ。
13:33
「え、地震!?」
ミクの母、アキコは仕事場である病院にいた。この時間帯は診察よりもカルテなどの書類を整理したりしているらしい。だがその書類も花びらのように舞っている。バランスを保てないアキコは机の下に潜ることすらできない。
「ミク...!!」
こんな危険に陥っても頭の中はミクのことでいっぱいだ。母は偉大だ。
「危ない!!!」
仲間の看護師の声が聞こえた。
15:40
気がつくとアキコはベッドの上にいた。
「昼寝しちゃった...」
アキコは仕事の休憩中に寝ちゃったのだと思った。しかし次の瞬間全てを思い出した。
「そうだ、私あの時本棚の下敷きになって...」
「アキコさん!目が覚めて良かった。怪我大丈夫ですか?」
仲間の言葉で左腕に大きな痣が出来ているのに気がついた。
「痛い...」
よくあることだ。怪我を見たら痛くなるやつだ。
「ミク!ミクは...!!」
枕元に置いてあった携帯に手を伸ばした。そこにはミクのメールアドレスから一件のメールが届いていた。
「良かった...。」
メールを送り安否を知らせる。
15:47
ミクは不安を押し殺しながらコーチと共に陽の当たる川辺で待っていた。電波が復旧したことにも気づかないまま時間だけが過ぎた。
15:56
画面には、"お母さん"という文字が書かれたメールが一件。
「お母さんからだ!!」
「早く返信してあげなさい心配してるだろうよ。」
優しく声をかけてくれたコーチに目もくれずメールを見る。
"電話もありがとうね。メールが届いているってことは試合に勝ったんだね。
お疲れ様。そして優勝おめでとう。"
無事を知らせるメールだと思っていた私は予想外の言葉が綴られているメールを見て一瞬止まった。そしてすぐに我に振り返り、
「無事だったんだ...」
私はおめでとうと言われたことよりも母が無事だったことを知れたおかげで平常心を取り戻し、空を見上げた。空には、道に迷った私たちを照らすかのような輝きを放つ太陽が、朝から降り続けていた雨を渇かせながらこちらを見下ろしていた。
「こんな日でも、あんたのおかげであったかいじゃんか...」
私は太陽が全ての不安と恐怖を取り払ってくれた気がした。
「また雨だ...」
その日この街は大地震に襲われた。
晴れた日の
私の足元にだけ
雨はまだ
降り続いていた。