眠気が襲ってくる前に
最近あいつの様子がおかしい。
ベッドに入り、眠気が襲ってくるまでの間、俺は近頃の出来事を思い返していた。
あいつとはいとこであるリアのことだ。
いやに上機嫌だったり、そう思えば急に深く考え込むような顔になったりする。
何かあったのかと聞いてみれば、その時初めてこちらの存在に気付いたとでもいうように驚いた顔をして、そのあとあわてて否定する。
今日なんかは、こっちが重ねて問い詰めようとしたときに、激しく首を振った後に奥に逃げようとしたが、その時、何もないのにつまずいて腰を打ってしまった。
その時に一緒にこぼした紅茶が、あいつの気に入りだというスカートにこぼれてしまったため、あわてて洗いに行ったので話はうやむやになってしまったが、あんな場面であんな反応をしたら、何かあるってことはばればれだろう。
他にも気になることがある。
あいつはかなりの料理好きで、ほぼ一人暮らしといっていいのにも関わらず毎日かなり凝った料理を作る。
自分で新しい料理を考えて作るのも好きらしく、たまに俺の母親がレシピを教わって我が家の食卓にも乗ったりする。
そんなあいつはいつからか菓子にも手を伸ばし始めたようで、もとからこちらも才能があったのか、ぐんぐん上達し、今ではかなりの腕前だと評判らしい。
それほど料理や菓子に詳しいわけではないが、確かにあいつの作った菓子はうまいと思う。
俺は菓子は好きだが、甘すぎるものが苦手だと知ってからは、それほど甘味が強くないものを選んで我が家に差し入れてくれるようになった。
特にすばらしいのはカスタードパイだろう。
何か木の実が入っているらしく、歯ごたえがありながらも控えめな甘さがして、街で一番人気だという洋菓子よりもうまかった。
学校の子に誘われて食べに行ったそこのパイは、もちろんうまかったはうまかった。
けれど、過剰なデコレーションやあとをひく甘さのせいか、また食べたいとは思わなかった。
普段から、おれの好みに合わせた味付けや工夫をしてくれるリアの菓子を食べ慣れているせいかもしれないが。
俺が甘い物好きときいて、わざわざ誘ってくれた子には申し訳ないが、また来ないかという誘いには遠慮してしまった。
それほど俺の心をあのパイはとらえたのだ。
それ以来、おれが絶賛したのが効いたのか、リアはたびたび作っては差し入れてくれていた。
材料に欠かせないらしい木の実は、研究で頻繁に家を空けるおじさんが、旅先から大量に送ってきたものらしい。
菓子や料理にかなりの量を使ってもまだ余裕があるのだと、以前あいつから聞いた覚えがある。
そう、それなのにそのパイをあいつは最近、おれにくれなくなったのだ。
あいつの家の台所の様子をみると、菓子作りは相変わらず続けているようだし、実際にその様子も見た。
ある午後、久しぶりに家を訪ねたとき、ちょうど例のパイが焼きあがったところだった。
あいつの料理好きを思えば、そんなことは珍しいことではないが、そのあとがおかしかった。
今まではたいてい出来上がったその菓子や料理をそのまま勧めてくれたのに、その時は別の作り置きの菓子をテーブルに乗せたのだ。
もちろんその菓子もおいしく頂いたが、それは今は重要ではない。
もちろん、そのパイがもともと誰かにあげる予定で作ったものだったとかならば納得できるが、それにしてもその作った量は半端ではなかった。
普段は十分なスペースのある台所に所狭しと並べられていたのだ。
それに、積み重なっていたはずのあの木の実の減り具合からみて、もっと作っている可能性もある。
まだあやしい点はある。
あいつはここ最近、今まで俺や母さんがどれだけ言ってもやめなかった夜の散策をやめたようなのだ。
まあ、たまに朝方眠そうにしてることはあるが。
けれど、少なくとも、夜中に庭中をうろついて雑草を引っこ抜いて回ったり、かなりの高さのある木にのぼって飛び降りたりといった行動にはもう出ていないのだろう―――初めてみたときは目を疑ったものだ―――、そういった行動に出た次の日には、手や足に土カスや草が残っていたはずだけれど最近はないから、間違ってはいないと思う。
あのおとなしそうで頑固ないとこは、その行動について、自分たちがどれだけやめるように言っても聞かなかったし、その理由を聞いてもなんだかんだとごまかして決して言おうとはしなかった。
それなのに突然行動が変わったことが、おれは不思議に思えてしょうがない。
あいつに何があったんだ…。
そんなことを長々と考えていると、覚えのある眠気がやってきた。
まだまだ不審な点はあるのに、これ以上は頭が回らない…。
それでもなんとか頭をひねってみる。
一連の出来事はすべてつい最近起こったことだから、きっと関係があるんだろう…。
ああでも、ここ最近よく見る思案顔も、どこに消えるのか謎のパイについても、おれの疑念は尽きないけれど、一番の疑問はやはり庭歩きについてだろうか。
今度会ったらまた問い詰めてみようか。
一体お前に何が起きたんだと。
けれど、またあいつはごまかすかもしれないな。
それならそれでいいんだろう。
いつも少しだけ辛そうな、そして悲しそうな顔をしていたあいつだが、近頃はそうでもないのだから。
何かうれしいことがあったような、楽しいことがもうすぐあるからそれが待ちきれないとでもいうような表情をしているから。
あいつにとって決してこの変化は悪いことではないのだろう、そうであってほしいなと、緩やかに眠りに落ちながら俺はそんなことを思った。