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フローベルの接合

フローベルがバラバラになったところから物語は始まる。

 パットはグロリアが車に乗って走り去っていくのを見届けたあと、フローベルの死体に駆け寄った。パットは彼の体を拾い上げ、手持ちの鞄がなかったのでポケットにすべて突っ込んだ。パットは額の汗を拭った。そういえば最近髪の毛をカットしていない。もしフローベルが今の私を見たなら切りそろえられた前髪を見て驚くだろう。今は綺麗に切りそろられる余裕がなく、もどかしい思いが私の胸にわだかまっている。神経質だと彼は言うだろう。しかし、何かにこだわったり、固執したりすることの何が悪い。何かと悪く言いたがる癖が彼にはあった。パットはガムに招待された客室に戻ろうと思った。私の心を落ち着かせるものが欲しかった。何でもいい。エレベーターは黄金に輝いていた。いい趣味とはいえない。パットはこのエレベーターに乗り込むのも何回目だろうと考えていた。行くことのできる階のボタンは緑に光り、その黄金に目を充てられていても押し間違えることはない。このボックスから外に出たとき、そこが本当に私が行きたかった場所なのか分からないときがある。閉じ込められて何も見えない状態で運ばれるなんてどうしても恐怖を感じずにはいられない。私は私の足で踏んでいる地面なしでは生きている心地がしないのだ。パットは呼気が粗くなるのを感じた。エレベーターの鏡に手をつくと、鏡が曇った。エレベーターにはどうして鏡があるか知っているか? エレベーターというくそったれな閉鎖空間で自分の顔色を確かめる為だ。自分がどんな顔をして身動きが一切とれない豚箱の中に入っているのかを知る為だ! パットは鏡をみて目の下に隈があるのを知った。パットは前髪を揃えようと、一本だけ飛び出た髪の毛を軽く引っ張った。根元に痛みが走った。引っこ抜かれる雑草たちもそれ相応の痛みを感じているのだろうか。私は剪定などやったことがないので剪定の常識ももちろん非常識も持ち合わせていないのだ。下手に口を挟めば、私は自分が正気なのか狂気なのか区別がつかないことになってしまう。鏡を見ても自分が正気なのか知りようがないのを私は自覚しているじゃないか。鏡から手を離すと、鏡にくっきりと手形に曇っていた。もういっそクリアに見えてしまう景色すべてを私の手で曇らせてしまいたい。そうすれば見たくないものは見なくて済む。パットはポケットからフローベルの部品を取り出した。これだ。フローベルをバラバラにした奴はアメーバだった。グロリアのことを外見だけ知っていたなら良かったのに。何も内側も知る必要はなかったのに。

 パットの頭にグロリアを始末する選択肢が浮かんだとき、エレベーターが停止し、扉が開いた。扉の外に出ると、ガムの所長室だった。ここじゃない。私はガムの所長室に行きたかったわけじゃない。私が行きたかった所は私とフローベルが泊まった客室だ。

パットは所長室に足を踏み入れ、誰も見当たらないことに不信感を抱いた。パットの前にバラバラになったアンドロイドの体が散らばっていた。何者かに破壊されたのだろう。頭は消し飛び、正体不明のアンドロイドと成り果てたものがフローベルを再生させる足しになるかもしれないと、パットは思った。再びフローベルを人間としてではなく、主に忠実な犬として復活させる機会がもたらされたのだ。

パットはツヤツヤに磨き抜かれた床から懸命に散らばった部品を拾い集め、それらをガムのデスクの上に並べて置いた。機械のこすれる音のみが鳴り響くとパットは自分一人しかこの世にはいないのだと実感するようだった。実際、一人なのだ。もう永らく私は人間と話しをしていなかったのだ。フローベルがアンドロイドだったことに気づかなかったことがパットの脳裏をチラチラとかすめていく。しかし、何か作業に熱中していると一人の寂しさは紛れてしまう。パットはバラバラになっていた部品をすべて集め終え、フローベルの部品もデスクの上に出した。部品を接合し、再びフローベルを生命あるものとして復活させるのだ。フローベルは破壊され、塵と化した部品があるのだが、その欠けた部分をガム所長室に散らばっていた部品で補おうとパットは考えていた。

 接合することに技術はいらなかった。ガムのデスクを漁ると、それと分かるほど大量のアンドロイドに関する資料がでてきた。紙面には文字がずらりと並んでいたが、私が読む必要はなく、すべて端末が読み込んでくれる。そして端末が読み終えたあと、私は端末の指示に従えばいいだけの実に簡単な作業なのだ。だからこそ、手間も暇もかからなくなったアンドロイドの精製にパットは何の感慨も抱かなかった。フローベルがたとえアンドロイドであったとしても人間ではなかったとしても、パットにとってただ知らなかったことを知ったというだけの話だ。そこからフローベルを嫌悪する方向に派生することはない。もはや依存といってもいいのかもしれない。依存と言い換えれば、まるで正気じゃないみたいだ。まさに私にぴったりじゃないか。そうだ。パットは端末が読み終えた情報にざっと目を通した。私は今人間としての魂をかつて持っていた者たち二人の体を接合しようとしている。一体『彼』が目覚めたとき、どちらの彼なのだろう。これは外見の話ではなく、内面の話だ。パットは顔をフローベルに固定するよう端末に入力した。頭の潰れていたアンドロイドの顔を知ろうと思えば専門の解析器が必要だ。生憎パットの端末に特殊な機能は付いていなかった。パットは腕をまくり上げ、端末を耳に引っかけると、気合いをいれるために息を吐き出した。

 パットがその掌に残骸をのせ、鼻に近づけると独特の生々しい臭いがした。もし人間に嗅覚しかなければ、アンドロイドと人間の区別はつかないだろうとパットは思った。アンドロイドを海に沈めれば、サメは喜んで噛みつき、むさぼり食うかもしれない。ピラニアは彼らの体を穴だらけにしようと、噛みついてくるかもしれない。汗水垂らして作業に没頭する合間に余計な考えが邪魔をする。私は彼に噛みつきたかったのだろうか。ホテルで同室になったとき、私は彼の欲望を叶えられたのだろうか。いや、あの時私は恐ろしかった。フローベルが隣にいることが何より恐ろしく、一睡もできず、飛び出してしまった。そうだ、あれはフローベルの本当の姿を見ることに恐怖したのだ。上辺だけ知っていられれば良かった。フローベルがアンドロイドだったという本性を知る必要はなかったのだ。

 パットはフローベルの姿形も残っていない見るも無惨な部品になり果てたのを見た。パットは握っていた部品をかなぐり捨て扉に駆け寄った。私にはできない。フローベルを再び作り直すなんてできない神の業だ。パットはフローベルに依存していると心底思った。フローベルを人間だと信じ接していた今までの自分は、孤独を恐れ、彼の人間という性質に惹かれていたのだろう。私は私に嘘をついた。人間でもいいと言ったのは嘘だ。私は生身の人間じゃなくては駄目なんだ。パットの膝をついた場所には彼女のすすり泣く声だけがあった。だが、フローベルがアンドロイドだと知り、もう人間とは何か分からなくなった。

 パットは端末で開いていたアンドロイドに関する資料を閉じ、やはり私の行くべき場所はここではないと感じた。私とフローベルの泊まった客室に戻り、休息をとりたいという思いが頭の片隅にずっと残っていた。パットはさっと立ち上がり扉を開いた。

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