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学校には様々な怪談が存在する。
古今東西、それらにはあまり変化がない。
音楽室の音楽家の笑う肖像画、理科室の走る人体模型、校庭の隅に佇むマスクをした口の大きな女、真夜中に廊下をゆらゆらと走る火の玉。何年も前に死んだ教師が真夜中にする授業。
誰も見た事がない、噂の噂で聞いただけの事がまるで事実のように語り継がれる。
だがそれはただの伝承とは言い難い。
子供達の口から面白可笑しく語られる物語を教室の隅で聞いている者がいるからだ。
子供達を怖がらせて自分が次の物語の主役になる為にやつらはそれらを演じる。
○○さんが流行れば低級霊がなりすますし、階段の途中で子供の足を転ばせたりする。
そいつは足を失った子供が自分の足を探して彷徨っているという噂になる。
実際、子供達は怖い話が大好きだ。
児童書などでも奇妙な話が満載で、奇妙なこびとが流行ったり、妖怪の話は大人気である。子供とは案外残酷で、善悪がはっきりしている。それはきっと大人になるために必要な事なのだろう。
少々の面白オカシイ話ならば、私も目くじらをたててそいつらを睨んだりはしない。
やつらも子供達との交流を楽しんでいるのかもしれないからだ。
だが、子供達に危害を加えるような真似だけは絶対に許さない。
夏休みになると子供達は校庭でボール遊びをしたり、解放されたプールに泳ぎに来る。先生方は夏休みは授業はないが、それなりに忙しい。
私も毎日ぼうぼうと伸びる草を刈ったり用具の手入れをしたりして忙しい。
それに不審者がいないかとの見回りもある。
校庭のすみずみまで歩いて不審な人物がいないか、おかしな物が置かれていないか、と神経を尖らせて調べる。犬にいたずらしたり、猫を矢で撃ったりする不心得者はどこにでもいる。
「おや?」
校庭の隅の焼却炉の所に誰かがいた。大人と子供に見える。
私は急いでそちらの方へ二輪の台車を押して歩いて行った。熊手を乗せてあるがよくある竹ではなく、アルミ製だ。軽くて、万が一の時には武器にもなる。
大人は若い男で知らない奴だが、子供は見た事がある。
お下げが可愛い三年生の女の子だ。
どうも様子が変だ。女の子はもじもじとした様子でうつむいていた。
男は女の子の腕をぎゅっと強く掴んでいるように見えた。
「暑いねえ」
と声をかけてみる。女の子が私を見て、
「用務員さん」
と言った。ほっとしたような顔をしているのは間違いない。
「遊びに来たのかい?」
「ううん」
女の子は首を振った。
男は私を無視して、
「黙れ!」
と女の子に言った。
「お兄ちゃんかい?」
また首を振って否定の意を示す。
「知らない人」
「知らない人について行くなんて駄目だよ!」
と私は少しきつめに言って男を睨んだ。
それでも男は素知らぬ顔だ。
「学校内は許可なく入っちゃ駄目なんだよ。すぐに帰りたまえ、さ、君は先生の所へ行こう、今日は三年生の先生がいるはずだから」
と私は女の子の方へ手を伸ばした。女の子は私の方へ来かけたが、男がぐいっとその腕を乱暴に引き寄せた。細い身体がふらっと男の方へ倒れかかる。
「乱暴はやめたまえ!」
だが男はあくまでも私を無視する。ちらっとも視線を寄せない。
私が年寄りだから馬鹿にしているのだろう。
確かに私は年寄りだから、力で争えば若い男には適わないだろう。
だが、何があっても私は子供を守るのだ。
「手を離せ!」
と語気強く言い、私は男の方をどんっとついた。
男の身体がよろけた。
あくまでも強気でいかねばならない。
自分を過信しているこういう若者は痛い目に合わないと分からないのだ。
私は両足に力を入れて踏ん張ってから、男を睨みつけた。
男はようやくたじろいだような表情を見せた。
『手伝おうか、おっさん』
『うけけけけ』
『次は君が人体模型だよ! 僕、ずっと身体が欲しかったんだぁ』
顔見知りの者達が暇つぶしにやってきてはぼそぼそとつぶやく。
男の顔が怯えた表情に変わった。