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「用務員さん、さようなら」
と声がしたので私は花壇の手入れをしていた手を休めて顔を上げた。
低学年の子供達が大きなランドセルを背負って校門を出て行く。
「さようなら、気をつけて帰るんだよ」
と私は言った。
「はーい」
私はこの小学校の用務員だ。
この小学校はマンモス校で生徒数がかなり多い。一クラス三十名で、六学年が各七クラスもある。生徒数が多ければ用具や道具も多く、校庭も広い。花壇や芝生もたくさんあり、用務員としての仕事も多い。子供達は可愛いし、やりがいのある仕事だ。
不審者も多い昨今だ、私は毎日の校内巡回も徹底している。
広い校内は死角も多く、誰でも簡単に侵入できてしまう。まともに振る舞えば保護者と見分けがつかず、うかつに声もかけられない。
近年にあったよその小学校で男が刃物をふるったような事件も実はこの学校でもある。
あの時は下校時刻に校門から帰る児童の群れに大きな包丁を持った男が走り寄ってきたのだった。幸い子供達に怪我はなかった。やはりあの時も私が花壇の手入れをしていて無事に食い止める事が出来たからだ。
それ以来、私は下校時刻には校門前で作業をするようにしている。
ひとしきり生徒を見送ると、私は校内の巡回へと向かった。
広い校庭にはまだ残って遊んでいる生徒もいる。
家が遠い生徒には早めに帰るように促す。
子供達は遊び足りない子犬のようにはしゃいで転げ回って遊ぶ。
子供はいい。見ているだけで莫大なエネルギーを感じる。
教室内に残っている生徒もいる。
数人が輪になって座って、机の上に広げた紙の上に手を置いている。
「やれやれ」
いつの時代も○○さんというやつは格好の遊びだ。
少しは怖いが子供というのは好奇心が抑えられないらしい。
私が音をたててドアを開けると、何人かが振り返ってまずい、という顔をした。
「君たち、早く帰りなさいよ」
と言うと、
「用務員さん、邪魔しちゃだめ」
とリーダー的な役割の女の子が言った。
「今、○○さんに聞いてるんだから」
「ああ、そうかい。でも、あんまりそういうのは感心しないね」
「え~」
「それに先生に禁止されているだろう? さあ、先生に見つからないうちにお帰り」
と言って私は机の上の紙を手にとった。
「あ、まだお帰りくださいって言ってないのに」
私はその紙をぐしゃっと潰して、
「はいはい、○○さんも、君たちもお帰り下さい」
と言った。
中には不服そうに口を尖らせる子供もいたが、半分くらいはほっとしたような顔で教室を出ていった。
「やれやれ、まったく」
と子供達を見送った私がつぶやくと。
『そいつはこっちのセリフだ』と低い声がした。
振り返ると教室の天井の隅に薄暗いぼやっとした何かがいた。
「子供達に悪さをしたら許さないよ」
と私が言うと、そいつは『ちっ』と舌打ちをしてから消えた。
あの一件以来、私は悪しき何かを感じるようになってしまった。あの一件とは校門前で包丁をふるった男と対峙した件だ。
あの時は必死で、もう死にものぐるいだったから年寄りの自分でも若い男の力に対抗できた。そして何故だかあれ以来、悪い者を感じるようになった。
今のように教室の隅にいるような何かだったり、ふらっと校内に入ってきた不審な人間の頭の上に取り憑く何かの時もある。そういう時はまずその人間は危ない。
人間の心はまず失って、何かに操られている。
それは「神の声が聞こえる」だったり、「何かが自分を監視している」だったり。
それらの正体は悪霊だ。
そこいらをふわふわと飛んでいる低級な浮遊霊だったり、その場で死んでそこから離れられない地縛霊だったり。
道行く心弱い人に取り憑き、そしてさらに弱い存在を脅かす。
自分の鬱憤を晴らすとか、そう言うくだらない理由で子供達を襲ったりするのだ。
幸いにもそれらが見えるようになった私はそれらと会話すら出来るようになってしまった。何故だか意志の疎通すら出来る。
私は子供達を守る為にこの学校にいるのだから、この学校で子供達に悪さをするやつは許さない。
今のように子供達に近づこうとしている奴にはきっちりと睨みをきかせることにしている。私に何かの力があるなん思っていない。実際にやつらが何かをしでかしたら私なんぞでは太刀打ちできないかもしれない。
でも私はまたその時には必死で戦おうと思っている。
子供達は宝だ。
あの無邪気な笑顔をいつまでも守っていきたい。
それだけだ。