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アメーバの製品

フローベルは目的を達成し、疲労の溜まった体でガムのもとに戻るのだった。

 ガムは自社の外までフローベルを出迎えに来ていた。何かあったのか、と不審に車内から恐る恐る顔を覗かせるが、ガムが何も言わずニコニコしているのを見て取ると、フローベルはそそくさと彼の前に移動した。彼に何が起こったと言うのだろうか。いつもよりしおらしい笑顔に見える。ガムはフローベルが不信感を抱いていることに気づいていないようだった。彼は毛髪の少ない頭頂部から後頭部にかけて、いつものように手で撫でつけると口を開いた。

「君はよくやっているよ。上出来だ。なにせアンドロイドを二体も始末してくれたのだからな。いやはや、あれには参ったのだよ。我が社の管理するアンドロイドが反抗したなどと、私の面子に泥を塗るような事実はいつまでも残したくないものなのだ。これはほんの些細な私からの御礼だよ」

 ガムは掌にカードを載せていた。部屋のカードキーだろうか。フローベルが何かを言ううちに彼の肩を持ち、悠々と引きずり込むようにビルの中へと進んでいった。フローベルは彼の好待遇ぶりに苦笑いを隠せずにいると、エレベーターの中にパットがいるのを見つけた。ガムとフローベルが乗り込むと、エレベーターガールさながら彼女は13階のボタンを押した。彼女もどこかしおらしい。だが、彼女に違和感を覚えるのは彼女がおれの知っている彼女ではないからかもしれない。おれは十八だ。一体どの記憶が正しいのか分からない。ただし、どうやらおれは父親の夢を見ているわけでもなければ、フローベルが既に大人だったというわけでもないのだろう。その証拠がない。おれは一時は夢の中で見ていた父であり、三十代のオッサンだったのだ。だが今は違う。十八の誰かの息子として存在している以上、おれは十八の青春を生きる人間なのだろう。どれが本物でどれが偽物なのか、その正解は存在しないのだ。

 ガムが依然としてフローベルの肩を掴んだまま、いくつもある部屋の脇をすり抜けて、廊下を歩いていた。彼のブーツが、敷かれた高級絨毯の上で音を奏でた。ある部屋の前でガムは止まった。カードキーをドアに取り付けたスキャン台に差し込み、ガムが目を大きく見開き、ドアに顔を近づけると解錠の電子音が鳴った。

 さらに彼がドアノブを握ると、指紋認証システムが作動したのだろう、ドアを開けるまでに若干のタイムロスがあった。フローベルらが中に通されると、意外にも装飾には凝っていなかった。

 二つの縦長の四角窓から遮光カーテンで青くなった光が差し込み、黒い高級感あふれる壁際にはダブルベッドが寄せられていた。ベッドの頭上の壁には緑の色彩が強い絵画が飾ってある。窓際には一つの腰掛け椅子と正方形のテーブルがあり、近くに革製のランプシェードが温かい採光を放っていた。

 ガムが部屋に足を踏み入れると、真っ先に出迎えてくれたのは女性の音声だった。

「ようこそ。ガム様。今夜は当社ガム・アンドロイドマネージメントサービスご提供のこちらのクラシックで御休息なさりますか?」

「ああ、そうだ」とガムが生返事をすると、彼女のお出迎えの挨拶がフローベルとパットの耳にも届いた。

「当社に足を運んでいただき誠にありがとうございます。当社は…」その途中でガムが口を挟むように言った。「サービスは利用しない。あとは任せてくれ!」ガムは険しい顔つきで怒鳴り、再びにこやかな笑みを称えながら、フローベルとパットに向き直った。

「今日はここで休むといい。おおそうだ。二人ともだ。金は負担させないさ。スイートルームにしたかったのだが、残念ながら大事な客が来ていてね。だがここでも十分だろう。なに、フローベル君の奮闘に対するささやかな礼さ」ガムはそれだけを言い、上機嫌に笑いをこぼしながら部屋から出て行った。

 テーブルの上にワインのボトルが置いてあるのが目に止まった。おれたちが飲めないことを知っているはずなのに、どうしてあるんだ? 飲め、ということか。それともおれたちを試しているのか。きっともともと誰か他の客が泊まる予定だったのだろう。フローベルがドアの前で立ち往生していると、パットが部屋の中に入った。本当に泊まってもいいのだろうか。渋々とフローベルが部屋に入ると、視覚と聴覚にさまざまな広告情報が飛び込んできた。「あなたの行く先に未来がある」「最近疲れ、溜まっていませんか?」「家事のすべてを委ねる、アンドロイドサービスを」パットがフローベルに視線を送り、何かを言った。「なに?」フローベルは端末の電源をオフにして言った。さきほどまで送り込まれていた広告がすべて消え、静かになったところ、パットが訝しむような目つきになった。「いつも電源を入れてるの?」

 「え、ああ。まあ大抵は」とフローベル。「うそ。私、ずっと入れてると頭が痛くなるから。フローベルは大丈夫なの?」パットのように頭痛を感じる人はたまにいるのだ。特にパットは神経質だからな。

「うん。割と、仕事に支障がでない程度には」フローベルはこうして日常会話をパットとすることに気恥ずかしさを覚え、部屋の物静かなトーンで染まったデザインにちらちらと視線を泳がせた。やはりパットと妻だったのは夢か幻だったのだ。彼女と仕事以外の話題で一対一で話すこと自体、初めてだ。パットは愁眉を開いたような口調で腕を組んで言った。「よかった。フローベルにまかせて」そうだ。この仕事はもともとパットに国立オペラ劇場で頼まれたことなのだ。「どうして、おれに頼んだんだ? 自分でやればよかったじゃないか」

 しかし、パットは無視し、「まだ夕食食べてなかったよね。せっかくだし、ここで食べない?」と媚びを売る目でフローベルを見つめた。

 



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