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木の実がつないだ寝物語 6



そう言ってくれた黒犬にうれしくなって、私はたくさんのことを話した。

普段なら、頭の中で考えるだけで決して外には出ず、いずれ消えていただろう思いも言葉にした。


自分でもこんなにしゃべれるとは思わなかったほどだ。


黒犬はそんな私の言葉をまじめに聞いてくれた。

私がこの森の草花の珍しさを語り、ときどき外の植物について気になったことについて黒犬が質問し、私がそれに答えた。

とりとめがなく自分でも何が言いたいかわからないようなことを話した時にも、黒犬は丁寧に相槌を打って最後まで急かさずに聞いてくれた。


黒犬は、この魔の森や自分のことについて私に教えてくれもし た。

森の入口は複数あって、外のどの場所とつながるかは不定期に変わること。

それらは二種類あって、日が昇ったころに開いて日が沈むと閉じるものと、月が一番高いところに昇った時に開いて月が沈むと閉じるものがあるそうだ。私が通ったものは前者らしい。


森には貴重な草花や動物がいるから、時々それを目的に入る人間がいること。


この黒犬は、もともと森で生まれたわけではないが、ある時傷ついて人間に追われたこの森の動物に出くわして、人間を追い払ってやってからここに時々訪れては過ごしていること。

たいていの動物ならば、自在に姿を変えられること。

私とリスの姿であったときにあげた木の実は、いままで食べた中で格別においしかったということ。


いろいろ話すうちに、その黒犬が寝台の下からすまなさそうに言ってきた。

「申し訳なかった。初めに会ったときに入口のことを伝えておけば、今日中には家に帰れただろう。

おそらく家人もそなたを心配しておろう。

それに今日は誕生日だったのだろう?人は生まれた日には親しい人とともに祝うと聞いた。それなのに、このような何もないところで過ごさせてしまった。」

その言葉に思わず寝台から身を乗り出して黒犬のほうを見ると、犬は耳を伏せ、尻尾も丸めた姿で私のほうを見ていた。



思ってもみなかったことを言われて固まった私を見て、犬は焦ったように言葉をつづけた。

「すまない。言い訳になるかもしれないが、最後に人とかかわったのはかなり前のことで、人間の生活がどのようなものだったかをとっさに気にかけることができなかったのだ。

人は、そなたほどの年頃の子が一晩帰らなかったらきっと激しく心配するものなのだろう?初めにあったときに日暮れまでには森を出るように言っておけばよかったな……。」


その声が落ち込んだものになったのに気がついて、私は急いで言葉を返した。

「なにを言っているんですか。

私が自分の意思で森に入って、この森の性質も知らないのに、帰り道もわからなくなるほど奥まで歩いてきたんです。

一晩過ごすことになったのは明らかに私の責任です。

むしろ面倒を見てくれているあなたに感謝しています。」


そう言ってもまだ落ち込んでいるので、さらに言葉を続ける。

「それに、我が家には今だれもいませんから、私を心配するような存在もありません。

あばたが気に病む必要はありません。

本当なら父が帰ってきていたはずなので、普段なら訪れるかもしれない叔母夫婦も今日明日は来ないでしょうし。」


そこまで言うと、黒犬は一瞬目を見開いたあと、言葉を発した。

「……そうか。それでも私が気づいていれば、幼子を夜の森で過ごさせることにならなかったのだよ。すまなかった。」


そこまで言うとまた体を伏せたので、私もこの話は終わりとばかりに再び横になった。

それからもわたしがいろいろととりとめのない話をし、黒犬は相槌を打ち…、いつの間にか私は寝入ってしまったようだ。


そのとき、どこからか「おめでとう」という低い声が聞こえたような気がするが、もしかしたら夢だったのかもしれない。







翌朝私は黒犬の顔に体をゆすられて起きだした。

声を何度かけても起きなかったと教えてくれた黒犬は心なしか苦笑しているように感じられた。


昨日の残りのサンドイッチを朝食代わりに食べ、黒犬にも勧めた。

犬はおいしそうに平らげてくれ、私の腕をほめてくれた。

他にも、バスケットの中には父のために作っていたおかずを持ってきていたので、それも勧めると、黒犬は複雑そうな様子ながらも腹に収めて、再び料理上手だと感心してくれた。

残っていた木の実はお礼も兼ねてすべて渡しておいた。


空腹を満たした後、黒犬が教えてくれたところによると、もう日がのぼって数時間たったということだ。

黒犬は私が通っただろう入口まで乗せて行ってくれた。

道々、かなりの速さで進みながらも、途切れることなく話を続けた。ほとんどは目にはいいた草花のことだったが、森について気になることも聞いた。


私の家の周りには、もしかしたら魔の森への入口が他にもあるかもしれないということだ。

黒犬が数十年前に森を訪れたとき、私の祖先らしき人間が同様に迷い込んでおり、しかしその時の入口は今向かっている入り口とは違ったらしい。

入口は不定期に表れるが、その場所は決まったところらしいから、今も使えるかもしれないとのことだ。



そんな話をしているうちに目的地まで来たらしい。黒犬は私を入口らしきところに下ろす。


「本当に助かりました。それに昨日はいろいろな話をしてくれてありがとう。久しぶりに楽しい時間だった。」


それを聞いて、黒犬は苦笑いの様子だ。

「あれくらいのことは大したことではないぞ。こちらこそごちそうになってしまって悪かった。

まだ家までは歩くのだろう?気をつけて帰るのだよ。」


「家に帰ったらこの森のことは忘れなさい。それにこの入口はちょうどもう使えなくなる時期のようだ。おそらくそなたが通ったらその役目を終えてまた消えるだろう。」



もうお別れかと思うと、この相手とは短い時間しか一緒にいなかったにもかかわらず、さびしく思った。

その気持ちが表情にでも出たのか、黒犬は困った様子でこんなことを言ってきた。

「おやおや、泣かないでおくれ。そんな顔を見ると離れがたくなるからね。

そなたのことを思うなら、あまり人でないものと触れ合うべきではないのだろうが…。」


「そうだね、森への入口をほかにも探してごらん。

それは確か、月の動きで開くものだったはずだ。

その入り口を見つけた時に、そなたがまだ一人で夜を過ごしていたならば、寂しくなったらそれを通ってまた会いにおいで。

私はあいにく話はうまくないが、そなたがその日に見たことや感じたことを聞いてやることくらいはできるだろう……。」


そこまで言うとほんとうに姿が見えなくなってしまった。

私はしばらくそこに立ちすくんだまま、入口があったらしいところを見つめた。

そのまま歩を進めるも、このあたりでよく見かける日や草が目に入るだけで、何も変ったことは起きなかった。





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