木の実がつないだ寝物語 5
黒犬に導かれるまま入ったその建物は、さびれているというほどではなかった。
その建物はあまり見慣れない構造の建物で、ところどころにある彫刻や出入口の上部にある透かし彫りの細工は美しく、今まで街のどの建物でも、本の中でも見たことがないものだった。
しかし、黒犬に先導されて通り抜けたいくつかの部屋のうち、吹き抜けで多くの人が入れそうな大きめの部屋は昔たった一度訪れた王都の大神殿の祈りの間と印象が似ていた気がする。
黒犬が私を最終的に案内したのは、部屋をいくつか抜けたところにある奥まった部屋だった。出入り口は一つしかなく、端のほうには木でできた寝台らしきものがあるだけだ。犬はその横で立ち止まると、私と寝台を交互に見やる。
おそらくここで休めということだと思って、私は靴を脱いでそこにあがり、荷物も横に下した。
「今日はそこで横になるとよい。ふむ、やはりこの部屋でも人の子には寒いかもしれんな。」
黒犬は私が少し体を震わせたのを見て、小さな部屋を見回してそう言った。
「少し待ってておくれ。何か持ってこよう」
犬はそこまでというと、出入り口からあっという間に出て行ってしまった。
一人残された私は、部屋をぐるりと眺めるが興味をひかれるものはあまりなかった。
本当に何もない部屋のようで、私が以前使っていた子供部屋くらいの広さの室内には、出入り口とその上にある透かし細工と、今自分が座っている寝台のほかには何も目立ったものがなかった。寝台は素朴な作りという感想しか抱けなかったので、残った出入り口をじっと見る。
出入り口は大きめに作られており、引き戸などで遮られているわけでもないので常に開けはなしの状態で、かなり風通しが良くなっている。
かなり長身の人でも余裕で通れるだろう出入り口の上の細工を、首をのばしてみていると、あることに気付いた。
「おや?もしかして壁画になっているのでしょうか?」
その細工はおそらく何か動物をかたどっているようで、その動物が成長する様子を描いていることが分かる。
細工は向かって左端に、生まれたばかりだろう幼い姿があり、右側に進むにつれ、その姿が大きくなり、食事をする様子や駆け回る様子が細かく表現されている。
その流れは細工が途切れても続くようで、壁に絵として描かれているようなのだ。
すでに色あせてしまっているようだから詳細は分からないが、壁をよく見るとうっすらと動物のような姿があることが分かった。
「ああ、かなり凝った作りだったのでしょうね。
もしかして他の部屋も同じなのでしょうか?時間があれば見たいところですが……」
けれど今日はもう時間も遅いし、明日はすぐ帰ることになるだろう。
またこの場所を訪れることは自分一人では無理だろうから、きっと見ることはできないと思った。
そんなことを考えていると腕にふさふさしたものを感じた。
驚いて横を見ると青の黒犬が私の腕に何か毛布のようなものを押しつけていた。
「ぼんやりとしてどうかしたのか?
私が入ってきても気づかなかったようだが。」
怪訝そうな声で聞いてくる。首をかしげたその様子は、力いっぱい不思議そうだと訴えている。
「いえ、何でもないんです。
それよりこの毛布は?」
「ああ、この部屋はそなたには寒かろう?これらを使うとよい。少し古いが清潔ではあるはずだ。」
そう言ってそれらの毛布を私の体に巻きつけ始める。
急なことに驚く私にも構わず周囲を回り続け、3枚ほど巻き終わったところで満足げに離れた。
かなり世話焼きなのかもしれない。
「ありがとう、すごく助かります。
けど私が使ってよいのですか?あなたは寒くありませんか?」
毛布の隙間から、動きづらい手を駆使してそばにいる黒犬の体をなでながら聞いてみる。
内心毛布を巻きすぎだと思いながらも、世話を焼いてくれたことがうれしかった。
「大丈夫だ、私は自前の毛皮があるからな。
さあ、もう寝なさい。朝になったら起こそう。」
そういうと黒犬は寝台から下りて、すぐ下の床に体を伏せてしまった。
「わかりました、でももう少し話してもかまいませんか?」
「あっ、もちろんあなたが眠くなったらすぐやめますから!」
すぐそばにいたぬくもりが急になくなったことがなんだか残念で、普段なら言わないようなことを口に出した。
口に出した後で、世話になりながらさらに手間をかける気かと、あわてて言葉を付け加えた。
「ふっ、構わんぞ、もともと私にはさほど睡眠は必要ないのだ。
それに最近退屈だと言っただろう?そなたと話をできるのはありがたい。」
黒犬は声に笑いをにじませながら言葉を返した。