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木の実がつないだ寝物語 終



私はそれから今までにも増して庭の手入れに力を入れ始めた。

ただし活動時間は月がのぼってからである。

花壇に花の種をまき、伸びすぎた草を刈りながらも、件の入口を探しつづけた。


そんな私の様子に、訪れた叔母家族も、私の誕生日を間違えて覚えていたせいで一月遅れで帰ってきた父親も理由を尋ねてきたが、なんだかんだとごまかして、探索を続けた。



決して一人の夜が怖かったり、厭わしく思ったわけでもないのだが、また会えるならば会いたかった。



あの時から、何か感じた時にそれを伝える相手がそばにいなかったときに抱く思い、それ以外でもふとした時に気付くこの気持ちが寂しさだというのならば、私は入口を探し続ける資格はあるはずだ。

この寂しさを、故意ではなくてもわたしに気づかせてしまったのがあの黒犬ならば、ぜひあの犬に責任を取ってもらおうじゃないか。

あの犬は、なぜか必要以上に自らに責任をかぶせる性格をしていたようだから、きっとそんなことを言っても、困った顔をしつつも笑ってまた私にうなずいてくれるに違いない。





***************************




あの日から結構な月日がたったころ、わたしはこりずに夜中に庭をうろついていた。

かつて荒れ果てていたとはだれも思わないほど、今では我が家の庭はきれいに整えられている。



伸び放題だった草は適度にそろえられているし、花壇には四季の花が季節ごとに庭に彩りを添えている。

放置されていた屋外用の机や椅子も、ぐらぐら揺れないように脚を直してもらった。近頃背が伸びてすっかり男の子らしくなったいとこのフィーが、私の危ない手つきを見て申し出てくれたのだ。自分でも、何回やっても余計に傾くだけの椅子を見て、彼に甘えることに決めた。



あの子は今でも私が夜中に庭を徘徊することが気になるらしく、理由をしつこく尋ねたり、危ないからやめておくようにいってきたりする。

この前は、

「そんなにしたいなら自分も一緒に行くから一人で歩き回るのはやめてくれ」

と訴えてきた。


気持ちはありがたいのだが、このことは自分一人でしなくてはいけない気がしたので断った。



あの日、黒犬に言われてから、自分一人ではできないことは他の人に手助けしてもらうことを覚えた。シェリーさんにときどき手が回らない家事を手伝ってもらったりもした。はじめて頼んだ時には、シェリーさんは笑いながら、

「そろそろ言い出さなかったら、無理やりにでも仕事を奪ってたところよ。」

と言って、喜んで引き受けてくれた。その言葉で彼女に今まで心配させていたことが分かって、申し訳なく思ったものだ。


ただし、この入口探しだけは一人でなしとげたかったのだ。

子供が遠慮をするものじゃないとあの犬は諭してくれたけれど、このことは一人で達成してこそまたあの犬に会いに行ける気がした。



それに、もしかしたら少しおびえていた部分もあったのかもしれない。

人に話して、夢でも見たのだろう、嘘をついているのだろうなどと信じてもらえないこと自体は、おそらく何とも思わないという自信はある。

けれど、そう言われた瞬間に、自分でもあのことが夢の中の出来事だったのかもしれないと思い始めるかもしれないことが怖かった。


だってあの出来事が実際に会ったことだと証明するものは何もないのだ。


バスケットの中身はきれいに空になっていたけれど、私が自分で食べたことを忘れていたり、庭のどこかに落としたりしたのかもしれない。


夜中に屋外で一晩過ごしたと仮定すると、その割には翌日に風邪をひいたりはしなかったけれど、私は今まで数えるほどしか体調を崩したことのない健康優良児だから、証となるようなことでもない。


だから、あの出来事を否定するような危険には近づきたくはなかった。

そのため、フィーに理由を説明することも、一緒に探してもらうことも避けたのだ。


あの子は私を心配してくれたのだろうに、悪いことをしたと思ったものだ。

あの子にお礼も兼ねて好物のパイでも作ってあげよう。父が今でも定期的に送ってくるあの木の実は、お菓子に入れてもおいしかったので、シェリーさん家族におすそ分けしたところ、たいそう喜ばれた。とくにフィーは力を入れてほめてくれていたので、たびたび差し入れをしているのだ。



今日はそのパイを大量に作った後、いとこ用に包んだものは残し、残りを夜食用にバスケットに入れてまた庭に繰り出した。今夜は月が明るいので、足元にそれほど注意しなくても大丈夫そうだ。


以前は草が生い茂っていた一画を、できるかぎり細かい歩幅で歩いてみる。どこに入口があるかわからないし、その場所でどんなことをしたら森につながるかもわからないから、自然と動きは細かいものになる。

はたから見たら変な人物にしか見えないだろうが、ここは我が家の庭なので、見る者はいないだろう。


なかなか体力を使って試してみたが今夜も無理なようだ。

明日の夜―――細かいことを言えばもう今夜だが―――はこの続きからはじめようと思い、家のほうに足を進める。


途中で腹が鳴ったことで、結局夜食を食べなかったことに気付いた。

歩き回ったこともあるし、空腹は一度意識すると余計に気になるものでもあるので、自宅に入る前に休憩しようと思い付く。


バスケットを下し、パイを取り出し、ちょうどそばにあった切り株―――以前は私の腰ほどの高さだったのに、今では太ももぐらいでしかない。私も思えば大きくなったものだ―――に腰を下ろそうとした。



ところがその下ろそうとした腰は、見事に地面に尻もちをついてしまった。痛みに思わず年頃の娘らしからぬ悲鳴を上げる。腰を打った衝撃のため、きつく目もしかめていたようだ。―――そして、再び目を開いた時、目の前には耳を伏せたあの黒犬がいた。


私は驚きのあまり、一瞬目も口もこれ以上ないほど丸くなったと思う。


ところが目の前の黒犬はのどかに声をかけてきた。

「おお、久しぶりだな人の子よ。元気そうで何よりだ。けれどいきなり大声をだすのはいただけないぞ。」

伏せていた耳を戻し、私に近づいてくる。

その毛並みは数年前に見たときと変わらず、美しい。

話す様子は落ち着き払ったものだったが、その大きな尻尾はふさふさ揺れているようなので、私との再会を少しは嬉しく思ってくれているのかもしれない。


その姿をよく見たいのに、なぜか輪郭がぼやけてきた。


「大きくなったものだ。髪も伸ばしたのか?よく似合っている。見違えたぞ。

だが声は変わらないな。相変わらず愛らしい。」

声がだんだん近づいてくる。

けれどその様子は認識することはできない。

かろうじて何か黒いものが私に触れそうなところまできたことが分かるだけだ。


せっかく何年振りかに会えたのに、私はまだ何も話しかけることができないでいる。

だって口を閉じていないと、娘らしからぬ唸るような嗚咽が出てしまうかもしれない。

私は小さいころから泣かない子だったと父が以前さびしそうに言っていたけれど、ことこの犬のこととなると、その限りではないようだ。


「ああ、また泣かせてしまったか。

やはり私は言葉がうまくないな。できればそなたの笑った顔を見たいのだが……。

そうだ、あの時の建物が近くにあるのだ。まだ夜風は冷えるからな。そちらに行こうか?

実はな、あの中にあった壁画を修復しておいたのだ。そなた名残惜しそうにしておったろう?

それにな、私が美味と思うこの森の果実もためておいたのだ。

ぜひ試してみないか?きっと気に入ってくれると思うのだが……」

泣いた私を見て黒犬が一生懸命に話しかけてくる。食べ物につられると思われたのは少々心外だが、その気持ちがとてもうれしかった。

そのしきりにこちらを気遣う黒犬の様子に、やはりあの日は夢ではなかったのだと確信し、今までの数年は無駄ではなかったと思った。


「いいえ、これは悲しくて出てきた涙ではないですから。

うれしくても人間は泣いてしまうんですよ。ほら、もう私笑っているでしょう?」

私は黒犬に体を預けながら言った。

そして手に持ったままの木の実のパイを差し出す。


「ぜひご相伴にあずかりたいのですが、私もあなたに食べてもらいたいものがあるんです。

あの時の木の実を使ったお菓子なんです。いただいてくれませんか?」

私の台詞に、黒犬は私の顔とパイを見比べながら、嬉しそうに言った。


「おお、いいにおいがするな。喜んでいただこう。

ただとりあえず移動してからだ。体が震えておるぞ。

まだ月が沈むまでには時がある。

こらこら、少し腕の力を緩めておくれ。

そんなに首をきつくしめなくてもわたしは逃げたりはせんよ。」


黒犬はいつかと同じように、私を自分の背に乗せて走り出した。

その足はとても速かったけれど、もちろん私は振り落とされる心配などしなかった。

遠目にあの懐かしい建物が見えてきたころ、私は黒犬の耳元でつぶやいた。


「逃げないというのは本当ですか?

では一晩じゅう寝ないで私につきあってもらいます。

あなたに話したいことが、数年分たまっているものですから。」


そしてそれを聞いた黒犬は、また笑ってうなずいてくれたのだ。






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