木の実がつないだ寝物語 4
「そんな顔をするでないよ。今夜は私とともに来ないか?
人の身には不十分かもしれないが、雨風をしのげる場所に案内しよう。帰りのことも大丈夫だ。そなたは明日私が入口まで乗せていこう。」
言葉は問いかけの形をとっているけれども、その声は私をやさしく説き伏せるようだった。
その言葉は私にはとてもありがたいものだった。体を落ち着ける場所と、帰る術まで提供してくれるというのだから。
この犬を疑う気持ちはなかったし、相手もおそらく好意で言ってくれていることは分かった。
けれど何となく、うなづくことはためらわれた。
さっき会ったばかりの無関係の存在に迷惑をかけてしまう。
相手にそのようなことをするメリットはないのだ。
「いえ、そこまでしていただくのは申し訳ありません。
一晩だけのことですから何とかなるでしょう。」
私は口早にそう言って荷物をまとめて去ろうとした。
「こらこら、話はまだ終わっていないのだよ。
この森は気に入った人間を故意に傷つけることはしないが、森に生きるものたちが全く危険ではないというわけでもない。
それにそなた元来た道もわからぬのだろうに。」
黒犬はそういって首を振った。
本当のことを言われて返す言葉もない。それにその言葉はからかうようなものでもなく、私を案じていってくれていることがすぐ察せられるほど柔らかかった。
黙ったままうつむいてしまう私の右手に、黒犬は左足を重ねて続ける。
犬の前足はその大きな体に見合うほど大きく、爪も頑丈そうだった。
しかし私は、自分が敵わないだろう相手に対する恐怖や恐れよりも、自分を庇護してくれてくれようとする相手への暖かい気持ちが先に立った。
(もしかしたら、手の甲にふれるふにふにした肉球のやわらかさと温かさのおかげかもしれないが。その感触に、ついつい左手も黒犬の足に添えてしまった。)
「幼子が遠慮しなくてもよいのだよ。
そなたいったいいくつなのだ?
そなたがその年ごろにあわぬほどに、賢くしっかりしてることは分かっている。
けれどまだこれほど小さな手ですべて一人でこなそうとしなくてもよかろう?」
黒犬はやさしく続けている。
わたしは自らの手と相手の足のふれあったあたりに視線をやりながら答えた。
「今日でちょうど11歳になりましたよ。
でも歳は関係ないのではないですか?頑張ったらこなせることを人に頼ってばかりではいけないのはどんな場合も同じです。
それにたった一晩のことですから、どうにでもなります。あなたに迷惑はかけられません。」
黒犬は少し笑っているような声で言う。
「おやおや、なかなか強情だな。
しかし先ほどの言葉は『いつも誰かに頼ってばかり』のものには当てはまるけれどそなたは違うだろう?
それにそなたの言葉を借りれば、私にとっても『一晩だけのことだから、どうにでもなる』のだよ。そなたのことは迷惑でも何でもない。
むしろ珍しい出来事だから歓迎するぞ。近頃退屈していてな。
それにそなたにはうまい木の実ももらったことだ。これくらいのことはさせておくれ。」
そこまで言うと少し強引に私をその広い背に乗せ、森のさらに奥のほうまで走り出した。私はあまりの足の速さに、思わず強く犬の首に手を回すが、その首は私の手が回りきらないほどたくましかった。それに私の鼻先に揺れるその長く美しい毛並みは月の光にきらきらして見えた。
本当なら振り落とされるのを心配しなくてはならないほどの速さだろうに、気を使ってくれているのか、体の揺れはそれほどでもなく、むしろその背中の広さと暖かさになぜか安堵さえ覚えた。
あっというまにその場を離れ、何か白い建物の前で背中からおろしてもらったときは、少しさびしく感じたほどだ。
私がきょろきょろと辺りを見回していると、いつのまにか黒犬はその建物の扉らしきところに移動してわたしを見ていた。
「さあ、人の子よこちらに来なさい。すこしさびれてはいるが造りはしっかりしているから、一晩の寝床としては十分だろう。」