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浮浪鈴の記憶喪失

靄の正体を突き止めるため機械人間のリクに相談する浮浪鈴。彼が疑問に思っていることの中心に、義姉の存在がある。しかし、事態は単純なものではなかった! SF小説始動!

 浮浪鈴はずっと目が悪くなった原因を知りたいと願ってきた。耳を敏感にして、一番怪しいと思ったことと言えば、義姉の対応が早かったことだろう。

「銀色の靄みたいな何かですか?」とリクが浮浪鈴の言葉を反復した。

義姉は何かを知っているんじゃないか。義姉の家にお邪魔することになってから、時たま見える銀色の靄が、何かの音に触発されて脳内で映像化されているとしか考えられなかった。

「おれの気のせいだと思うけど」

「気のせいじゃないかもしれません」とリク。義姉が鼻をならした。

「最近のニュースで気になる記事とかありませんでしたか?」

浮浪鈴は咄嗟に昨日聞いたニュースの記憶をひねりだそうと、頭を抱えた。

「・・・そういえば、リクの言っている記事かどうかは分からないけど、英雄広場の裏手にある大きな公園で人が亡くなったって言ってたな・・・」

 一キロ平方メートルの大きな公園で、その公園にある池の中島には有名なヴァイダフニャド城が建立している。市民公園だとニュースキャスターが言っていたのを思い出した。

「その記事です。市民公園の中には池があって、冬になるとそこがアイススケートリンクに様変わりすることで有名ですよね。ちなみに僕たち今そこにいるんですよ」とリクが言ったことに浮浪鈴は息をのんだ。

「え、でも、どうして?」と動揺をあらわにせざるをえなかった。

「上からの指示ですよ。ここに来いっていう。今の世の中人が死ぬなんてあり得ないんですよ。それもこの市民公園でね。そして人の死をわざわざテレビを通して、伝えることもおかしいんです」

 リクの声は人が変わったようだった。でなければ気でも狂ったのだろう。心優しき少年という姿が一息に瓦解した。義姉のため息が聞こえた。呆れてものも言えない、というところだろうか。正直、おれもそうだよ、と浮浪鈴は思った。「ありえないってどういうこと?」

「人と呼べる存在は限りなくゼロに等しい。さらに人は自ら人の寿命を決めるようになった。人が勝手に誰も知らないところで死ぬことはなくなったんです。なのに、人が死んだという報道がされたのには、きっと理由があるというわけです」続けてリクは言った。「人を模した何かが死んだんですよ」

 リクの話を聞いていると、右隣に座っている義姉のほうから、銀色の靄が見え始めた。視力回復の兆しなのかもしれない、と最初は思っていた。しかし、どうして人の形に沿って見えるのか、どうして義姉だけなのか、分からないのだ。

「じゃあ、あなたはこの市民公園を調査しにきたってこと?」と義姉の黒理愛が口を開いた。

「そうとも言えますが、同時にそう断言できません」

「俺たち二人の付き添いの仕事もあったからってこと?」

「ええ、そうです。知りたいことがあったんです。浮浪鈴さんとその義姉である黒理愛さんについて。つまり、この市民公園で起きた殺人事件とあなたたち二人の調査が僕の目的だったということです。・・・ついさっき目的は達成できましたが」

「どうでもいいけどお金はくれるのよね?」と黒理愛が口を挟んだ。声に苛立ちが混じっている。

「どうしてそんなにお金が欲しいんですか?」と煽るようにリクは尋ねた。

「生活に困っているからよ」

浮浪鈴が居候している義姉の家がお金に困っているのは確かだ。義姉がその困窮している現実をなるたけ気にしないように言ってくれることが、彼女の心の広さと優しさを証明してくれるものだった。しかし、今義姉からそんな余裕は感じられなかった。

 リクは「違うでしょう? 浮浪鈴の義眼を見える目にするためでしょう?」と声を低めて言った。

おれの目を見えるものにするため? そんな馬鹿な! おれの目はもう一生治らないと医者に言われたんだ。いくらお金があったとしても、原因がわからない以上・・・もしかして原因を義姉は知っているのかもしれない。義姉が原因なのかもしれない。思い出せる不思議なことがいくつかある。いつも義姉のぼそぼそと言う独り言が聞こえる度に、決まってあの銀色の靄が見え始めるのだ。

 黒理愛は黙ったまま何も言わなかった。リクは追い打ちをかけるように言った。

「黒理愛さんは明日になれば浮浪鈴の目が急激に良くなることを知っている。だから、怪しまれないようにお金を稼ぎ、浮浪鈴の寝ている隙に病院に連れて行ったことにして、手術したから治ったように見せかけたかったんですよね」

 黒理愛は「ええ、そうよ。・・・わたしに与えられたのは人の視力を上げ下げできる超小型装置。これを使ってどうにか生きのびようとしたにすぎないわ。だって記憶を戻されれば、彼にはわたしを殺すことなんて造作もないんだから!」

「ほう。あなたは気づいていたんですね。彼がスパイで記憶を操作されていることに」とリク。

「あなたはどっちの味方なの?」と黒理愛は疑念に満ちた表情で尋ねた。

「味方も敵もありません。僕はアンドロイドであなたはアメーバ、そして浮浪鈴が人間だといいう確信が得たかっただけで、今はまだ保留ということで勘弁してほしいですね」とリク。「わたしがアメーバ? やめてよ。何の冗談?」リクは事務的な対応をするように言った。「浮浪鈴の頭には目の前にいる存在がアメーバだと反応するチップが埋め込まれてるんですが、彼があなたに見たという銀色の靄はその影響だと考えられます」

「冗談でしょう」と一言呟いた黒理愛は瞬間鋭い目つきでリクを射貫いた。「ふふ、どっちがアンドロイドなのか・・・もう分からないわね」

 浮浪鈴は今の会話を、わけの分からないことをのべつまくなし話しているとしか受け取れなかった。会話が終わり、二人の声が聞こえなくなった。

リクはポケットから金貨を取り出した。「どうするの?」と黒理愛が尋ねると「彼の視力を元に戻してください」とリクはこたえた。

 浮浪鈴に視力が戻った。どぎついグリーンが目に入り、まぶしさに目がくらんだ。「うっ」と唸った後、チラッと金貨が見えた瞬間、浮浪鈴はうつ伏せに倒れた。

「これで彼の記憶は白紙に戻りました」

リクはベンチから立ち上がり、池の中島にあるヴァイダフニャド城を見た。「あれ。有名な画家の展示会場としてわざわざ建てられたらしく、すぐに壊す予定だったらしいんですけど。どうして、今も残っているんだと思います?」

「勿体なかったんじゃないの」黒理愛は興味なさげに呟いた。リクが浮浪鈴を背中に担ぎ上げたのを見て、彼が家に来たとき優しく接していた自分が好きだったなあ、と思っていた。それは彼と離れることの感傷を味わいたくなかったから。

わたしはいい人間じゃない。ただ優しい人間しか演じられない。そういう性分だったからだ。

「綺麗な建物だからと、観光客がよく見に来るからだそうですよ。僕も好きです。友達とよくここに来ます」とリクが明るい口調で言った。緊張が解けたとでもいうのだろうか、リクの態度が豹変したように感じる。急に関係のないヴァイダフニャド城の話なんてどうして今持ってきたのだろうと黒理愛は違和感を覚えた。しかし、今自分にそれを考慮している余裕はない。

「アンドロイドにも美的センスがあるんだね。それとも人間が作ったものへの嫉妬かな」とせせら笑っておいた。そうだ。こうやって笑っている自分が本当の自分なんだ。馬鹿にして笑っていると、本当に清々しくていい気持ちになる。これがわたしなんだ。黒理愛は心底そう思ったのだ。

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