最も凶悪な迷宮
「隊長っ…!もう無理です、自分には耐え切れませんっ!」
「何を言っている、諦めるな!まだ第二階層だ、これ以上に凶悪なモンスターは山ほどいるんだぞ!」
「しかしっ…!無理です、もう無理なんですっ!」
「隊長、私ももう無理ですぅっ!限界です!」
全身傷だらけの若い隊員達は、ぼろぼろと涙を流した。
軍隊で選ばれた精鋭部隊の一員であるというプライドはすでに折れ、凶悪なモンスターの姿をちらりと見てはぶるぶると震えている。もはや忍耐の限界だった。
それを叱咤する隊長は同じく傷だらけではあるが、目にまだ力があった。周りを取り囲むモンスターを睨み付け、スキル「石化」をかけていく。
「こんなひどい、酷すぎる迷宮があるだなんて聞いてません!あんなの勝てませんよ!!戻りましょう!」
「いいや、お前達はやれるはずだ!任務は終わっていない!どんな苦痛にも耐えて調査するのが我々の仕事だろう、軍隊が迷宮攻略を投げ出してどうする!?」
「しかしっ…!」
「とにかく進め、どの道もう戻る余力はない!!もうじき第二階層のボス部屋だ!そこまで行ければ、我々の勝ちだっ!!」
「隊長っ…!」
石化したモンスターをスキル「鉄心」と「豪腕」でもって殴り飛ばした隊長の叫びは鬼気迫るものだった。隊員達はなんとか自分達を奮い立たせ、モンスターとの戦闘を再開した。
それでもたかが第二階層のモンスター一匹を排除するのに三人がかりで、とても精鋭部隊とは思えない無様な戦いだった。だが、確かに一歩ずつ、一歩ずつ進んでいく。
そして、隊長は気付く。スキル「豪腕」でモンスター達を吹き飛ばした先に、ボス部屋の直前、俗に「休憩所」と呼ばれるモンスターの寄り付かない空間が見えた。
「あそこまで行けば!」
「ぎゃああ!!た、隊長!すみませっ…」
「ガーレス!隊長、ガーレスが!」
だが僅かに気を抜いた瞬間、隊員の1人が足にしがみついたモンスターに引きずられ、群れの中に消えた。
手を伸ばすが、モンスターは容赦なく隊員に覆いかぶさっており…もはや、手遅れだった。
「ガーレス!ガーレス!!くそっ、畜生め!」
「隊長おお!!あれ、あれを…」
「今度はなんだ!?」
そしてガーレスのことを考える暇すらも与えないとばかりに、新たなモンスターが現れる。
それは、今までのモンスターとは比べものにならないほどの凶悪な姿をしていた。
隊員達はそのモンスターが現れた瞬間に敗北を悟り、膝から崩れ落ちてしまった。目を閉じ耳をふさぐ者すらいる。
そして隊長すらも、そのモンスターを見た瞬間に動きが止まった。瞳孔が開き、全身が震えた。
「馬鹿なっ…」
隊長の、絶望の声が漏れた。
ここは第6568世界、「迷宮世界ハクロロ」。
第15世界「科学世界アース」において人々は科学の力に恩恵を受け、発展しているように…ハクロロにおいては迷宮が人々の発展の源であった。
迷宮は世界中に存在し、数多のモンスターを生み出して周りの土地を侵食していく。ボスモンスターが攻略されると約10年で消滅し、そして5年もすれば新たな迷宮が生まれるのだ。
中には希少な資源があるために特に有益とされている迷宮もあった。そういった所はボス以外のモンスター全てが根絶やしにされ、迷宮内部も開拓されている。
迷宮には必ず新たな技術「スキル」が潜んでおり、それが人々に様々な発展をもたらしていた。
新たなスキルの発見者には巨万の富が約束されているため、一攫千金を狙う者は多い。さらにハクロロの人々にとって迷宮は厄介なモンスターの巣でもあった。モンスターによる損害は、どの国においても深刻である。
そのため「迷宮探索」「迷宮開拓」「モンスター駆除」などの仕事に就いた者や国の軍隊は迷宮に入り、スキルの発見と迷宮の攻略に勤しむのだ。
そんな迷宮世界ハクロロの片隅、ジパングという国に新たな迷宮が誕生したのは一ヶ月前のことである。
ジパングの軍隊はすぐさま精鋭隊を組み、調査に乗り出したが…。
隊長に、モンスターは少しずつ近づいていた。
隊員の張った結界も通り抜け…そう、よろよろと倒れそうになりながら隊長に近づいていた。
隊長はかろうじて使命感で自分を抑えていたが、モンスターを震えながら見つめるだけで、何のスキルも発動できなかった。
そのモンスターは、ふわふわの毛皮の上から見て分かるほどにガリガリに痩せていた。口にはまるでくちゃくちゃの毛玉のような子供を咥えている。
その姿はあまりに哀れで、隊員達は手を出せないもどかしさに吐血しそうになった。周りのモンスターが隊員達に身体をすり寄せ、つぶらな瞳で見つめてくるのを無視する苦痛に、全身がぶるぶると震えた。
ようやく隊長の元にたどり着いたボロボロのモンスターは、その大きな瞳で隊長を見上げ…目の前に子供を優しく下ろした。まるで子供を託すかのように。
そしてすがるように迷彩柄のズボンをくいくいと引っ張り、悲哀と懇願を込めて一声鳴いた。
「キューン…」
「む……無理だぞこんなの勝てるか畜生、こんなのみんな反則だあああああ!!!」
隊長は膝から崩れ落ち、モンスターを抱きしめた。もちろん、自らの使えるありとあらゆる「慰術」をかけてあげながら。
隊員達もとうとう陥落し、キュンキュンニャーニャー鳴いて抱っこをせがむ周りのモンスターを抱きしめて、そのもふもふとした幸福感に気絶しそうになった。
「畜生、ああ畜生可愛いなあ!!よーしよしよし、お前たちまとめて私が可愛がるから安心してね!ああもう!可愛すぎ!」
「アンナ隊長ズルいです!俺にもその子達抱っこさせて下さい!」
「黙れ、お前にはそのニャーニャー鳴くのがいるだろうズレン隊員!あぁっ、やめて、顔は舐めないでー!うぇへ、えへへへへへへ」
皆にやにやとだらしなく笑っていて、もう任務のことも国のことも忘れていた。
結界スキルに秀でた者は、自分とモンスターしかいない世界を作って引きこもった。
俊敏スキルを極めた者は、走り回ってそこらじゅうのモンスターを掻っ攫った。
最高峰の慰術を修めた者は、号泣しながら病弱なモンスターを癒しては両手に抱えていった。
期待の新人であったガーレスなどは「ウサたん」というモンスターに全身を覆われ、歓喜のあまり涎を垂らし白目を剥いている。
ジパングの伝統スキル「侍の誇り」を引き継いだズレンは、誇りの象徴である刀で「ぬこ」というモンスターを全力で遊ばせている。
そして「鉄の女」「剛力姫」「豪腕将軍アンナ」と恐れられたアンナ隊長は、「わんこ」という名の親子モンスターを抱きしめて動かない。
ここに、ジパング軍の精鋭部隊は敗北した。
そしてこの後、数多の軍隊や探索者達がこの迷宮に乗り込むが…誰もが凶悪な|(可愛さの)モンスターに敗北し、散っていった。
25年後になんとか10階層まで攻略し、新たなスキルが発見されたが、それは罠であった。
発見されたスキルの名は、「ムツゴロウ」
スキルがもたらすゴッドハンドを習得したが最後、モンスターをもふもふせずにはいられない。そしてもふもふされたモンスターもまた、スキル保持者から離れられない。
モンスターの魅力にすっかりやられていた人々は皆ゴッドハンドを身につけ、毎日ひたすらモンスターをもふもふして過ごした。
毎日もふもふしすぎてすっかり停滞してしまったハクロロ世界はやがて世界の全てをその迷宮に侵食され、「もふもふ世界ハクロロ」に名前が変わった。
欠片も発展しない、停滞した世界だが…住まう人々は皆、幸福に包まれていたという。
これは数千数万存在する異世界の中の、ひとつの世界のお話である。
隠れタグ「もふもふ」
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